LOG.130 封じられた真実
LOG.130 封じられた真実
朝。食堂に候補生全員が呼び集められた。窓から差す光は白く冷たく、皿やカップの擦れる音さえ鈍く響き、沈鬱な空気を払うことはできない。九重教官は壇上に立ち、背筋を伸ばして鋭い眼差しで一同を見渡した。背後のスクリーンには何も映されていない。彼女の言葉だけが真実として突きつけられる。
「上層部が調査に入る。異常事態が続いていることは把握している。候補生は規律を乱すな。余計な噂に惑わされるな」
短く告げられたその言葉は、冷たい刃のように空気を切り裂いた。候補生たちは唾を飲み込み、ざわめきを抑えきれなかった。詳細は一切伏せられ、ただ規律を守れと言う。誰もが納得できないままに押し黙る。疑念は消えるどころか、逆に増していく。背筋に冷たい汗が流れる者もいた。
「何を隠してるんだ……」「結局、私たちは実験台?」椅子を引く音に紛れてそんな呟きも洩れる。冷は無言で拳を握った。規律を守れと言いながら、すでに秩序は揺らいでいる。
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授業後、廊下では囁きが飛び交った。窓から差し込む午後の光が長い影を落とし、その影に潜むように声が交わされる。
「やっぱり不正合格者を探してるんだ」
「何人か、もう消えるって聞いた」
「選別って……影と関係あるの?」
噂は尾ひれをつけて増幅していく。さくらは怯えたように肩を縮め、湊が「大丈夫、信じよう」と声を掛ける。しかしその声も心許なく震えていた。まつりは眉をひそめて黙々と端末を操作し、天音は苛立ちを隠さず壁を拳で叩いた。「はっきり言わないのは、何か隠してる証拠よ」
廊下を歩く冷は、背中に突き刺さるような視線を感じた。すれ違う候補生がわずかに距離を取る。さざ波のような噂の中に、自分たちの班の名が混じっている。疑念と恐怖が入り混じったその視線に、胸の奥で焦燥が鈍い痛みを広げる。
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午後、演習の移動中。青空の下に整然と立つ教官棟。その窓のひとつが不自然に開いていた。そこから、低いノイズが漏れていた。最初は風の音かと思った。だが立ち止まって耳を澄ませると、確かに人の声が混じっている。
『……合格者……選別……影……』
ガリガリと擦れる雑音の合間に浮かぶ断片的な言葉。冷は思わず足を止め、班の仲間たちも同じように耳を傾けた。胸の鼓動が早まる。確かに聞こえた。影、選別。その単語が鉛のように心に沈み込む。
「盗聴や通常の電波じゃない」まつりが冷静に分析する。「内部のどこかから直接発信されてる。意図的に私たちに聞かせてる」
天音は顔を歪め、唇を噛んだ。「やっぱり裏で何か仕組まれてる」
さくらは顔を青くし、声を震わせる。「私たち……消されちゃうの?」
湊は慌てて肩に手を置き、「大丈夫だよ、さくら。僕たちは一緒だ」と必死に慰めるが、その声もどこか頼りなく響いた。
冷はその場に立ち尽くし、“選別”という言葉を反芻した。脳裏に父の背中がよぎる。母を失ったあの日、忽然と姿を消した父。公安に関わっていたはずの男。その影と今の言葉が、一本の線で結びつくように思えた。喉の奥がひりつき、呼吸が乱れる。だが視線を逸らすことはできなかった。
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夜。静寂が校舎を覆う。寮の窓から外を眺めていた冷の視界に、教官棟が映る。薄暗い部屋の奥に、白影が立っていた。光を受けず、輪郭がノイズのように揺れている。まるで映像が乱れたテレビ画面の中に人影が浮かんでいるかのようだった。影はじっと冷を見ているように感じられた。窓越しに風が吹き込み、カーテンが揺れる。冷の呼吸が一瞬止まり、胸を締め付けられる感覚に囚われる。目が合ったと錯覚した瞬間、影は掻き消えるように消えた。
冷は拳を握りしめ、胸の奥に重い決意を刻む。心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響き、時計の秒針の音がやけに大きく響く。
*「俺たちは……試されている。影だけじゃない。制度そのものに」*




