第二幕・日常②
「…流石に、混んでいますね」
「至極、当然。当方等は、完全に出遅れ候」
私立であるライラック学園は、独自の方針で食堂を校外に設置している。
一般にも公開されており、高等部のアルバイト先としても機能している。
これは早くから生徒達に社会人としての手順を培ってもらうための仕組みだ。
世間的にも食事をする場所として評価が高く、昼休み時ともなれば様々な客層で一杯となる。
なので生徒は弁当持参や、購買での軽食を選択する場合も多い。
「関係ねぇよ。おら、とっとと行こうぜ」
鬼ごっこを終えた三人組は、食券を買う為、先ずは列の最後尾へと着ける。
すると列を成していた者達が、次々と順番を譲り出した。
平日の昼間時は、学園の生徒に順番を譲るのが礼儀と化しているのだ。
しかしこの三人が譲られるのは、他にも理由がある。
理由は即ち、知名度である。
学園の生徒は勿論、一般人の間でも三人の顔は良くも悪くも知られているのだ。
「…毎度のことながら、少し心苦しいですね」
「連中が勝手にやってんだ。気にする事はねぇよ」
「くくく、同意に候」
ものの数分で目当ての食券を手にした三人は、続いて空いている席を探す。
本来ならこの席探しも、時間帯のお陰で苦労する所だ。
しかし食堂の片隅にある円卓のテーブル席だけは、未だに放置されている。
其処はかつて信と明日香の三人、即ち学園の二枚看板がお気に入りと発言した。
以降は学園内において一種の聖域と化しているのだ。
ただ一人だけは例外で、今日も今日とて何食わぬ顔で同席を果たしている。
もっともこの円卓のテーブル席を支配するのは、常に生徒会長と相場は決まっている。
彼女は見た目とは裏腹に、大変な健啖家なのだ。
「ふぅ、御馳走様。本当に余計な時間を過ごしましたが、本日も無事に昼食を終えられて幸いでした」
「…なぁ生徒会長よぉ、マジでお前の昼飯の量は、もうちょっとどうにかならねぇのか?こちとら見てるだけで食傷気味になっちまうからよぉ」
「何を言うかと思えば、今更ですね。私にとってはこれが普通なのだと、昔から申し上げているでしょう?」
「俺は豚肉の生姜焼きに天ぷらの盛り合わせ、そして大量のサラダと特盛の親子丼を一食分とする女を普通とはどうしても思えねぇんでなぁ」
「否とよ我が友、姫君の旺盛な食糧は日頃からの多忙な活動で帳尻が合い候。何よりも良く食べ、良く動き、良く寝る。此れに勝る健康秘訣はないと心得る」
「おいおい、お前ともあろう者が節穴かよ。どう見たって帳尻が合わなくなってる箇所があるだろうが」
「驚天、動地。是非ともその慧眼を伺いたく候」
「別に慧眼でも何でもねぇだろ。中等部の頃は随分と慎ましかったのが、今じゃあこの有り様なんだからよぉ」
「…何処を見て言ってやがるんですか、貴方は?」
「分かってて聞くなよ生徒会長、これまでだってお前は何度もサイズを変えて来たじゃねぇか。確か最初はB65で、今使ってるのは………E70サイズってところか」
「なっ、んで、そこ、まで…」
「くはは!何だ図星かよおい!」
「…正に鵜の目、鷹の目、いやさ龍の目。姫君の豊かな成長にも負けず、我が友の眼力も進化を続けて止まず…」
「それとな生徒会長、お前はスポーツブラ一択みたいなところあるけどよ。俺はやっぱり、外しやすそうなフロントホックとかの方が好みだなぁ?」
「…私は貴方の為に、選んでいるのではなぁい!」
恥辱に身を震わせながらも、極真空手は迷わず振るわれる。
今回の技は脾臓打ちと呼ばれる、相手の腰の上の背面を狙う裏拳の一種だった。
ただし人体の性質上、余程の不意打ちでもなければ肝心の脾臓まで威力が届かない。
ましてや座っている状態で放っても、大した攻撃力は伴わない。
しかし今回の龍は昼飯後の影響もあり、普段の回避が出来なかった。
また明日香も、咄嗟の事で少しばかり技の狙いを誤った。
「うっ、ぷ!?」
斯くして中途半端な回避と、手心を加えた一撃が、思わぬ形で致命打を成立させる。
命中は、食後の胃袋。
