表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/160

第二話

 深夜の湾岸倉庫街。潮の香りが混じる冷たい夜風が吹き抜ける中、激しい魔力の衝突音が連続して響き渡っていた。


「シールド展開! 真奈ちゃん、右側面の警戒をお願い!」


 日本支部が誇るエースの一人、羽衣緋雪の凛とした声が響く。彼女が日本刀型の魔装武器を一振りすると、分厚い氷の障壁がそそり立ち、三つ首の巨大な魔獣が吐き出した灼熱の炎を間一髪で防ぎきった。


「了解! いっくよーっ!」


 氷の障壁を蹴り上げて宙に舞ったのは、只野真奈だ。金髪のツインテールを揺らしながら、彼女は自身の背丈ほどもある巨大なハンマーに紅蓮の炎を纏わせ、落下と同時に魔獣の右側の首へと力任せに叩き込んだ。

 強烈な爆発音が轟き、魔獣が苦痛の咆哮を上げる。

 だが、魔獣は倒れない。新堂鈴乃や新実由鶴といった他のエースたちが別の任務で出払っている今、緋雪と真奈の二人だけでこの特級クラスの魔獣を無傷で仕留めるには、どうしても手数と火力が不足していた。


「くっ、再生速度が早すぎる……!」


 緋雪が焦りを滲ませ、刀を構え直したその時だった。

 突如として、周囲の空気が凍りつくような異様な感覚に包まれた。緋雪の氷魔法による冷気ではない。それは、すべての光を飲み込むような、濃密で絶対的な「闇」の気配だった。

 倉庫の屋根の上に、音もなく「それ」は降り立った。

 白と黒、そして紫を基調にした豪奢な魔装。夜の闇をそのまま切り取って仕立てたような黒いマントが風にはためき、紫がかった漆黒のロングヘアがふわりと舞う。


「ゴースト……!」


 真奈が息を呑んで見上げる先で、未登録の魔法少女『ゴースト』は一切の言葉を発することなく、手にした大剣を魔獣へと向けた。

 次の瞬間、魔獣の足元の影が爆発的に膨張し、無数の漆黒の刃となって下から突き上げた。分厚い魔獣の皮膚や防御魔法などまるで存在しないかのように、闇の刃はあっさりと魔獣の急所を貫き、細切れにしていく。

 断末魔の叫びを上げる暇すらなく、特級クラスの魔獣は黒い霧となって霧散した。

 緋雪と真奈が数十秒前まで苦戦していた相手を、たった一撃で。圧倒的すぎる殲滅力だった。


[目標の完全沈黙を確認。各員、直ちに次のフェーズへ移行! 対象『ゴースト』を捕獲せよ!]


 インカムから、日本支部の作戦を指揮する統括管理部の焦燥に満ちた命令が飛ぶ。

 同時に、倉庫街の四方に待機していた紫の腕章をつける結界班によって、あらかじめ敷設されていた対魔法少女用の『魔力封印結界』が起動した。淡い光のドームが、ゴーストを内側に閉じ込めるように展開される。


「待って、ゴースト!」


 緋雪は刀を下げ、結界の中に立つ漆黒の魔法少女に向かって叫んだ。

「あなたはいつも私たちを助けてくれる。敵じゃないって信じたい。だから、どうか抵抗しないで投降して! 協会でちゃんと話を——」

 緋雪の悲痛な呼びかけに対し、ゴーストの紫色の瞳が、静かに彼女を見下ろした。

 その瞳には、敵意も、殺意もない。ただ、どこまでも深く冷たい孤独だけが宿っているように見えた。


(……悪いが、捕まるわけにはいかないんだ)


 ゴーストの中の三神零は、心の中で密かに呟いた。

 もしここで捕縛され、正体を暴かれればどうなるか。魔法少女に覚醒するのは女性のみという世界の絶対法則。男でありながら魔法少女の力を振るう自分は、間違いなく協会の実験台にされる。それでは、恩人である周防凛音の遺志を継ぎ、この街を魔獣から守り抜くことができなくなってしまう。

 ゴーストはゆっくりと手を前にかざした。


[無駄だ! その結界はAランク魔法少女の魔力すら完全に遮断する。いかに君でも——]


