第13話―1 ダラダラ気怠い秋の午後
秋も深まった穏やかなある日の午後、神谷円はムショーにイライラしていた。なんだってんだコノヤロウ、てやんでバーローコンチクショウと、机の上にだらしなくつっ伏して、目の前で繰り広げられている男女の――というか女の方がかなり一方的だが――睦み合いを眺めていた。
「あーやることねー」円はついに我慢できなくなって一声発した。
そんなノイズにこちらは楽しい時間を邪魔されて、キラキラ☆ギャルの和道凛子がギラッとした目で睨みつける。こんな円なんてほっときゃいいのに、ほっとけない。そんな面倒見のいい男を相手にしていたのだ。
「どうしたの?神谷さん」ほらこんな具合にわざわざ相手をしてしまう。これはもちろんこの部屋の長、オカ研会長・三浦弥幸である。「なんかご機嫌ななめだね〜」
「そりゃそうでしょ」円はノソっと身を起こし、苦情を言った。「なんですかこの時間、この体たらく?オカルト要素ゼロじゃないですか。我々はもっとこう、この世とあの世の間に蠢く怪異を調査して、謎を解き明かし、なんならバスターしたりするような、ダークでミステリアスでアウトローな集まりだったんじゃないんですか!」
「まどかちゃんの幽霊退治、あっという間に廃れちゃったよね〜」凛子が嬉しそうにコロコロ笑う。
そう、子安が拡散した幽霊退治の専門家という大袈裟な評判も、気温の低下とともにすっかり冷え切ってしまったようだ。脳筋野郎が高架下の話を持ってきて以降、まったく新ネタの音沙汰はなく、閑古鳥が鳴いている。
そりゃそうで、霊障に悩む者がそこらにゴロゴロ転がっていられても困る。そうそう依頼など来るはずもないのだ。しかも大学という狭い狭い範囲でのこと。幽霊退治を必要とする者が3件もあっただけ御の字というところだろう。
であるならば原点回帰で自ら心霊スポットを探して突撃すればいいのだが、平日気楽に行けるような近場のメジャースポットはあらかた制覇してしまった。新規開拓となればもう少し足を伸ばしてみなければならないだろう。
「僕もちょっと新しい心霊ネタは思いつかないなあ」弥幸が円の言いがかりに真面目に応える。「最近うちの叔母さんも締め切りが近いらしくて、なにも言ってこないんだよね」
これまでも面白い心霊スポットのネタを提供してくれた弥幸の叔母、人気ホラー作家のMAYOI先生もそれどころではないらしい。これにはさすがの円も文句は言えない。MAYOI作品の大ファンである円にとって、その新作執筆の邪魔はできない。
「まどかちゃん、あれでしょ?省吾くんいないから退屈なんでしょ」凛子はニヤニヤと下卑た(と円には感じる)笑みを向けた。
アイツか⋯⋯円は相棒の空手バカ・有明省吾のことを思い浮かべる。今日は家の用事があるとかで、部室に顔も出さずに帰ってしまった。だがしかし、アイツがいたところでこのオカルト不足がどうにかなるとは思えない。まったくこのコリン野郎はなにを言ってやがるんだ。
「あの空手バカがいてもどうにもならねえわ。そんなことよりコリンちゃん、どっか適当にオバケでも拾ってきてよ。こういう時こそイタコリンの実力を発揮しなきゃでしょ。先輩も喜んでくれるよ、ですよね、弥幸先輩」
「ああ、うん、それで僕にもオバケが見えるんなら最高なんだけどね〜」弥幸はその異常に美しいお顔を明るく輝かせながら言った。
いや、それはないない。どんな大悪霊を凛子が引っ張ってきたとしても、弥幸はそれを感じることすらできないだろう。その点はMAYOI先生も、あの芦原英依先輩も太鼓判を押しているのだ。
「そういえば英依先輩ってどうされてるんですか?最近ぜんぜん見かけませんけど」円はこの際あの怖い人でもいいからと望みをかけて尋ねた。
「う〜ん、それがね〜、僕にもさっぱりわからないんだよね〜」弥幸は首を傾げる。「講義にも出てないっぽいし、まああの人はいつもギリギリ最低限しか出席しないみたいだけどさ」
「私この前話しましたよ〜」凛子が口を挟む。「なんかバイクで出かけてるって言ってました。南の方に行くとかで」
なんだそのフリーダムな感じは?寒くなってきたから暖かいところへってか?寅さんかよ!となるとそっちルートもダメか。この倦怠したムードを打破するなにかはないものか⋯⋯
「もうなんでもいいからオカルトチックなことやりましょうよぉ」結局円はぜんぶ丸投げでかわいくもない駄々をこねた。「あーオカルトがー足りないー」
これには弥幸も苦笑い。凛子に至ってはさっきのイタコリンイジりもあって、ブッ殺すぞクソったれとでも言いたそうな顔をしている。
「そうだな〜じゃあここはオカ研定番の怪談話でもしてみようか」弥幸がキラキラした目でそう提案した。弥幸だってオカルトチックなのは望むところなのである。
この提案に凛子はものすごく迷惑そうな顔をしたが、もう遅い。その表情が円のハートに火をつけた。ここはいっちょコリンが怖がるところを見て楽しんでやろう。
「じゃあ最初は神谷さんからやってもらおうかな」おあつらえ向きに弥幸が指名する。
フフフ、コリンめ、ションベン漏らすくらいビビらせてくれるわ!円はニヤッと凛子に笑いかけ、なんの話をしようかとあれこれ思い浮かべた。そうだ、この前読んだばかりのアレにしよう。
「これはもう、けっこう昔の話なんだけど⋯⋯」




