第49話:柊の最期
通路の壁際に、人が倒れていた。
三十八階層。
薄暗い石造りの通路を進んでいた時だった。
「誰かいる」
美咲が足を止める。
近づく。
光が、倒れた人間の顔を照らした。
「柊...」
翔が声を上げた。
柊誠。
壁に背を預けて座り込んでいる。
全身に深い傷。
血が、床に広がっている。
もう——立てない状態だ。
「柊さん...!」
葵が駆け寄ろうとする。
「来るな」
柊が、かすれた声で言った。
四人が、足を止める。
柊がゆっくりと顔を上げる。
あの傲慢な目は、もうなかった。
ただ——疲弊しきった、空っぽの目があった。
「お前たちか」
「何があった。誰にやられた」
俺が聞く。
柊が薄く笑った。
血の滲んだ、歪な笑み。
「頂上には...行くな」
「何?」
「頂上には...あいつがいる」
「あいつ?」
「あいつには——勝てない」
柊の目が、俺を見た。
「お前でも...無理だ」
「あいつって誰だ。何者なんだ」
問いかける。
柊の口が開きかける。
——閉じた。
目が、閉じていく。
「柊!」
翔が叫ぶ。
だが——もう、声は届かなかった。
柊の体が、光の粒子に変わり始めた。
足先から。手先から。
少しずつ、光になって散っていく。
【挑戦者が死亡しました】
システムメッセージ。
冷たい。
どこまでも、冷たい文字。
柊の体が——完全に、光になって消えた。
後には、何も残らなかった。
血の跡すら。
しばらく、誰も喋れなかった。
「...最後まで嫌な奴だったけど」
翔が口を開く。
言葉を切る。
続きは、言わなかった。
葵が、小さく手を合わせた。
目を閉じて、何かを祈っている。
美咲が、静かに口を開く。
「『あいつ』が何者なのか——気になるわね」
頂上にいる「あいつ」。
柊が勝てないと言った存在。
銀髪の男の顔が、浮かんだ。
だが——確証はない。
「進もう」
俺が言った。
柊がいた場所を、通り過ぎる。
最後に一度だけ、振り返った。
何もない通路。
柊がいた痕跡すら、残っていない。
塔は——死者の記録を残さない。
システムメッセージだけが、一瞬だけ表示されて消える。
それだけ。
「...俺たちは、ああはならない」
小さく呟いて、前を向いた。
文字数:約2,200字
到達階層:38階層
備考:柊が死亡。「頂上にはあいつがいる。勝てない」という最期の警告。柊の完全退場。頂上の存在への伏線




