第86話 六賢者の二人
イーサンとの夕食を終え、二人が部屋に戻ると布団が敷かれており、その上に浴衣がたたんで置かれていた。
何もかもが仁と真那がよく知っている元の世界の旅館と同じような待遇に、とても懐かしさを感じた。ちなみに部屋には襖があり、各々のプライベート空間が作れるようになっている。ウィスドムホールのような共有スペースもなく、部屋自体は狭いが二人は満足であった。
「よし!ひとっ風呂、浴びて来ようぜ!」
仁が元気に号令を出し、二人は浴衣を持って温泉の場所に向かう。ゾルは部屋で留守番する事になった。さすがに湯船に剣を持っていたら怪しまれる。
温泉の入り口には「男湯」と「女湯」の"のれん"が垂れ下がっており、元の世界にいるような錯覚さえ覚える。「女は風呂が長いだろうから」と部屋の鍵は仁が持ってそれぞれの温泉に入っていく。
温泉は入口をくぐると、静かな雰囲気と心地よい温泉の香りが漂い、内部は広々として大きな窓からは美しい景色や自然光が差し込んでいた。中心には大理石で造られた美しい温泉浴槽があり、その周りには植物や石のデザインが施された庭園が広がり、リラックスできる空間を演出していた。浴槽の温度は適切に調整され、心地よい温かさが身体を包み込んでいた。
真那は温泉に浸かりながらレストランで会ったレオノールの事を考えていた。決して恋愛感情とかではないが、本や映画で見たような王子様のビジュアルが突然目の前に現れて驚いていたのだ。羽曽部食品の女性陣にも見せて上げたいぐらいと考えていた。『そうだ、もし次に会うことがあればスマートフォンで写真を撮って羽曽部食品の女性に見せてあげよう』と考えていた。
真那が温泉に入った数分後、二人の女性が脱衣所に入る。一人は筋肉質な肢体と野性的な魅力を持ち合わせながら、その美しい褐色の肌はまさに自然そのものを感じさせる大柄な女性と、もう一人は対照的に小柄で年齢も幼く見え、白いローブを身にまとっていた。
「あれ?エリシア!慈愛のにおいがするよぉ」小柄な女性が大柄な女性に話しかけた。
「どういう嗅覚してるんだキアラは」
エリシアは服を脱ぎながら呆れたようにキアラを見る。キアラはローブを脱ぎ捨てて裸の状態で脱衣所の中をキョロキョロ徘徊し、緑色のローブを発見する。それは真那が着ていた服だ。
「やっぱり慈愛の物だ。少し変わった匂いも付いているけど慈愛が来ているんだよぉ」
エリシアとキアラは温泉に向かうと、キアラは大きな声で「慈愛~」と叫ぶ。湯船に使っていた真那は急に慈愛の名前が呼ばれたことにビクッとして声の方向を見る。湯気に紛れてエリシアとキアラがそこに立っていた。お互いがあれ?っという顔をしていた。
エリシアは丁寧な態度で失礼したと真那に言い、「あのローブは慈愛から譲り受けたものか」と聞かれたので、真那は隠すことなく「はい」と答えた。そしてエリシアとキアラも湯舟に浸かる。
「あの、慈愛さんのお友達ですか?」
「ああ、私はエリシア、こっちはキアラだ」
「キアラですぅ!」
急に慈愛の名前が出てビックリしたとか、たわいもない話を3人はして、真那は「お先に」と温泉から上がった。
温泉にまだ浸かっているエリシアとキアラが真那がいなくなったのを確認すると神妙な顔をしだした。
「あの女、<落ち人>だな」
「そうだよぉ~私たちの事、六賢者だって知らなかったよぉ」
「なぜ慈愛が<落ち人>に旅をさせているかわからんが、慈愛の事だ。何か考えがあるのだろう。この事は忘れとこう」
エリシアとキアラ、この二人は六賢者であった。デルカニアに住む人々で六賢者の顔を知らぬ者はいない。初めて仁と慈愛が出会った時も似たようなやり取りがあった。
偶然にも六賢者の二人と出会ってしまった真那だが、ここで何か物語が進むことはない。仁や真那が大きく六賢者と関わるのはまだ先の話である。




