第59話 異世界のスーパーマーケット
ゴブリンから子供を救出した仁と真那は、レイクサイドの中心街を歩いていた。ふと、仁がゾルに質問した。
「ボルクというオークのこと、ゾルは知ってた?」
「オークの中でもアヤツはレア種だな。無論チカラもあるが、オークの中でも知性を兼ね備えておるノー」
「レア種なんて言うのもあるのね」
真那が感心したようにゾルの言葉に耳を傾けて頷いた。
「仁と真那も<落ち人>のレア種みたいなもんジャ。落ち人のスキル持ちなんて普通はおらんからノー」
「へー、そんなもんなのか・・・」
雑談しながら歩いていると、次の目的地である店が見えてきた。
店の名は[ウォンドアンド]。異世界のスーパーマーケット風の店舗だ。外観は色鮮やかで、エントランスには大きな看板が掲げられている。そこでは親子連れが楽しそうに談笑しながら出入りしている光景が広がっていた。
中に入ると、店内は一層賑やかで、まるで活気溢れる市場のようだった。鮮やかなランタンが天井から吊り下げられ、魔法の光で店内を明るく照らしている。棚には無数の商品が並び、カラフルな包装紙が目を引く。仁と真那の表情は興味津々に変わり始めた。
現代社会のスーパーと同じように、入口には買い物カゴが整然と並んでいた。二人はそれを手に取り、店内を歩き始める。
そこには見たこともない野菜や果物が二人の目を引いた。見た事もない巨大な果実や、光に包まれているキャベツによく似た野菜など、どれも一度は手に取ってみたくなるようなものばかりだった。
「見て、仁。このキャベツ、光ってるよ!」
真那が興奮気味に仁の腕を掴んで来た。仁も同様に現代社会では見る事のない素材に驚いていた。
魚や肉のコーナーも独特だった。巨大なクリスタルタンクと呼ばれる水槽には新鮮な魚が泳いでいる。その水槽の前には、シーサーペントと記載がされた青く光る切り身や、火竜の尾肉など、見るだけでファンタジー世界を連想させる食材が揃っていた。
「こんな大きな肉、どうやって解体するんだろう?」
仁が不思議そうに並べられている肉を眺めて呟いた。
「多分、専門の職人に頼むんじゃない?」
真那が笑いながら適当に答えた。
さらに進むと、雑貨や生活用品のコーナーが広がっていた。ここには、魔法の力を利用した便利な道具、要は今まで何度か耳にしていた[マジックアイテム]の生活用品が並んでいる。例えば、洗濯物に合わせて自動で伸び縮みするマジックハンガーや、常に一定の温度を保つエンチャントケトルなど、異世界ならではの工夫が詰まっていた。
「このケトルすごいね。お茶がいつでも熱々だよ」
仁が感心しながら手に取る。電気の概念がない異世界では当たり前の設備なのだろうが、やはり仁たちには新鮮に映った。
そしていよいよ目的の香辛料棚を発見し物色を始める。
棚には数多くの瓶や袋に詰められた香辛料が陳列されていた。陳列されている香辛料は元の世界の様に密閉されている訳ではなく、瓶に蓋をしただけの状態や袋の口を紐で縛っただけの状態で陳列されていた。
仁はリュックから依頼を受けていた香辛料リストを取り出した。現代社会で使用する香辛料と同じ、または近しい物を探すと言う帰還とは別のもう一つのミッションでもあった。
最初に目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤色の粉末が詰められた瓶。瓶には[フレイムスパイス]と書かれていた。
仁はその瓶を手に取り、瓶の口に鼻を近づけて香りを嗅いでみた。フレイムスパイスは辛味と甘みが絶妙に調和し、ほのかなスモーキーな香りが広がるという特徴があった。真那も興味津々の表情で仁の横に立ち、仁の持つ瓶に顔を近づけた。
「何か嗅いだことのあるような香りですけど不思議な印象ですね」
「そうだな、これぞ異世界ってやつかな。ゆっくり吟味してこう」
次に二人が目を引いたのは、色とりどりの葉っぱが詰まった袋。[エメラルドリーフ]と書かれている。これは料理に爽やかな風味を与えるハーブと棚に説明文が貼られていた。仁は袋ごしに持ってみるとさわやかな香りが広がった。エメラルドリーフは料理のアクセントになり、見た目にも彩りを添えることができそうだ。
さらに棚を進むと、黄金色の粉末が詰まった瓶が目を引いた。[サンライトスパイス]という名前が書かれていた。これは一般的なスパイスでありながら、料理に深い風味を与えると記載されていた。仁が瓶を手に取ると温かく甘い香りが漂ってくるのを感じた。