もし打撃などで揺らされたなら、嘔吐の要因としては十分。
しかし龍は大いに悶絶しながらも、こみ上げるモノから懸命に抗う。
また明日香も大いに混乱を来しながらも、背中をさすって支える。
一方で信だけは至って冷静に席を立つと、素早くごみ袋を調達してくるのだった。
「さぁ我が友、遠慮なく。粗方に出し切った後は、当方が責任を持って処分するなれば」
「…いや、要らねぇよ………ったく、勘弁しろよな生徒会長。俺はあくまで素人だぞ?何でもかんでもきっちり反応できると思うな?」
「い、いえ………今のは悪気はなかったんですよ、本当に」
「よく言うぜ………こちとら、胃の中を全部ぶちまける所だ」
「確かに姫君の行動は段位所持者として大いに難あり。然して我が友もその言動には問題あり。なれば此度の事故発生、姫君の可能な範囲で罪滅ぼしが妥当」
「おっ、だってよぉ生徒会長。あーあー、何だかとっても膝枕して欲しい気分だなぁ。そしたら具合がよくなりそうだなぁ?」
「ちょっとっ、普通に元気なのですがこの男!」
「姫君、観念。当方とて姫君の膝枕を譲歩するは、断腸の思いなれば…」
「さも私の膝枕が当然の権利の様に語らない!」
「んんー?ところでお前、よく見たら尻の方も結構なことになってんな。良いねぇ、こりゃ将来は安産だぜ」
「こ、のっ………破廉恥ぃ!」
顔を真っ赤にしながらも、やはり極真空手に容赦はない。
今回は至近距離でこそ効果を発揮する掌底を、顔面から顎に向けて打ち込んだ。
これには193cmの図体さえ座席から投げ出され、食堂のタイル床と深い接吻を交わして倒れた。
以降はうつ伏せのまま全く動かなくなり、食堂内は一時騒然となる。
「くくく、実に美しき哉。今日も姫君の拳閃、些かも曇りなし」
「…それはどうも。ついでに、貴方も食らいますか?」
「あいや当方、既に満腹なれば遠慮致し候」
信は流れる様な動作で使用した食器を片付けると、露骨な早歩きで食堂から立ち去った。
一方の明日香は信の態度に呆れながらも、同じく使用した食器を片付け始める。
食べた分だけ運ぶ量は誰よりも多いのだが、食器等を一度に運んでも彼女の体幹が乱れる事はなかった。
やがて昼休みの終了を告げるチャイムが学園に鳴り響く。
自ずと他の学生達も撤収し、食堂は閑散となる。
その後は予め待機している、清掃員の出番だった。
「…あっ、またかいアンタ!こんな床で寝てんじゃないよ!」
清掃員の一人である女性が、突如として声を荒げる。
其処には件のテーブル席における惨状が、そのままに放置されていた。
しかし何が起こったか知る由もない彼女にとっては、粗大ごみが寝転がっているのと変わらない。
ましてや相手は有名な問題児なので、最初から扱いが雑。
手当どころか清掃員一同で、193cmの図体を掃き掃除の対象とした。
「…っざけんなこらぁ!こっちは割と真剣で倒れてんだよ!」
何度も箒の先端部分を浴びた龍は、そのむず痒さも相まって復帰した。
ただし損傷が消える訳はなく、特に顔面は埃やら擦り傷で酷い有り様だ。
流石の清掃員達もこれには驚き、慌てて救急箱を取ってくる。
もっとも龍は、当初の内は応急処置を拒否ろうとした。
何故なら非常に頑丈な当人にとって、この程度のダメージは造作もない。
しかし清掃員達の剣幕に負け、暫くは食堂で安静となる。
斯くして午後からの授業は学園屈指の問題児が不在となり、普段よりも粛々と進行する。
やがて最後のホームルームの時間を経て、私立ライラック学園は無事に放課後を迎えた。
「うーし、終わった終わったー」
「ねぇねぇ、この後はどこ行くー?」
「とりま飯行こうぜ飯ぃ、それからボウリングとかどうよー?」
「お、だったら俺等も行くぜー!」
本日は金曜日、生徒達は休日に向けて普段よりも賑やかな様子を見せている。
一方で学園の生徒会長は、手持ちの資料を纏めるやいち早く教室を後にした。
その小気味に揺れるポニーテールの後背では、続々と生徒会の役員が集結し、廊下を歩きながらでも評定が行われる。
