第76話 大量納品に向けて
仁と真那がマネキンを始めて4日目、今日も張り切って身支度を整えて二人は新しく実演する店舗へと向かう。
今日の店舗はデルカニア大陸の各街にチェーン店を展開する大型スーパーの[エピックバザール]という店だ。セイジの話ではここで販売が確保されるとかなりの売り上げが期待できるのだと話していた。
仁と真那は気合をいれて[エピックバザール・ウィスドムホール3号店]に向かった。店に着くと店長らしき人が「ああ、聞いているよ」と不愛想な感じで言い、去り際にボソッと「あのガキの頼みじゃなきゃ門前払いしたさ」と言って店の奥に入って行った。
「なんか嫌な感じだね、あのガキってセイジ君のことでしょ」
真那も仁と同じような印象を受けたようだ。まぁ人それぞれあるさと仁は気持ちを入れ替えてマネキンの準備をした。
マジックアイテムのヒーターで加熱調理したブーボハムと、そのままスライスして丸めたブーボハムを爪楊枝に挿してお客さんへ声を掛けていく。
ここ[エピックバザール・ウィスドムホール3号店]は、これまで覗いてきた店舗とは違い、照明が暗く掃除も行き届いていない感じであった。店の飾りつけとなる置物も蜘蛛の巣や誇りが被って無造作に置かれている。
マネキンをしていると、時々、真那が一点を見つめる様子が仁は気になっていた。客足が一度落ち着き真那に聞いてみる。
「真那どうした?幽霊でも見えるの?」
「ちょ!違いますよ。あそこから何か感じるものがあって」
「ヒェッ」とふざけた顔をする仁をよそに、真那はガラクタ置き場のようになっている店の飾りつけの所に向かった。触りたくないほど埃が溜まっていたが、少しずつ物をどかして小汚い棒状の赤いクリスタルのような物を見つける。
『仁!これ、テレッドだよ!しかもこの大きさ!すごい』
真那は小声で興奮を隠しきれずに仁に報告した。仁もまさかと驚きの表情を浮かべた。ガラクタの中に紛れて見つからなかったその物体が、磨けば確かにテレッドに見える。だが、その価値を知れば、店主が高値を吹っかけてくることは容易に想像できた。
二人は再びマネキンの業務を遂行し、どうしたら譲ってもらえるかを考えていた。
その間、ブーボハムの味付けが絶賛され、その評判は瞬く間に広がっていった。特にエピックバザール・ウィスドムホール3号店では、多くの客が試食に訪れ、その美味しさに舌鼓を打っていた。この店の店長は不愛想で、店舗自体も決して清潔とは言えない。しかし、それでもエピックバザールの知名度は圧倒的であり、そのブランド力の強さを仁と真那は改めて実感していた。
約束の時間になり片付けをしていると、あの不愛想な店長がニコニコとして仁と真那に近づいてくる。
「いやぁ、評判が良かったですよ。ブーボハム、同じエピックバザールの他店舗でも噂になっていて、仕入れを任されましたよ」
仁と真那は互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「本当ですか?ありがとうございます!」
「では、明日の正午までに1万個持ってきてください」
その瞬間、二人の顔から血の気が引いた。
「え?1万個!明日の昼までにって、それは無理ですよ」
仁は困惑した声で答えると、店長の笑顔は一変し、冷酷な表情に変わった。
「それが出来なければ半値で納品できるだけ納品しろ。断るならエピックバザールの本部に連絡して、各街で販売できないようにしてやる」
彼の言葉には脅しの響きを感じた。この店長にそんな力があるのかはわからないが、セイジの話ではエピックバザールは多くの店舗を抱える大企業であり、完全に嘘とも思えなかった。
しかし、仁は店長の真意を"見抜いて"いた。結局、彼はブーボハムを安く仕入れてエピックバザールの本部に還元し、自身の評価を高めたいのだろう。
ブーボハム1万個・・・。
元の世界の工場稼働状況なら全然余裕の数字であったが、異世界に転移してしまった工場での生産量ではキツすぎではないかと考えていた。実際、仁と真那は製造キャパシティの事を詳しく聞かされていない。既に何店舗かにも卸先が決まっている。勝手に判断できないことはわかっているが、ここで引く訳にはいかないと賭けに出ようと思っていた。
そこで、どうせ賭けに出るならと仁は一つの条件を出した。
「わかりました。明日の正午までに1万個のブーボハムを用意しましょう。但し私たちも無理な納品をするからには、それなりに売価をあげないと商売になりません。かと言ってブーボハムを値上げするのは私たちも気が引けますので、この店の飾りつけに使われているオブジェを一つ頂きたい」
店長はしてやったりと笑顔を作り、店内を見回すと鼻で笑った。
「よかろう、よかろう。どれでも好きな物を持ってくがいい。但し!必ず明日の正午までに耳を揃えて1万個持って来てください。それが出来なければ、今後の取引は全て半値で行わさせて頂きますよ」
仁と真那は了承して店を出た。二人は急いで宿に戻り、ゾルに通信をお願いして慈愛を呼び出す。
スクリーンには慈愛とセイジ、そして工場長などの主要メンバーを揃えてくれるようお願いした。
