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聖女のその後


修道院の静かな朝、聖女の称号を失い、簡素な修道服を身にまとったアメリアは不満げに部屋の掃除をしていた。豪華なドレスや贅沢な生活が恋しい思いを抱きつつ、ぼやき続けている。

「私は本物の聖女よ。どうしてこんなところで平民として暮らさなきゃならないの?これも全部、あのリリアンのせいだわ!あの女がいなければ、私は今も王子や騎士たちに称賛されていたはずなのに!」

アメリアは掃除のモップを乱暴に投げつけ、床に座り込む。反省の色は微塵もなく、ただリリアンへの怒りを募らせていた。


そのとき、修道院の外から声がした。

「本当に聖女様がここにいらっしゃるのですか?」

アメリアは声の主に目を向けると、窓越しに数人の市民が自分を見つけ、驚いたように指差しているのを見た。彼女は急いで外に出ると、泣き崩れるような仕草を見せた。

「そうです、私が聖女です!でも……リリアンが手柄を横取りしたせいで、こんなところに追いやられたんです。私を陥れたのはリリアンなのです!」

アメリアの涙を見た市民たちは困惑した様子で互いに顔を見合わせた。

「でも、あのリリアン様が聖女様を陥れるようなことをするとは……」

「聖女様も何か事情があったのかもしれないな……」

市民たちは信じかけているようだったが、その中には疑問を抱いている者もいた。

「……本当にリリアン様がそんなことを?」

そう小声でつぶやく若い女性がいたが、アメリアはそれに気づかないふりをして話を続けた。

「お願いです、私の無実を信じてください!」

アメリアの必死な様子に市民たちは曖昧な態度をとりつつもその場を去っていく。彼らの背中を見送りながら、アメリアは小さく笑みを浮かべた。

「ほら、みんなは私が聖女だって信じてるじゃないの。リリアン、覚えてなさい。いつか必ず立場を取り戻してみせるわ。」

だが、その笑みにはかつてのような輝きはなく、どこか浅はかさが漂っていた。


その時、外から華やかな馬車の音が近づいてきた。修道院に豪華な馬車が停まるのは珍しく、修道女たちは何事かと顔を見合わせてざわめく。

「アルバート王子がいらっしゃいました!」

門番の声に修道女たちの間に更なる動揺が走る。

「アルバート王子だって? どうしてこんなところに?」

「まさか……アメリアのところに?」

一方、アメリアは部屋でモップを持ちながらため息をついていた。掃除が嫌で途中で投げ出した彼女の背後に、修道女が慌てた様子で駆け込んできた。

「アメリア! アルバート王子がいらっしゃいましたよ!」

その言葉にアメリアの顔がぱっと輝く。

「アルバート王子が……私に会いに?」

彼女は手に持っていたモップを放り投げると、急いで修道院の玄関に向かった。


馬車の前で堂々と立つアルバート王子の姿が目に入ると、アメリアは涙を浮かべながら走り寄った。

「アルバート様!私……!」

彼女はわざとらしく目元を押さえ、涙をぬぐうふりをしながら膝をつこうとする。しかしアルバートは彼女の手を取って制し、優しく微笑んだ。

「アメリア、君がこんなところで苦労していると聞いて、どうしても放っておけなかった。君を城に連れて帰ることはできないが、王家の別荘に匿おうと思う。」

アメリアの目が輝いた。

「別荘に……?」

アルバートは静かにうなずき続けた。

「そこなら修道院より快適だ。君を侍女だと偽れば、周囲の目もごまかせるだろう。君に相応しい華やかな暮らしを取り戻したいだろう、アメリア。」

アメリアは一瞬だけ迷うふりをして、泣きながら彼の胸に飛び込んだ。

「アルバート様……ありがとうございます! 」

アルバートは優しく彼女の肩を抱き、微笑んだ。その場にいた修道女たちは複雑な面持ちで様子で二人を見つめていた。


アメリアはアルバートの胸に顔を埋めたまま、心の中でほくそ笑む。

(城に戻れないのは残念だけど、別荘でも十分。贅沢な暮らしができるなら、アルバートで妥協するのも悪くないわ。)

彼女は涙をぬぐうふりをしながら顔を上げ、満面の笑顔を浮かべる。

「アルバート様と一緒なら、私、何も怖くありません。」

アルバートは彼女の言葉を信じ、手を取って馬車へと導いた。その背中を見送りながら、修道女たちは彼女の行く末を案じるが、アメリアにとってはそんな声などどうでもよかった。


馬車に乗り込んだ二人は並んで座る。アメリアはアルバートに甘えた声を出しながら体を寄せた。

「アルバート様、本当に私を助けに来てくださるなんて……」

アルバートは彼女の手を取り、真剣な表情で答えた。

「君は特別な存在だ、アメリア。誰がなんと言おうと、僕は君を守る。」

その言葉にアメリアは心の中で冷笑を浮かべるが、決して顔に出すことはない。

(この男、単純ね。でもまあ、使えるうちは利用させてもらうわ。)

