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星の烙印  作者: 加藤爽子
3/12

寝物語で甘い夢をみる

暴力や不遇を仄めかす描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 再びクトルとキャロルが出会ったのは、クトルが妻子を連れて異世界を渡った時だった。

 生涯をかけていくつもの世界を渡り続けるクトルの種族としては、同じ世界を訪れるのは非常に珍しい。

 世界は星の数ほどあるのに対し、十五年から二十年ほどの寿命では、全て巡るなど到底無理なのだ。

 異世界渡りをすると体力も気力も使うので、すぐに次の世界へ渡ることは出来ない。

 その為、もうすっかり成獣になったクトルでも異世界渡りをしたのは、まだ四回目だったのだ。

 それで一度来たことのある世界に渡ってしまうなんて、なにか運命的なものに引き寄せられたのに違いない。



     ***



 緑豊かな森を抜けたところにあった建物をクトルが気紛れに覗き込むと、鉄格子の向こう側には冷たく暗い石牢があった。

 石牢は地下にあり空気穴代わりに鉄格子が嵌った窓は随分と高い位置にある。

 建物の四分の三くらい地面の下に埋まっているが、これも()地下というのだろうか。


「…………クー……トゥ、……」


 その薄暗い奥底で、申し訳程度に置かれたボロボロの毛布に横たわったまま今にも消え入りそうな掠れた声でクトルを呼んだのが、キャロルだったのだ。

 ひび割れた……しかしどこかで聴いたことのある鈴の音に呼ばれて、月夜の下で笑っていた少女の面影が頭の中を過った。


 あと、これも後から知ったことだったが、世界によって時間の流れ方は異なる。

 まだ三、四歳くらいのクトルに比べてキャロルは十八歳になっていた。

 随分汚れているとはいえ印象的な金混じりの赤い髪と鉄格子の隙間から入り込んだ月光を映した世界眼がなければ、昔森で会った少女だと分からなかったかもしれない。

 全身痣だらけでこびり付いた赤黒い血、左足首には長くて重たそうな鎖のついた枷が付けられている。

 鎖の反対の先っぽは堅固な石壁に繋がっていた。

 成長して大人になっていようとも、ボロ雑巾のようになっていようとも、クトルにはあの時の少女だと確信があった。

 そして人語は解さないが、その掠れた声がクトルの名前を呼んでいると分かったのだ。

 その瞬間、森の中に妻子を置いてフラフラと散歩をしていたことは、クトルの頭の中から綺麗さっぱり消し飛んでしまった。

 クトルの種族は群れずに単独行動が基本だが、子育ての期間のみ家族単位で行動する。

 一歳半から二歳程度で子は独り立ちするが、その後は単独行動に戻るのが普通だった。

 次に異世界を渡る時が、子達の独り立ちの時だから、今、家族の元に戻らなくとも対して変わりはないだろう。


 動けないキャロルの代わりにクトルが鉄格子をすり抜け人にとっては取っ掛かりのない石壁を翼でバランスを取りながら器用に駆け降りる。

 名前を呼ばれたから返事を返してキャロルに近付くと、彼女の頬を舐めた。

 そんなクトルにキャロルはくすぐったそうに頬を緩め、痛みに顔を顰める。

 クトルによって月を遮られたキャロルの瞳は石牢を映した灰色だったが、上から見た時よりも輝きが増したようだった。



     ***



 きっかけは二十数年程前に遡る。

 森の外にお使いへと行っていた世界眼の部族の娘リンダが町の青年と恋に落ちた。

 人の基準で言えば美しい娘だったが、明るい茶色の髪と一族特有の銀色と呼ぶにはギリギリのあまり色を変えない鈍色の目を持つ、神官にはなれなくて侍女をしていたリンダは、部族内では魅力的と思われていなかったのだ。

 森の外の町での賞賛はさぞ心地よかったことだろう。


 何度かお使いを理由に青年と逢瀬を重ね、ある日突然彼女は帰らなくなった。

 リンダと町の青年は森から遠く離れた王都に移り住み、やがて男児に恵まれた。子の名前をダグラスという。

 父親に似て、髪と右目は焦げ茶という平凡な容姿だったが、左目は銀色をしていた。

 母リンダの鈍色とは異なり見事な銀色の目だ。

 物心がついた頃、ダグラスは無邪気に視えざるものの話を友達に話した。

 王都ではそれが酷く暮らし難いと経験で知っているリンダは、眼帯を用意して常に左目を隠すとともにダグラスにはもう話さないよう釘を差した。

 しかし、禁止されたのは視えざるものの話のみ。

 素直に母親との約束を守ったダグラスは代わりに、リンダが幼子の寝物語として聞かせてくれた部族とウト神殿の話を友達にした。


 それが何の因果か巡り巡ってこの国のトップである王の耳に届いて興味を引いてしまったのだ。

 生涯目にすることも無い大金を積まれた夫は、あっさりと妻子を国に売り渡した。

 王はリンダを愛妾にして離宮に住まわせた。

 寒さや飢えに堪えることもなく、雨漏りしない家に、ツギハギの無い肌触りの良い衣服、そして最上の教育。

 王は連れ子であるダグラスにも王位継承権こそ無いものの、我が子のように接してくれた。

 家庭教師をつけて読み書き計算も学ばせてくれたし、乗馬や剣術も習った。

 平民の母子には経験した事のない夢のような生活だったのだ。


 そうして王にねだられるままにリンダは寝物語を繰り返した。

 幼い頃両親を無くしお飾りにされた王は、成人した今でも権力は無いまま外戚達に良いようにされていた。

 それぞれの勢力から宛てがわれた妃が三人もいたが、王の血筋を残す事のみ求められた。

 王子が一人ずつ出来てそれぞれの派閥が争う中、用済みとばかりに愛妾を認められたのだ。

 リンダが語る、手にすれば何でも一つだけ願いを叶えてくれるというウト神の聖杯は王の野心を刺激した。

以下、裏話です。

読まなくても大丈夫です。


クトルが産まれたところを異世界Aとして、

1回目、親から異世界渡りを教わるため家族で移動(異世界B)

2回目、成獣になり単独で移動(異世界C)

3回目、嫁探しで移動(異世界D)

4回目、子に異世界渡りを覚えさせるため家族で移動(異世界B)

という感じです。

異世界Bがキャロルのいる世界です。


B以外の世界は地球世界(白茅がいる世界)かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。


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