表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CODE:0(コード・ゼロ) -公安を目指すはずが、なぜか美少女に囲まれてます-  作者: nime
公安学校編8:七不思議最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/200

LOG.141 消えゆく足跡、さくらの影

LOG.141 消えゆく足跡、さくらの影


### ◆ 朝──噂の朝食


夜のざわめきは、朝になっても消えなかった。早朝の薄明かりが差し込む食堂には、温かな味噌汁の香りと、パンを焼く香ばしい匂い、そして候補生たちの落ち着かないざわめきが混じり合っていた。湯気の立つトレイが行き交うたびに「昨夜の光は人影だった」「いや、機材反射だって九重が言ってた」と囁き声が飛び交い、まるで噂そのものが一つの料理のように場を満たしていた。特に女子候補生たちは視線を交わし合いながら小声で「湊くん、やっぱり冷と仲がいいよね」「あの距離感……気になる」と囁き、嫉妬と好奇心が混ざり合った空気をつくっていた。


「人影だったよ」「いや、機材反射。九重がそう言ってた」

「でも、笑ってたって証言も……」


喧騒の端で、湊がそっと盆を持ち、まだ包帯の残る腕を気遣いながら席を探す。冷は自然な動作で湊の盆を支え、椅子を引いた。


「無理はするな。箸の持ち替え、左でいけるか?」


「うん、だいじょうぶ……冷、ありがとう」


湊が笑うと、周囲の女子がわずかに息を呑む。さくらはその笑顔と冷の距離に気づき、胸の奥がちくりと痛んだ。まつりはトレイの端を指で叩き、天音は小さく「過保護」と呟く。


「れ、冷くん、その……椅子、私にも……」


言いかけたさくらは照れて声を吞む。冷は苦笑しつつ、空いていた椅子を彼女に向けた。さくらは「ありがとう」と小声で礼を言い、ふっと表情を緩める――だが、その笑顔は一瞬、薄い膜の向こうへ遠のいたように見えた。


---


### ◆ 日中──列から抜け落ちる


午前の実技。ランの合間、整列の号令がかかる。候補生たちが汗を飛ばしながら列に戻り、足元の土と芝生の匂いがむっと立ち込める。教官の笛の音が鋭く響き、全員が背筋を伸ばした。冷は呼吸を整え、心拍が高鳴るのを意識しながら視線で仲間の位置を確かめた。掌には汗がにじみ、息が少し荒くなる。


(湊、問題なし。天音も……まつりが後列。さくらは――)


いない。


一瞬、血の気が引く。再度数え直すと、さくらは列の隙間にふつうに立っていた。拍子抜けするほど当たり前の顔で。


「……さくら?」


「なに?」


返事は自然だ。それでも違和感は残る。休憩のホイッスルが鳴り、候補生たちが散っていく。近くの男子が首を傾げた。


「さくら? 誰のこと?」


冷は目を細める。数秒後、その男子は「あ、桜井のことか」と額を叩いた。「わりい、寝不足で頭が回らねえ」


(今の、ほんの数秒——認識が抜け落ちた?)


---


### ◆ 休憩──ログの穴


まつりがタブレットを抱えて駆け寄る。額には汗がにじみ、息を切らしながらも目は鋭い。画面には入退室と移動ログが、緑と灰の点線で可視化され、心電図のように脈打つラインが表示されていた。候補生数十人の軌跡が網目状に重なり合い、その中でさくらのラインだけが途切れ、不自然な空白を生んでいた。


「見て。午前九時十一分から九分間、さくらの移動が無記録。カメラのフレームは生きてるのに、姿だけが抜けてる」


「……システム障害にしては選び方が露骨だね」天音が眉を吊り上げる。「制度は、こういう“例外”を隠すために整備されてる。なのに、穴が残ってる」


湊は唇を噛む。「そんなの、おかしい。さくらはずっとそばにいた」


さくらは俯きながら、無理に笑ってみせた。「私、ちゃんといるよ。ここに」


冷は視線を落として頷く。「いる。俺が見てる」


その言葉にさくらの肩がわずかにほどけ、天音とまつりは同時に視線をそらした。


---


### ◆ 夕暮れ──影の兆し


講義の終わり、窓の外が茜色に滲む。校舎全体が夕陽の色に包まれ、廊下の窓ガラスは赤銅色に輝いていた。廊下を歩くさくらの横顔がガラスに映り、頬の線や睫毛の影が揺れる。その映像のさくらが、次の瞬間、現実の彼女に追いつけずにわずかに遅れて動いた。まるで時間がねじれたような、細く不気味な遅延。背後を歩いていた候補生が一瞬足を止めて眉をひそめ、しかしすぐに何事もなかったかのように歩みを進めてしまう。冷の心臓はどくりと跳ね、耳に自分の鼓動が響く。窓の外からは風が唸り、窓枠がきしむ音が微かに混じっていた。


