第78話 工場フル稼働
1万個のブーボハム納品前日。製造ラインは休む暇もなく動いていた。工場内には機械の音とともに、人々の掛け声が響いていた。神谷グループを除く全員が参加し、休憩を挟みながら懸命にブーボハムの製造を進めていた。
この日だけは農作業も必要最低人数で行い、釣りや山菜採りも中止となっていた。
工場の一角では、巨大な塩漬けコンテナが並んでいた。そこには無数の肉が浸されており、塩漬け期間を短縮するために皆が手分けして小分けパックし、その後は肉を一つ一つ丁寧に手でマッサージしていた。手の感触で温度を確かめながら、塩が均等に馴染むようにと心を込めて揉み込んでいく。
「みんな!明日の朝までにブーボハムを1万個完成させるぞ!その為には冷却時間も考えて明け方までには完成させなければならない!ここが踏ん張りどころだ!みんなで力を合わせてやるぞ!」
土屋工場長の声が工場内に響く。彼は各作業場を回り、励ましながら指導していた。
塩漬が終わると、次はそれぞれの肉塊に糸を巻いて形を整えていく。
ブーボハムの味付けは1種類であっても、その部位の多様性は現代の豚に匹敵する。もも肉、バラ肉、ウデ肉、カタ肉、ロース肉と、各部位ごとに異なる特徴を持ち、それに応じたカットが求められる。
整形しやすいように部位ごとに切り分ける作業は、まさに職人技の粋を集めたものだった。根岸主任の指揮のもと、解体からカット作業が行われていた。従業員たちの手際よい動きは、熟練の技を物語っている。
塩漬け作業には他部署からも総動員されており、その中には社長や役員、さらには慈愛やセイジ、バルダ一家も混じっていた。
「ここが一番の味に関わる部分じゃ!皆の未来に繋がるよう頑張るのじゃ!」
慈愛の掛け声に、皆の表情が引き締まる。まさか慈愛様が自ら作業をこなすとは、と誰もが驚き、そして心の底から嬉しく感じていた。その思いは自然に手に力を入れ、作業をさらに効率的に進めさせた。
「皆さん、お待たせしました。ここからは農作業メンバーも参加します!」
小田の声がフロアーに響いた。時間も夜19時になり、農作業していた従業員も加わった事で、交代で食事をとり、休憩を挟みながら淡々と作業をこなしていく。
その中には最年少のエルミナもいた。小さい手で他の従業員同様に一生懸命塩漬作業をこなしていた。
「エルミナ、あまり無理するなよ」
隣で同じ塩漬作業をしているセイジが声を掛けた。しかし、エルミナは疲れた顔をしながらも笑顔を見せ、無言で頷くと再び作業を黙々と進めていた。
「大丈夫よ、セイジさん。この子はセイジさんや皆の力になれる事が嬉しいのよ」
母のリリアナが笑顔で我が娘を見つめながら答えた。セイジも笑顔でエルミナを見つめ、これは俺らも負けてられないなと、再び作業テーブルに目を落とした。
一方、加熱が終わったブーボハムは冷却庫で荒熱を取ると、包装ラインでブーボハムを次々とパックし、冷却装置に送られていく。
冷却時間を短縮するため、チラー槽(冷却水循環装置)がフル稼働していた。加熱したハムは、冷蔵庫でも冷えるが時間が掛かってしまう為、熱を吸収しやすい水冷で行っていた。
「時間がない!なんとか間に合わせるんだ!」
土屋工場長が再び声をあげ、皆を引率していく。従業員たちはそれに応えるようにして次々と作業を進めていた。機械の音、掛け声、足音が絶え間なく工場内に響き渡る中、誰もが一心不乱に働いていた。
また、品質管理課のメンバーは商品の品質を保証するために、冷却が完了したブーボハムの一つ一つを細かくチェックしていた。肉色、香り、味、食感、形状、全てが規格通りであることを慎重に検査を行っていた。
検査が終わると、異物検査装置を通過させ、段ボールに梱包していく。この異物検査装置とは、ハムの内部に骨の残存や金属異物が混入していないか検査する装置である。
その夜、工場の灯りは一晩中消えることはなかった。窓の外には満天の星空が広がっていたが、誰もそれに気づく余裕はなかった。ただひたすらに、自分たちの使命を果たすために手を動かし続けた。
―――そして、運命の朝を迎える事となる―――