其処には文武両道を体現し、高い志を持つ者しか近寄ることが出来ない。
また一方では中等部の女子生徒達が、下校しようとしていた特待生の下へと大挙して押し寄せた。
彼女達は総じて黄色い声援で包囲し、芸能界へと進出している先輩へ、少しでもお近づきになろうと自己主張する。
其処には一般的な男子生徒達が付け入る余地は残されていない。
例外があるとすれば、それはやはり、学園屈指の問題児である。
「退け、テメェ等。邪魔だぜ」
正にずかずかと、他の者には目も暮れず、二つの集団を押し退ける。
横暴でしかないが、逆らう者、異を唱える者は一人も居ない。
かつて反抗した者は、人生最大の恐怖を味わったのだから。
そうして校内の廊下に、また三人だけの聖域が拡がる。
「…邪魔をしないでください。これから、会議があるので」
「そう睨むなって、別に昼休みの仕返しに来たわけじゃねぇ。ただ、差し入れを持ってきただけだからよ」
「ほう、差し入れ………さては我が友、食堂よりくすねて参ったか?」
「人聞きが悪いぜぇ?俺はただ、貰ってやったんだ。賞味期限が切れる前に、なぁ?」
「…それにしては、随分と多いのでは?」
「少ないくらいだ。お前の胃袋を考えたらなぁ?」
くははと笑い、龍は二つの袋を其々、明日香と信に向かって放り渡す。
明日香の方は惣菜パンが、信の方には菓子パンがぎっしりと詰まっていた。
そして何れもやたら高カロリーで、賞味期限は今日までの品物ばかりである。
「きっちり食えよ?俺からの折角の差し入れ、無下にしたら承知しねぇぜぇ?」
「…本当に質が悪いですね、貴方は。こんな形で、嫌がらせとは…」
「くははっ、真面目が過ぎんだろ生徒会長。少しはアイツを見習えよな?」
「…はい?」
龍に促され、明日香は後ろへ振り返る。
其処には袋を渡された瞬間から、自分の取り巻きとなっていた女子達へと配り歩く信の姿が在った。
そして受け取ってくれた女子には、満面の笑顔で感謝を述べる。
その度に女子達からは黄色い歓声が上がり、菓子パンの取り合いになる始末である。
「ま、仕方ねぇか~?お前は食い意地が張ってるから?誰かに施すって発想自体が、ねぇんだよな~?」
「ぐ、ぐぐ………やはり、貴方は質が悪い…」
「ああ、そうだぜ。ムカついたなら、会議の後からでもかかって来いよ。俺は暫く、何時もの所に居るからよぉ」
最後にまたくははと笑い、龍はその場から立ち去る。
同時に、廊下に布かれた三人だけの聖域は消えた。
この場に居る他の学生達にとっては、漸く落ち着ける瞬間である。
ただし学園全体としては、まだ安心するには早い。
「うっ!やべっ、飛来だ!」
「馬鹿っ、変に反応するなって!」
一人、また一人と廊下の隅へと追いやられていく。
これは生徒は勿論、教師とて例外ではない。
彼等にとって飛来龍の前に立つと言う事は、車が激しく往来する道路へ、自ら飛び込むのと同じなのだ。
そしてこの恐るべき足取りが、大方に行き着く先と言うのが、私立ライラック学園が所有する運動場である。
其処では既に野球部やサッカー部の者達が部活動に勤しんでいた。
しかし学園屈指の問題児が現れるや、彼等は総じてランニングへと出向く。
これは双方の間にある、以前からの約束事。
先ず飛来龍が放課後に運動場へと現れた時、運動場は彼の貸し切りとする。
代わりに試合や大会などの時、運動部は助っ人として飛来龍を呼ぶことが出来る。
学園屈指の問題児も、運動となれば遺憾なく力を発揮するのだ。
仮に野球部の場合ならエースで四番、サッカー部の場合ならハットトリックを連発するストライカーへと早変わり。
その尋常ではない身体能力は、視る者を釘付けにするほどだ。
もっとも、彼をスポーツ選手として視る場合は、圧倒的なまでに落第点。
何せ自分の判断こそが絶対であり、チームプレーの欠片もないのだから。
ここまで呼んで頂き、ありがとうございました!
今後も月一ペースで更新する予定ですので、宜しければ次回も呼んで頂けると幸いです(*- -)(*_ _)ペコリ