 統括管理部のオペレーターが通信越しに言い放つより早く、ゴーストの指先から濃密な闇の魔力が溢れ出した。

 結界の「光」が、ゴーストの「闇」に触れた瞬間、ジュッと音を立てて腐食するように消滅していく。魔法理論も物理法則も無視した、純粋な概念の侵食。

 結界にぽっかりと開いた黒い穴の向こう側は、空間そのものが歪み、別の場所へと繋がっていた。


「空間を……喰い破った!?」


 驚愕で目を見開く真奈を背に、ゴーストは一切の躊躇なく闇の空間へと足を踏み入れ、夜の静寂の中へ完全に姿を消した。

 残されたのは、無残に砕け散った結界の光の粒子だけだった。

 翌朝。

 柔らかな朝日が差し込むアパートの一室で、三神零は目を覚ました。

 昨夜の戦闘の疲労が、鉛のように身体にのしかかっている。ベッドから身を起こした零は、サイドテーブルに置かれた銀色のペンダントに触れた。


「……おはよう、凛音さん」


 小さな声で呟く。

 かつてこの街を守っていた魔法少女、周防凛音。彼女は零にとって命の恩人であり、憧れであり、すべてだった。彼女の死の直後、絶望と怒りに呑まれた零の体内で、異常なまでの魔力が目覚めたのだ。

 なぜ自分が選ばれたのかは分からない。変身を解除すれば、自分はただの無力な青年に過ぎない。変身している間だけ、自分は強力な認識阻害の魔法に守られ、「正体不明の女性魔法少女」として世界に干渉できる。


(協会は、俺を異端として排除しようとしている。……それでも、俺は戦う。凛音さんが愛したこの世界を、もう誰にも壊させない)


 零はペンダントを強く握りしめ、制服に着替えるために立ち上がった。

 孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。

 同刻。魔法少女協会・日本支部。

 最上階にある会長室の空気は、重く沈み込んでいた。


「またしても逃げられたというのですね。あの結界すら無効化するとは……」


 日本支部の会長である姫嶋結衣は、手元のタブレット端末に表示された昨夜の戦闘データを見つめ、深くため息をついた。白い指揮官制服に身を包んだ彼女の表情には、隠しきれない疲労が滲んでいる。

 傍らに立つ副会長の湯野麗香が、眼鏡のブリッジを押し上げながら報告を続ける。


「はい。空間そのものを闇属性の魔力で切断・連結させる、全く新しい術式だと思われます。既存のいかなる捕獲結界も、あれを使われては意味を成しません」


「魔力切れか、重傷を負わせるしか捕獲の道はない、ということですか。しかし、彼女はいつも魔獣を倒すと瞬時に離脱してしまう。あのような強大な力を持つ未登録者を放置しておくのは、協会の威信に関わります」


 結衣が眉間を揉みほぐしていると、突然、会長室の重厚な扉がノックもなしに開け放たれた。


「その通り。未登録のイレギュラーを野放しにするなど、日本支部の怠慢以外の何物でもありませんね」


 流暢だが、どこか棘のある日本語。

 入ってきたのは、タイトなスーツに身を包んだ金髪の女性だった。彼女は結衣たちを一瞥すると、皮肉げな笑みを浮かべてカツカツとヒールを鳴らしながら歩み寄ってきた。


「米国支部より参りました、特別調査官のシンディー・クラネルです。以後、お見知りおきを」


「米国支部から……? 本部からの通達はまだ受けていませんが」


 麗香が鋭い視線を向けるが、シンディーは意に介する様子もなく、手にした分厚いファイルを結衣のデスクに放り投げた。エメラルドグリーンの瞳が、獲物を狙うように細められる。


「事後報告になりますが、現在をもってゴースト捕獲作戦の全指揮権は私、シンディー・クラネルが掌握します。あなた方のように、ゴーストを『対話の余地がある相手』などと甘い目で見ているから逃げられるのです」


「……どういう意味ですか?」


 結衣の問いに、シンディーは冷酷な笑みを深めた。


「簡単なことです。あの空間転移魔法を使わせなければいい。ゴーストが魔法を使えなくなるまで、限界まで魔力をすり減らさせる。そのための『舞台』を、私が用意して差し上げますよ」


 シンディーの瞳の奥で、狂気めいた野心がギラリと光った。

 その言葉が、市民を巻き込む最悪の作戦——「人工的な魔獣のスタンピード」を意味していることに、結衣と麗香はまだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