「……今、見えた?」


冷が立ち止まる。まつりは眼鏡を押し上げ、ガラス面を指で軽く弾いた。「ホログラムの残像じゃない。屈折でも説明がつかない」


天音が低く言う。「誰かが“いること”の記録を削ってる。現実そのものは無理でも、私たちの認識に干渉してる」


湊は不安に揺れる目でさくらを見た。「さくらが……消えたりしないよね」


「消えない」冷は即答した。「させない」


---


### ◆ 消灯後──足音は屋上へ


夜。静寂は薄い氷の膜のように寮を覆っていた。窓の外では虫の声すらなく、かすかな風のうねりだけが聞こえる。冷は微かな物音で目を覚ます。規則正しい“コツ、コツ”が、廊下の奥へ遠ざかっていく。まるで誰かが意図的に歩幅を合わせ、彼を誘い出そうとしているかのようだった。


(深夜の足音……①の再来? いや、誘導だ)


スリッパの音を殺し、冷は廊下へ出た。非常灯の淡い緑を踏みながら角を曲がると、足音は階段へと続き、屋上へ上がる鉄扉の前でふっと消えた。


扉の隙間から、白い靄が漏れている。冷がそっと押し開けると、夜風が頬を打ち、屋上に薄く漂う光の粒子が視界いっぱいに舞った。鉄扉の蝶番がきしむ音、靄がぱちぱちと弾けるような音が耳に刺さる。靄はゆらぎ、輪郭を持ち始める。笑っているような、泣いているような、人の形。


「……さくら?」


名前を呼んだ途端、像は波紋のように崩れ、夜空へ吸い込まれた。残ったのは、足元に並ぶ数歩分の濡れた足跡だけ。次の一歩で唐突に途切れている。


(消えたのではない。切り取られた——)


---


### ◆ 翌朝──交錯する噂


朝、食堂の壁際で低い声が飛び交う。トレイがぶつかり合う軽い音やスープをすくう音の背後で、候補生たちの囁きが蜘蛛の巣のように広がり、場の空気をじわじわと絡め取っていた。


「夜中、冷が廊下を歩いてたって」「屋上に行ったらしい」

「いや、寮にさくらなんていたっけ?」


矛盾した噂が同じ空気の中で同時に生きている。天音は苛立ちを隠さず、トレイを卓上に置いた。


「制度の“正解”に合わせて、みんなの記憶が勝手に補正されてる。最低」


まつりが冷に視線を向ける。「証拠を拾う。足跡の写真、残せた?」


冷は首を振る。「撮ろうとした時には、消えてた」


さくらはスプーンを握る手に力を込め、そっと問いかける。「……冷くんは、ずっと私を見ていてくれる?」


「ああ」


短い返答に、湊が息を吐いて微笑んだ。「それなら大丈夫、だよね」


だが、食堂の隅で耳をそばだてていた数人は、まるで初めてその名前を聞いたかのように首を傾げていた。


---


### ◆ ラスト──影の予感


午前講義の終わり際、館内放送が鳴る。『屋上の立入禁止は継続。外部ドローンの報告は誤検知』


重苦しい声が講義室に響き渡り、候補生たちの間に小さなざわめきが生まれる。明らかに誤魔化しだと分かっていても、誰も口に出せない。冷は拳を膝の上で握りしめ、奥歯を噛みしめる。嘘の上塗りが、胸を圧迫するようにのしかかる。


視界の端で、さくらの影が床に落ちた瞬間だけ、輪郭が遅れて震えた。淡い揺らぎは一瞬で収まり、誰も気づかない。ただ冷だけがそれを見た。


(忘れさせない。俺が見続ける。俺が……守る)


胸の奥から湧き上がる誓いを噛みしめるように視線を上げると、さくらは不安げに、しかしどこか安心した目で冷を見上げていた。彼女の視線は揺らぎ、けれど確かに「ここにいる」と訴えかけていた。その周囲で天音が訝しげに視線を送り、まつりが無言で端末を強く握りしめるのが見えた。湊はただ静かに微笑んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