第61話 異世界で魚釣り
かつて暴動を起こし、仁にボロ負けした情報技術部の[間野将斗]は早朝のランニングをしていた。彼は大学時代、ボクシング部の主将を務めた経験もあり、社会人になってからも体力作りの為にランニングを欠かさないでいた。
異世界漂流後は本社棟から川までを往復するのが日課であった。片道の距離は約2キロメートルで、まず川まで走り一息つくと、再び本社棟を目指す。
今日も同じように走り込み、川に到着するといつもと違う風景が見えた。川の水面に何やら飛び跳ねている。
それは紛れもなく魚であった。今までは気付かなかった。いや違う。時期的に姿を現さなかっただけなのだ。
「魚、魚だ!魚が食える!」
間野はもう一度目を凝らして川を見る。間野は魚に詳しい訳ではないが、それが現代社会の鮎であるとわかった。
急いで間野は本社棟へ走った。いつものランニングのペースではない。魚を見た興奮が間野を全力疾走させていた。
情報技術部の部屋に戻ると、間野は急いで稲木の所へと向かった。
「稲木部長!かっ、川にさ・・魚がっ!」
息を切らせながら間野は所属長である稲木に報告する。この二人は険悪な仲であったが、仁と揉めた件で既に和解し、普通の上司と部下の間柄に進展していた。
稲木はその情報をすぐに役員たちに報告をしに走った。この情報が事実であるか確認する為、慈愛にも羽曽部社長から報告し川へ皆で赴き調査する事となった。
川には慈愛と羽曽部社長。役員5名と発見者の間野、そしてその上司である稲木がいた。川の様子を皆で見つめていると今朝と同様に魚が泳いでいる姿を確認する事が出来た。
慈愛は皆の方へ振り返り説明を始めた。
「あの魚は[アエルフィッシュ]と言う名前の魚じゃ。確かお主らの世界の[鮎]と同じじゃな。この時期にだけ海から川へ来る魚じゃ」
慈愛の言葉に皆は驚きと喜びの表情を浮かべた。彼女が異世界の魚と現代の魚を比較して説明する姿に、彼女が現代社会の知識にも長けていることを感じた。おそらく、これまでの落ち人からも情報を仕入れているのだろうか。しかし、今はそんな疑問よりも、身近に食料となる魚がいることに皆の関心が集まっていた。
しかし、羽曽部社長だけは慎重な面持ちで慈愛へ問いかけた。
「姿かたちは同じでも異世界の魚。慈愛様。あの魚は食べられるのでしょうか?」
慈愛は軽く頷いた。
「ふむ、このデルカニアでもアエルフィッシュを使った料理はあるから、捕まえることができれば食べられるぞ」
捕まえることができれば。
要は釣り上げれば良いのだ。羽曽部社長は役員たちと向かい合い、慎重に考えを述べた。
まずは釣り好きの社員を探すこと。もしかしたら運よく車などに釣り竿を持ち合わせていて、この異世界に車共々釣り竿も転移してきているかもしれない。まずはその確認を行う事とした。
その結果、釣り竿を車のトランクに入れていた従業員が3名見つかり、釣り竿も合計7本があった。この発見は大きな喜びとなった。
釣り竿を持っていた3名の従業員が中心となり、計7名で釣り部隊を編成することとなった。発見した功績として間野と稲木も加わり、残り2名は従業員の中から釣り経験者が選ばれた。
川沿いに並んだ釣り部隊。彼らは初めての異世界の釣りに興奮と不安を抱きながら、釣り竿を構えた。
アエルフィッシュはどのような餌に反応するのかもわからないまま、慎重に準備を進める。釣り糸を垂らし、川の流れを感じながら静かに待つ。
「稲木部長、どうですか?反応はありますか?」
間野が隣で糸を垂らしている稲木に尋ねた。稲木は真剣な表情で釣り糸を見つめながら返答した。
「まだだな。でも、きっと来る。アエルフィッシュはこの時期に川に集まるって慈愛さんが言ってたし、焦らず待とう」
釣りの経験が浅い間野と稲木も、周囲の自然と異世界の美しい風景に心を落ち着かせながら、一心不乱に釣り糸を見つめていた。
間野はどうしても魚を釣りたかった。それは過去に暴動を起こし、迷惑をかけた同僚や、隣の部署である品質管理課の人たちに魚を食べてもらいたかったからだ。間野の釣り竿を持つ手にも自然と力が入る。
「間野君。力みすぎだよ。それじゃ魚が驚いて逃げてしまう。リラックスしていこう」
意外な稲木のフォローに間野も「そうですよね」と軽く頭を下げた。
異世界に漂流前は稲木も部下に対しては高圧的な態度を取る人物で、どちらかと言えば尊敬すらされない嫌われている上司であった。
だが、彼も仁に心動かされ、間野と同様に改心した人物だ。今は人が変わったように周りに気を遣う。
時間が経つにつれ、皆の集中力が高まり、川の静かな流れに溶け込んでいく。
そして、ついに間野の釣り竿に強い引きが感じられた。
「来たぞ!アエルフィッシュだ!」
間野の驚きと興奮した声が響き渡った。隣で釣りをしていた稲木もすぐに網を用意し、間野のフォローに入る。
皆が注目する中、間野は慎重に釣り竿を操作し、魚を逃さないように引き寄せる。川面にアエルフィッシュの銀色の体が現れ、その美しさに皆が息を呑んだ。
稲木はそれをタイミングよく網ですくい上げた。ついに自力で魚をゲットした。そして以外にも一番先に釣り上げたのは経験者ではない間野であった。
「やったぞ!見てくれ、この大きさ!」
ようやく釣り上げた間野は誇らしげにアエルフィッシュを掲げた。
その後も次々と釣り部隊のメンバーがアエルフィッシュを釣り上げ、本日の成果は17匹と少なくとも豊かな収穫を得ることができた。
魚は全員に日をまたいでも行き渡るように、クジ引きで抽選順に配給される事に決まった。
羽曽部食品のサバイバル生活は、新しい試みと団結によって、新たな一歩を踏み出していった。




