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でも、この騒動は組長にとってはかなり衝撃的な出来事だったらしい。まさか私が組がらみの喧嘩沙汰に巻き込まれるとは、考えていなかったそうだ。
「妻とゆっくり話がしたいから、誰も立ち入らないように」
そう言って組長は女将さんと共に、自室にこもってしまった。
一時間、二時間と時が過ぎても、二人はなかなか出てこない。日がすっかり暮れてしまってから、ようやく組長が私に、「話があるから部屋に入るように」と声をかけた。
組長は難しい顔をして、女将さんは悲しげにしている。二人の様子で言われる言葉が分かったので、私は先に自分の気持ちを言った。
「私、ここを出て行きたくありません。あの神社には戻りたくないんです」
「あの神社に戻れとは言わん。だが、他にも御子ちゃんが暮らせる場所はある。役所に相談してどこかの施設で暮らすといい。 少なくともここのように、命に関わる事に巻き込まれる心配はしなくて済む」
もう決めた。そんな表情で組長が言った。
「じゃあ、言い変える。私、他のどこにも行かない。ここで暮らしたいの」
私も負けずに断言する。
「ここでは好奇心の強い君の、命が危ない。今日の様な事がここでは頻繁に起こるのだ」
「そんなの勝手だわ! お父さんの遺言はどうなるの? 組長はお父さんの信頼を裏切るつもり?」
「君の養父には申し訳ないと思う。私はあまりにも軽々しい約束をした。だが、彼も分かってくれると思う」
組長は少しだけひるんだ表情をしたが、すぐ、目に力を入れてこう言った。
「お父さんのこと、勝手に決めないで。お父さんはそんなに軽く何かを頼んだりする人じゃなかった。それに組長も言ったじゃない。 私がここで暮らすと嬉しいって。あれ、嘘だったの?」
「嘘ではない。だが、それもよく考えれば軽率であった」
「軽率だったから、無かった事にするの? 私をここに連れて来ておいて? 組長は私に娘になってくれって言ったのに!」
私はありったけの声をあげて怒鳴った。自分の中の何かがはじけ飛んだ気がした。要は、キレてしまったのだ。
「大人って勝手すぎる。育てられないからって赤ん坊捨てちゃったり、心配だからって引き取って育てたのに、自分が病気で死ぬからって私の知らない内に預け先決めちゃったり。今度はやっぱり無事に育てる自信がないから、よそに行けって言うの? 私、ネコの子みたいに捨てられて、拾われたけど、ネコじゃないのよ!」
言うだけ言うと、私は組長の部屋を飛び出して、自分の部屋へと駆けこんだ。そのまま鍵をかける。鍵付きの部屋を要求しておいて正解だった。
組長と女将さんが弾かれたように追いかけてきたのが分かった。部屋の扉をたたいて私を呼んでいる。でも私は扉を開ける気はない。こうなったら籠城してやる!
「私、絶対にここを出て行かない。組長が思ってるほど、私、子供じゃない。大人しく振り回されてなんかあげない。自分が暮らしたいところで暮らすわ。私はここを自分のウチにしたいの。誰にも邪魔はさせないんだから!」
扉の向こうにそう、怒鳴る。でも、組長は言った。
「いい分は分かった。だが、ここは御子ちゃんにふさわしいところじゃない。ここの組長は私だ。私は決して君がここに残る事を許さない」
そして、部屋の前から去る気配がする。私は力が抜けてしまい、ふうっと深いため息をついた。
組長が認めてくれなきゃ、私はここにいられない。そんなことは分かってる。でも。
組長は私に娘にならないかと言った時、私の事を「ただ、幸せにしたい」と言ってくれた。私はその 組長が、喧嘩に向かおうとしたあの瞬間、心から頼りにした。まるでお父さんのように。
組長が無事で嬉しかったし、私を心配してくれたことはもっと嬉しかった。
心から私の幸せを願ってくれる人の元で暮らしたい。組長と女将さんがいる、ここにいたい。
だけど、もし、組長が本気で私をここから追い出そうとしたらどうしよう? さっき、ここに残る事を許さないって言ってたし。
私は急に不安になって、涙が出てしまった。そしていつしか眠りこんでしまった。
そして私は夜中近くに目が覚めた。何故なら、トイレに行きたくなってしまったから。
扉を開ければ気配が伝わるかもしれない。幸いここは一階。私は窓からいったん庭に出る事にする。 いざって時のためにまとめた荷物に運動靴も入っている。恥ずかしいけど庭で用を足そう。脱出方法 考えておいてよかった。こういう事に役立つとは思わなかったけど。
ところが窓から庭に下りたとたんに、年配の組員と出くわした。うわっ、見張られてたのか。
「私、トイレに行きたいんだけど」
そろそろ我慢もつらくなって、私は思わず言った。でも、組員は、
「事務所のトイレを使って下さい。今、組長は自室ですから大丈夫です」
と言ってくれた。
年配の組員、孝之さんは私を事務所に入れてくれる。私は急ぎ、トイレを使った。
用が済んで出て来ると、事務所の応接セットのテーブルに、温かい食事が用意されていた。
「お腹がすいたでしょう? 女将さんが用意してくれました。食べて下さい」
そう、勧めてくれる。
「女将さんが?」
「御子ちゃんが組長に言った事は筋が通ってる。みんな御子ちゃんに同情してますよ。組長以外みんな、味方です。頑張ってください」
良かった。みんな、私をここに受け入れてくれてるんだ。絶対にあきらめたりするもんか!