十数年後のお花屋さん
「なに見てるんだ?」
賑やかな子供達が寝てしまって一息ついてからクローゼットに押し込めていた不要な物の片付けをしていた時に出てきたアルバムを眺めていると、お風呂からあがった康則さんが缶ビールを片手にリビングに戻ってきた。
「昼間にね、片付けをしていたら結婚式の時の写真が出てきたから懐かしいなって思って見てたの」
「美羽達も見たのか?」
「ううん。きっと大騒ぎしてお風呂に入るのも忘れちゃうと思って寝るまで隠してた」
「バレたら大騒ぎだな」
「起きる前にまた隠しちゃうから大丈夫よ」
康則さんは私の隣に腰をおろすとアルバムを覗き込む。
「懐かしいでしょ?」
「どれどれ」
警察組と一緒に撮った写真を私が指さすと首を傾げた。
「……小山田署長が驚くほど変わってないのは何故なんだ」
「それは私も思ったよ、もしかして署長さんって妖怪じゃないかって」
理不尽なほど年を取っていない署長さんはともかく、この時の結婚式に出席してくれた私達の友人達は今じゃ殆どが立派な働き盛りのお母さんお父さんになっている。その筆頭がノンちゃん。付き合っていた武藤君はアメフトのプロにでもなるのかなって思っていたら何と消防隊員になっちゃって、ノンちゃん曰く今じゃレスキュー隊とかいう部署でブイブイ言わせているらしい。そしてノンちゃんは今や逞しい三児の母だ。
「後にも先にもこれだけ準備に盛り上がった結婚式はこの時だけだったな」
「まあ物凄くパワーと時間がかかることだからそう何度も出来ることじゃないからね」
そういう意味でも私と康則さんは物凄くラッキーだったよね。最初は家族だけでの食事会だけで終わるつもりだったんだし。
アルバムをどんどんめくっていくと新婚旅行に行ったハワイの写真も出てきた。行った先々で案内をしてくれたガイドのお姉さんに撮ってもらった二人の写真、それと何故かホテルのベッドで寝ている私の寝顔とかあれやこれやな写真まで。いくら新婚旅行でイチャイチャしていたからってこんな写真までアルバムに貼っておくことないじゃない!って見つけた時に剥がそうとしたんだけど、何故か康則さんは断固拒否で今でも何枚かの恥ずかしい写真がアルバムに居座っている。そんな訳で子供達にはちょっと見せられない状態なのだ。
「この時に美羽が我が家にやってきたんだよなあ」
その時のことを思い出したのかビールを飲みながら康則さんがニマニマしている。
「よく体力がもったものだと今でも感心しちゃう」
昼間はあっちこっち観光スポットに出掛けたり泳いだりして、夜は夜で二人でベッドで遅くまで愛し合って。今だったら無理、絶対に無理!
「そりゃ結婚式までに体力づくりに励んだおかげだろ」
「体力づくり?」
「まさか芽衣、ケーキを食べたカロリー消費の為だけにあれだけ親身になってトレーニングに付き合ったなんて思ってないよな?」
「……え?」
「ん?」
唖然として康則さんの顔を見つめると私の旦那様は無邪気な顔で見詰めかえしてきた。
「一ヶ月間の機動隊直伝のトレーニングって……」
「新人達に基礎体力をつける為のトレーニングのメニューだからな、あれ。まさか結婚式が終わってからも芽衣が続けるとは思っていなかったから驚いたが」
「私、あれは単なるエクササイズ代わりに教えてくれたものだと思ってた」
「それだけで大きな鉢植えが運べるようにはならないだろ?」
言われてみればそうかも。だけどあの頃の私はあれを単なるボーナス程度だと思っていたのよね。
「康則さん、あのトレーニングを私に教えてくれたのってまさかその為とか?」
「その為って?」
何のことか分からないって感じで聞き返しているけど口元に変な笑いが浮かんでいるんだけど!!
「だから~新婚旅行で頑張れるようにとか……」
「そのお蔭で思っていたより早く美羽が来てくれたんだから良いじゃないか、結果オーライだよ」
「答えになってないような……」
「そうか?」
あの時に教えてもらったトレーニングはこなす量を減らしたものの今でも続けていて、重い鉢植えを運んだり立ち仕事が多い割に腰痛がないのはこのトレーニングのお蔭かも知れないし、真相を知ってしまったからと言って今更やめるのは馬鹿馬鹿しいかなって思う。
「ところで芽衣」
「なに?」
「美羽から聞いたが黒猫の透君に変なアドバイスをしてるんだって?」
「変なって何よ変なって。なかなか踏み出せない透君の背中をちょっとだけ押してあげただけ」
もう、美羽ったらなんでもパパに話しちゃうんだから!!
「こういう事はなるようにしかならないんだからあまり余計なクチバシは挟むなよ?」
「私が挟まなくても氏神様が挟んでくると思うけど」
「まったく芽衣……」
康則さんは溜め息を一つつくとビール缶をテーブルに置いた。
「そんなに元気が有り余っているなら俺が相手してやろうか?」
「え?」
また何を言い出すのかと思ったら!!
「久し振りに機動隊仕込みの筋トレとか」
「ああ、そっち」
私の言葉にニヤッと笑う。あ、しまった、藪蛇だったかもしれない。
「ん? ああ、そっちの相手を御所望か。それでは奥方様のお望みのままにいたしましょう」
「いやほら、子供達が起きるから……」
久し振りにスイッチが入っちゃったようで康則さんはニコニコしながら立ち上がると私の手を取った。
「だったら上にいかずこっちの和室でいかがかな? 公僕は国民に奉仕するのが務めだから遠慮なさらず」
「遠慮とかそういうのじゃなくて……」
和室の押入れには来客用のお布団もあるけどそれを出すの?
「明日の朝、美羽と蓮に言われない? なんでここにお布団出してるのって」
それまでに起きて片付けたら問題はない? そうは言ってもそういう時に限って二人とも早起きして降りてくるから油断がならないのよね。そりゃ夫婦仲が良いことは隠すようなことじゃないし二人にもママはパパのことで惚気すぎってよく言われるけど、さすがに夫婦生活に関してあからさまになっちゃうのは刺激が強すぎるんじゃって思うのね。
「パパが酔っぱらってここで寝たとでも言っておけば良いじゃないか」
「……そういう問題じゃないと思うんだけどなあ」
きっとうちの子供達のことだから溜め息をつきながら「ああ、パパのスイッチが入っちゃったのね」ぐらいは言いそうな予感。
「パパとママはとても仲良しなんだと納得してくれるさ」
「だと良いんだけど……」
とは言え思い出補正が入った康則さんのスイッチの入り方は半端なくて、次の日の朝スズメの鳴き声を聞きながら今日は定休日で良かったと思ったのは言うまでもない。
え? 子供達はどうしたかって? 胡散臭い笑顔で「二日酔い大変だね飲み過ぎは良くないよ」だって!!




