第3話 ABC分析とてこの原理。初めての『有能な部下』
「さあ、まずはこの無秩序な物品を三つのグループに分ける。これが『ABC分析』だ」
ぽかんとするティノの前で、僕は床に転がっていた木炭を拾い、石畳の床に直線を引いて三つのエリアを作った。
「グループAは『毎日使うもの、あるいは命に関わる最重要品』だ。状態の良い剣や支給品のポーション、包帯などがここに入る。これは一番手前の、誰でもすぐに取り出せる位置に配置する」
「う、うん……」
「グループBは『たまに使うもの』だ。予備の防具や特殊な工具だな。これはAの奥に置く。そしてグループCは『滅多に使わないもの、あるいは廃棄待ちのガラクタ』。これは一番奥のデッドスペースに押し込む。どうだ、簡単だろう?」
ティノは目をぱちくりと瞬かせ、散らかった倉庫と僕が描いたエリアを交互に見た。
「えっと……つまり、全部を綺麗に並べるんじゃなくて、使う頻度で置く場所を変えるってこと?」
「その通り。よく分かっているじゃないか。すべての物品を平等に綺麗に並べようとするのは一見正しいように見えて、実務においては最悪の非効率を生む。メリハリをつけることが重要なんだ」
前世のブラック企業でも、デスク周りが汚い奴ほど仕事が遅かった。よく使うペンと、年に一度しか使わない古い資料を同じ引き出しに入れているような連中だ。
優先順位をつけること。それが業務効率化の第一歩である。
「仕分けのルールが決まれば、あとは作業を進めるだけだ。まずは要らないガラクタを奥へ追いやるぞ」
僕の指示のもと、仕分け作業が始まった。
だが、開始早々、ティノが錆びた剣が詰まった大きな木箱の前で悪戦苦闘していた。
「うぅ……重いよぉ。これじゃ、グループCの奥まで運べない……」
「力任せに持ち上げようとするからだ。ちょっと退いてごらん」
僕は倉庫の隅から頑丈な長柄の槍(刃が欠けて使い物にならないもの)と、手頃な丸太を持ってきた。丸太を支点にして、槍の柄を重い木箱の下に深く差し込む。そして、槍の反対側にぐっと体重をかけた。
「えっ……? あんなに重かった木箱が、浮いた……!?」
「『てこの原理』だ。支点、力点、作用点。物理法則を利用すれば、筋力に頼らずとも重いものは動かせる。大雑把な先輩たちが好む根性論なんて、現代ビジネス……いや、効率的な倉庫作業の前では無力だよ」
僕はそのまま木箱を滑らせるようにして、軽々と奥のスペースへと移動させた。
「すごい……アレン、魔法使いみたい!」
「魔法じゃない、ただの物理学と業務ハックだ。さあ、次はポーション類の仕分けを頼む。君は細かい作業が得意そうだからな」
それから数時間。
僕の指示とてこの原理、そしてティノの持ち前の真面目さが完璧に噛み合い、作業はかつてないスピードで進んでいった。
特に、ティノの仕分け作業は驚くほど正確で丁寧だった。
一つ一つのポーションの残量と使用期限を確認し、種類ごとに綺麗にラベルを正面へ向けて棚に並べていく。僕のような男にはない、細やかな配慮が光っていた。
「完璧だ、ティノ。君のその几帳面さは素晴らしい武器だ。適材適所……君は在庫管理の才能がある」
「ぼ、僕に……才能……?」
「ああ。君のおかげで、想定よりもずっと早く終わりそうだ」
夕暮れ時。
見違えるように整頓された倉庫を見渡し、ティノは呆然と呟いた。
手前にはいつでも出撃できるように手入れされた武器が並び、奥には不要品が綺麗にまとめられている。無駄な動きなく必要なものにアクセスできる動線が確保され、どこに何があるか一目瞭然の、完璧な『機能する倉庫』がそこには完成していた。
「終わった……本当に、終わっちゃった……。明日までなんて、絶対に無理だと思ってたのに」
ティノの大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
今度は絶望の涙ではなく、安堵と達成感の涙だ。ダボダボの袖でゴシゴシと目を擦るティノの頭を、僕はぽんぽんと軽く撫でた。
「よく頑張ったな。これで明日、先輩たちに文句は言わせない。胸を張っていいぞ」
「アレン……っ!」
ティノは突然、僕の胸に勢いよく飛び込んできた。
「ありがとう……本当に、ありがとう! 僕、アレンの言うことなら何でも聞く! 一生ついていくよぉ!」
「おいおい、大げさだな。僕はただ、適切な業務フローを構築しただけだ」
ぎゅっと抱きついてきたティノの身体は、分厚い軍服越しでも分かるほど華奢で柔らかかった。おまけに、どこか甘い花のような、石鹸のような香りがした。
(……まったく、最近の少年兵は随分と可愛らしい匂いがするんだな。良い柔軟剤でも支給されているのだろうか)
僕はそんな頓珍漢なことを考えながら、泣きじゃくる優秀な後輩の背中を、労うように優しく叩いた。
これで、第七小隊における初めての味方、有能な部下を獲得した。完全なるホワイト化への道のりは、まだ始まったばかりだ。