一方で、アルバートは彼女の笑顔を見て、心から安心したように微笑み返していた。


★★★


アメリアは別荘の豪奢な外観を見上げて、満足そうに微笑んだ。周囲は見事に手入れされた庭園に囲まれ、美しい噴水が静かに水音を響かせている。アルバートに促され、彼女は中へと足を踏み入れる。

館の中は金箔が施された装飾品や絵画が壁を彩り、どこを見ても王家の威厳と贅沢さが漂っている。アルバートの到着に合わせて使用人たちが一列に並び、深々と頭を下げた。

アルバートはその一人ひとりを見渡しながら、低く穏やかながらも威厳ある声で命じた。

「アメリアは特別な客人だ。侍女としてここで暮らしてもらうが、家事や雑務をさせることは一切禁じる。彼女には王子の客人としてふさわしい待遇を用意しろ。」

使用人たちは一斉に「承知しました」と答え、アメリアを案内し始めた。彼女の部屋として割り当てられたのは、アルバートが別荘で過ごす際に使っているという広々とした豪華な部屋だった。

天蓋付きのベッドには最高級の絹が使われ、窓辺には柔らかな日差しが差し込む。


アメリアが部屋の中を見渡していると、アルバートが彼女の後ろから優しく肩を抱いた。

「気に入ったかい?」

「はい、とても素敵な部屋です。あなたが使っていた部屋だなんて、嬉しいです。」

アメリアは微笑みながらアルバートを見上げた。


二人はしばらく部屋の中で過ごした。アルバートは彼女の隣に座ると優しく手を取りながら微笑む。

「こうして君と穏やかな時間を過ごせるなんて、本当に幸せだ。」

アメリアは頬を赤らめながらも、少し甘えたように彼の肩に頭を預けた。

「アルバート様がそばにいるだけで、私は十分です。」

しばらく仲睦まじく過ごした後、アルバートがふと時計に目をやり、名残惜しそうにため息をついた。

「そろそろ公務に戻らなければならない。君ともっと一緒にいたいけれど…。」

「大丈夫です。私ならここで待っています。」

アメリアは微笑んで彼を見送りの準備をする。

アルバートは彼女の額に軽くキスをしてから立ち上がった。「また必ず来る。君のために何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ。」

アメリアは微笑みながらうなずき、その姿を見送った。

別荘の玄関から馬車で立ち去るアルバートを健気に見届けたアメリアは、一人部屋に戻った。


彼女の部屋は王族の住まうべき装飾に満ちており、豪華な絨毯、柔らかな羽毛の枕、きらめくシャンデリアが目を引く。侍女として暮らすという名目はあれど、実際には王妃のような扱いだ。

豪華な部屋に、一人残されたアメリア。彼女は窓辺に立ち、満足げに部屋を見回した。絹のカーテン、磨き抜かれた床、大理石の彫刻が飾られたテーブル──すべてが彼女のために整えられている。

「そうよ、これが私にふさわしい生活よ!」

アメリアは手を広げ、まるでこの空間全体を抱きしめるように高らかに言い放つ。

「私は聖女なのよ!これくらいの特別待遇を受けて当然なんだから!」

彼女は鏡の前に立つと、アルバートに用意してもらった装飾の施されたドレスに着替え、裾をつまみ、優雅にポーズを取った。

「リリアン?あの悪役令嬢がいくら活躍したって関係ないわ。結局、人々が求めているのは“聖女”であるこの私なんだから!」

アメリアの表情が次第に険しくなり、声に冷たい怒りが混じり始めた。

「でも、あの悪役令嬢め……!いくら実力があろうと、私の足元にも及ばないのに……。偉そうに!この私を差し置いて、ラウル様と!許せない……絶対に許せない!」

彼女は椅子にどかりと座り、テーブルを叩いた。

「リリアン、見ていなさい。必ずあんたを貶めてやるんだから!この“聖女”アメリア様を差し置こうなんて、十年早いわ!」

言い放つと、アメリアは肩で息をしながらふんぞり返った。その瞳には、嫉妬と執念の炎がぎらぎらと燃えていた。


ドアが軽くノックされ、侍女長が恭しく現れた。

「アメリア様、お茶のご用意が整いました。こちらにお持ちしてもよろしいですか?」

「ええ、お願い。」

アメリアは満足げに頷き、ふわりとした笑みを浮かべた。その仕草だけで侍女長を緊張させるほどの威圧感があった。

使用人たちは彼女を王子の客人として崇めており、どんな細やかな望みでも即座に叶えようとしていた。そしてアメリアはその状況を当然のことのように受け入れていた。

「私がここにいる意味は、アルバートの愛人としての私。…これでいいのかしら?」

アメリアは自問するように独り言を呟きながら窓の外を眺めた。彼女の瞳はどこか遠くを見つめており、その先には単なる王子の愛人の役割を超えた何か、もっと大きな野望が潜んでいるようだった。

やがて侍女長が丁寧に運んできた紅茶を受け取り、一口啜る。

「まあ、今はこれでいいわね。彼が私を女王にするまで、この美しい仮面を被り続けるだけ。」

アメリアはカップを置き、窓の外に沈む夕陽を眺めながら、未来の女王としての自分を思い描いていた。



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