皆が揃った事を確認すると、まず慈愛が口を開いた。
「どうしたのじゃ。こんな時間に通信するとは、まだマネキンする時間であろう」
「皆さん、忙しい日中に連絡して申し訳ないです。聞いて欲しいことがあります。ブーボハムが1万個必要になりました」
大量納品の報告に慈愛の後ろで見ていた役員たちは一斉に湧くが、慈愛の表情は硬かった。それは二人がこんな時間に連絡を寄こすなど何か理由があるに違いないと踏んでいたからだ。
二人は[エピックバザール ウィスドムホール3号店]での経緯をテレッドがあった事も含めて説明した。
問題点、それは時間であった。明日の正午までに1万個。現在は1日4000個を目標に製造しているが、既に卸先も決まっており、在庫もほとんどない。
慈愛はそれを聞いて無言で難しそうな顔をしていたところ、セイジがスクリーン前方へ身を乗り出して顔をヒョコッ映した。
「無理だよ。明日に1万個は。物理的に無理なんだ。ブーボハムには今[塩漬期間]を設けてある。今は出来上がるまでに最短でも2日は掛かるよ」
話しによると大量生産を開始した初日のブーボハムには、ブーボ特有の臭みが残っていたらしい。
これこそが本生産時に露呈した問題であった。
それでも異世界にある通常のブーボを使ったハムよりは旨いので、値段を下げて出荷はするみたいだが、その問題であるブーボ特有の臭みを消すには味付けしてタンブリング(マッサージ)した後に、一晩冷蔵庫で寝かせなければ臭みが取れない。そういう理由で、2日目の製造からは塩漬期間を一晩設けているとの事だった。
それを聞いた仁と真那、そしてスクリーンの向こうでも沈黙してしまう。無謀な賭けをしてしまったかと仁は悔やみ始めていた。
「任せろ!須沖!」
その場にいた土屋工場長が突然、声を荒げて立ち上がった。
「異世界に帰るアイテムも手に入り売り上げにもなる!一石二鳥のチャンスを見逃す訳にはいかない!」
セイジが振り向き、土屋に疑問を投げかけた。
「でも、物理的に無理なんだよ?」
「セイジさんには話してなかったが、一番最初の試作段階では塩漬期間は設けていない。あれは私と開発課のメンバーで、人間の手でマッサージして作ったハムなんだよ」
塩漬というものは、実際は温度が高いほど促進するが、温度が高すぎると微生物などが増殖しやすくなり食中毒を引き起こしてしまう原因ともなりうる。その為、低い温度で時間を掛けて塩漬するのが一般的な製法である。
しかし、一番最初にに開発課で試作した際は、人間の手で温度をコントロールしながら微細な温度管理を行っていたのだ。
セイジは確かに最初にレイクサイドで食べたハムには臭みがなかったことを思い出していた。その方法なら塩漬期間は短縮できるが、それでも、その方法では人員が飛躍的に多く必要となる。
「皆には申し訳ないが総動員で徹夜して作ろう!異世界からの帰還に必要なアイテムもゲットできることを考えれば皆も協力してくれるさ」
土屋は周りにいる役員達に今の話を伝達するようにお願いをし、すぐに製造に取り掛かろうと準備を始める。セイジはその様子を眺めながら何とかなりそうな雰囲気に感心していた。
「運搬はどうするのじゃ?ハムが出来ても1万個など運べんぞ!」
慈愛がまだ問題がある事を思い出させるように言葉にした。
「う~ん、問題はまだあったか・・・」
慈愛とセイジが頭を抱える。その時、窓からコンコンと叩く音がした。
その音の正体は一匹のプテラノドンであった。その場で飛びながらクチバシで窓を突いていたのだ。そのプテラノドンの首からは仁がレイクサイドの教会で買ったお守りがぶら下がっていた。
「ふー。どうやら運搬の問題も大丈夫じゃ。コヤツが運ぶらしい。森の外にも出たことがないと言うのに」
慈愛はため息交じりの安堵の表情をした。
本来、プテラノドンは慈愛の命令で森の外には行かせていない。それは人間が怯えてしまうのと、怪物だと思われ攻撃されてしまうからだ。
しかし、そんな危険な役を律儀に話を聞いていたプテラノドンが自ら名乗り出たのだ。
実はこのプテラノドン、仁と真那の通信をいつも懐かしがるように外で待機して声を聴いていたのだ。
最初は羽曽部食品に突っ込んで皆を騒がせ、仁と真那の旅立ちを見送る際は虎峰との戦いにも巻き込まれた。そんな不運続きなプテラノドンを仁は案じ、レイクサイドで購入したお守りを送り届けていた。
慈愛にお願いしお守りは首から下げれる様にし、彼らの力になりたいと、いつも感じていたのだ。
「ハムが準備出来たら明日の正午までに僕がプテラノドンに乗って一緒に届けるよ!慈愛がいなくなると結界が消えてしまうしね」
セイジの言葉を受けて仁と真那の顔は晴れやかになった。仁と真那はスクリーンに向けてプテラノドンによろしくなと手を振った。それを見たプテラノドンは翼をバタつかせて喜んでいた。
これで何とか光が見えてきた。一石二鳥だけでない。大きな売り上げが確保できれば反乱だって収まる筈だ。そうすれば一石三鳥となる。
羽曽部食品では一縷の望みを抱きながら、決意を新たにブーボハムの大量生産に取り組んでいった。




