第1話『腫れ物の高校生活』
昼食の弁当を食べていると、教室のどこからか誰と誰が付き合ったとかいう女子の声が聞こえた。
くだらない。
高校生になってまだ1ヶ月の俺たちは、法律すら結婚の条件を満たしていない。
そんな俺たち高校1年生が恋愛するなんて、何の為にもならないし、ほとんどが別れ話なんかになって、結局嫌な思いをするだけじゃないか。
そんなことを思いながら弁当を食べ終えた俺は、弁当箱をしまってレンコンチップスの入ったジッパー袋を取り出した。
ジッパー袋から一枚レンコンチップスを取り出し、口の中に放り込む。
パリパリと軽快な食感の次に、抹茶の匂いが鼻を抜ける。
ジロジロとこちらを見る目線は感じるが、俺に話しかけるクラスメイトは誰もいない。
それはきっと入学式から三日目にして、俺がこのクラスでの悪者というレッテルが貼られたからだろう。
初登校から三日目の昼休憩、俺はクラスの女子の一人から、大胆にも教室内でいきなり告白をされた。
訳が分からない。
俺はそいつの事なんて1ミリも知らないし、向こうだって俺のことなんか何も知らないだろう。
だから、つい言ってしまった。
「バカかよお前。お前なんてまだ名前すら知らないし、これから先知ろうとする気なんて微塵も起きねえよ。高校に入ったばかりで頭沸いてんじゃねえの?」
そう言って睨むと、女子は大声で泣き出した。
今になって思い返せば、言い過ぎたと思う。
そうして俺は、クラスの交友の輪から外されたのだった。
「ねえ、それ、手作り?」
レンコンチップスを食べていると、何日か振りに話しかけられた。
顔を上げて相手を見る。
左右対称の小さな顔に大きな目、肩より少し下へ伸ばした淡い褐色の髪。
美人だが知らない顔だ。
このクラスの人じゃない。
周りの女子がアワアワして手を振り、話しかけるのは止めておけというサインを送っているようにも見える。
「そうだけど?」
ぶっきらぼうにそう答えると、女は笑顔になって言った。
「1個ちょうだい?」
何だこいつ。
初対面なのに厚かましいな。
「どうぞ」
怪訝に相手を見ながらそう言って、ジッパー袋の取り口を相手側に向ける。
「ありがと!」
そう返事して女はジッパー袋に手を入れ、レンコンチップスを一枚取り出して口を開き、半分噛った。
「ん、美味しい! 抹茶の味がする!」
「抹茶塩かけてる」
「へえ! お洒落な天ぷらみたい!」
女は残り半分を口に放り込み、言った。
「自分で作ったの?」
何なんだこいつ。
周りの女子が袖を引っ張ったりして危険信号を出してるじゃねえか。
何で質問してくるんだよ。
話しかけてくんじゃねえよ。
こっちはもう余計な注目を浴びたくねえんだよ。
「そうだけど?」
そう答えて相手をギロリと睨む。
しかし女は恐がるどころか、目を輝かせて机の上に置いた俺の右手を両手で握った。
「ねえ、家庭科部入らない!?」
「……家庭科部?」
聞いたことのないクラブだ。
そんなクラブ、ウチの学校にあんの?
「これ!」
そう言って女はブレザーのポケットから一枚の紙を取り出した。
『来たれ家庭科部! 創作料理で目指せ全国大会!!』
そう書かれた紙の裏は、ご丁寧にも入部届けになっていた。
「考えといて!」
そう言って女は颯爽と教室を出ていった。
何なんだ、一体……。
目を落とすと、紙に書かれた『全国大会』の文字が目に入る。
俺は紙を丁寧に折り、ブレザーのポケットへとしまった。
放課後になり、家庭科室に訪れた。
どんな活動をしているのだろう?
そっと扉の窓から中を覗いてみる。
しかし中には誰もいなく、扉を開けようとするとカギがかかっていた。
「ここじゃねえのか?」
女から渡された紙を再度見てみるが、活動場所の記載はない。
職員室に行って、教師から活動場所を聞けば分かるんだろうけど、そこまでするほど気になるわけでもない。
「帰るか……」
そう呟いて、学校を後にした。
俺の通う学校は、『ヤバ高』なんていう略称で呼ばれているが、別にヤバい高校ではない。
愛知県名古屋市中区の矢場町という場所にある公立校、矢場高校という名前だからヤバ高だ。
少し歩くと名古屋の中心街・栄や観光名所の大須がある。
徒歩で大須へ行き、大須商店街の中にある緑色の看板の生鮮食品館と書かれたスーパーに寄って帰宅することにした。
買い物袋を持って商店街を歩いていると、同じ制服を着たヤバ高の生徒とすれ違う。
男女共通の深い緑のブレザーに、女子は首もとに紺のリボンとグレーのギンガムチェックのスカート、男子は首もとに紺のネクタイ、グレーのギンガムチェックのズボン。
それなりに目立つ格好の制服だと思う。
すれ違う生徒に、見知った顔はいない。
ここから徒歩10分の距離にあるマンションに住んでいるが、小学校、中学校と遠方の私立校に通っていた俺にとって、クラスメイト以外の知り合いなんているはずもなかった。
帰宅して、買い物袋から牛肉、玉ねぎ、マッシュルーム、ホールトマトの缶詰め、ブラックの缶コーヒーを取り出す。
今日の晩飯はハヤシライスだ。
ルーは使わない。
フライパンを中火にかけ、バターとサラダ油を入れて細かく切った玉ねぎと牛肉を炒める。
そこに親父の赤ワインを拝借して投入、さらにケチャップとトンカツソースと醤油とみりんを混ぜ合わせて投入し、トマト缶から取り出したトマトを素手で潰して果肉と汁を投入。
さらに牛乳、コンソメ、月桂樹の葉を加えて煮込んでいく。
細かく刻んだマッシュルームを加え、最後にバターと塩コショウで味を整えれば完成だ。
俺はグツグツと煮込むハヤシライスをかき混ぜながら、ポツリと呟いた。
「家庭科部か……」
缶コーヒーを開けて一息入れる。
親父は警察官、母ちゃんは看護師と両親共に夜勤があるウチの家庭で、飯を作る係は俺が担っている。
強制的にやらされているわけじゃない。
好きでやっている。
買ってきた惣菜や弁当で済ますこともできるけど、料理した方が安いし旨い。
そして浮いた食費が、そのまま俺の小遣いへと変わる。
そうして料理を作っていると、いつしか料理自体が好きになっている自分がいた。
「全国大会……」
創作料理で目指せと書いてあった。
料理を創作する技術なんてものは持ち合わせていない。
入部すれば、その域に達することができるのだろうか……?
「今の俺ができる創作なんて、これくらいのもんだな」
味に深みが増すような気がして、飲みかけのコーヒーをハヤシライスへ入れる。
缶からドバドバと出てくるコーヒーを見つめながら、俺は入部することを決心するのだった。




