第115話:結婚前日
ジュリアが頬を赤くする。唇が触れたのは一瞬だけだったが、彼女はそのまま目を閉じて、彼に身を任せた。クリスの腕が、ジュリアの体に回される。
(……ああ。幸せだな)
心から、ジュリアは思う。人肌の温かさが伝わってくる。クリスの胸に耳を寄せると、彼の心臓の音が聞こえた。
(ドキドキしてる)
2人は抱きあったまま、しばらく過ごす。部屋のドアが、外から開けられた。
「終わった、か……?」
入ってきたのはシリルだった。彼は抱きあう2人を目にして、その場で固まる。
「ああ、ごめんねシリル。ええと……」
「いや、オレのほうが悪かった。先にノックをするべきだったな」
クリスの言葉を遮って、シリルは言った。
「オレはここにいてもいいか?」
「……ええ、どうぞ」
ジュリアはため息をつきながら返す。クリスが穏やかな笑みを浮かべた。シリルは部屋にすべりこんで、ドアを閉める。
「結婚式は明後日か。楽しみだね。……シリルも参列してくれるの?」
「いや、オレは裏で警備する。メルヴィンはおそらく、式をつぶすために刺客を雇うだろうからな。お前たちが無事に式を終えられるように、助けてやるよ」
彼は普段と変わらない調子で話している。クリスはジュリアの背をなでて、ふわりと笑った。
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
「……あ、ああ」
にこやかに笑う彼を見て、シリルはサッと目をそらす。ジュリアは彼にジト目を向けた。
「お前はまだ、こいつのことが好きなのか」
「当たり前だろう」
シリルは彼女のほうを見て、すぐに答える。
「お前と同じように、本気で愛しているさ。ただ、オレはお前のように、クリスと並ぶことができない。それは変えられないことだ」
真剣な目をして、彼は告げる。
「だからオレは、お前に任せると決めた。……ただ、その人はオレの大切な兄さんで、大好きな女でもあるからな。できる範囲で守らせてもらう」
クリスが戸惑い、目を伏せた。ジュリアは深いため息をつく。
「……しかたがないな。お前はクリスの……日奈の本質を、先に見抜いた男だ」
結婚しても安心はできない。クリスティアンは、ハッピーエンドを目指している。
(こいつが……日奈が本当の意味で恋愛のことを考えられるようになるのは、エンディング後だ)
それが男たちの共通認識だった。幸せになった上で、いずれは自分を選ばせる。
(俺は絶対に諦めねえからな)
(上等だ)
2人はクリスに気づかれないように、相手をにらむ。クリスは1人、首をかしげて彼らを見ていた。