棚を回りながら、仁はさまざまな異世界の香辛料を手に取り、真那はそれぞれの特徴をスマートフォンに記録していった。
[クリムゾンペッパー]の辛味とフルーティーな香りは、肉料理やパスタにアクセントを与えるのに最適だ。また、[スターダストシナモン]の甘くスパイシーな香りは、まさに元の世界にあるシナモンと同等の印象であり、デザートやホットドリンクの風味を引き立てることが分かった。[エスメラルダサフラン]という貴重な香辛料を見つけた。その華やかな紫色と独特の香りは、高級料理やお祝いの席で使用されることが多く、価格も他の香辛料に比べて高いことを知った。一粒のエスメラルダサフランが料理に加えられるだけで、その料理の味わいが一変すると記載があった。
さらに、[ストームピクルス]という名前の香辛料も仁と真那の目に留まった。その風味はまさに嵐のようであり、料理にパンチとエネルギーを与える効果があると書かれている。特にシーフード料理やサラダによく合うと記載されていた。
二人は若干興奮しながら一つ一つの香辛料を選びながら、買い物かごに入れていった。
横川課長からもらった香辛料リストに記載されている類似品以外にも、何かと使えそうな香辛料も見つけ次第、買い物かごに入れていった。異世界の香辛料と羽曾部食品の技術で、新たな商品の可能性が広がっていくのを二人は楽しみに感じていた。
帰り道、仁はバッグに詰まった香辛料を見つめながら、一度宿に戻って各々の香辛料を小分けして郵便で送ろうと真那と話していた。今回の買い物で値段が高い香辛料については羽曽部食品が商品を作っていく上で実用的でないと判断し、買うのを見送った。
◇◇◇
時間は16時。ウォーターフロント・ロッジに到着し仁はカバンから小さいチャック袋を取り出し小分けしていく。真那はスマートフォンで記録した香辛料の詳細を仁と相談しながら便せんに書き写していく。部屋の中は料理している訳でもないのに食欲を掻き立てる様々な匂いが入り混じっていた。
「よし終わった。真那、郵便屋に寄りながら夕飯でも食べ行きますか?」
「賛成~」
真那はスマートフォンを取り出し、画面に映る地図の写真を見つめる。2本の指で写真をピンチアウトし、細部まで確認すると、満足げに頷いてから仁の隣に移動した。スマートフォンの画面を仁に見せながら、丁寧に説明を始める。
「郵便屋さんはここで、1本隣の通りに[グラニットキッチン]っていうお料理屋さんがあるので、そこに行ってみます?」
思いのほか真那の顔が近くなり、仁は一瞬ドキッとした。真那の横顔は穏やかで、しなやかな曲線が美しく、ただ見惚れるだけではなく、彼女が持つ知性と誠実さが垣間見えた。彼女は部下でありながら、その優れた部分は尊敬に値するものだった。
「ブブブーッ!!!セクハラ警報ジャ!真那離れるのジャー」
突然ゾルが叫び出した。
「え?」
真那が視線を仁の方向へ移すと、二人の顔が予想以上に近かったことに気づき、一瞬ビックリして仰け反った。しかし、すぐにその表情は笑みに変わり、目を細めて仁を見つめた。
「あ、不意を突いてキスするつもりですね?1回1000ルーンですよ~」
「(あれ、意外に安い!)」
仁は内心で考えながらも、すぐに頭を切り替えた。これはゾルと連携した真那の得意のハニートラップだと理解し、乗ってはいけないと決意する。
「フッ、勘違いもほどほどにしたまえ岡宮主任。さぁ行くよ!」
仁はまじめな口調で言い、立ち上がって準備を進める。実は少し照れ隠し的な意味も含んでいたが、顔に出さないよう努めた。
二人はスマートフォンの地図を頼りにウォーターフロント・ロッジを出て夕陽を眺めながら郵便屋を目指して移動を開始した。
異世界に転移したばかりの時は色々ありすぎて気にしてなかったが、この世界にも太陽と月がある。夜には星も見える。次元の違う世界、地下世界だと慈愛は言うが不思議なことばかりだ。今日買った香辛料も元の世界と似たような名前が付いているのもある。考えれば考えるほど不思議な世界である。二人はそんなことを会話しながら歩を進めていった。
目的の郵便屋に到着し足を踏み入れた。店内には様々な種類の郵便物が行き交っていた。仁は一歩前に出て、受付カウンターらしき場所に近づく。そこには郵便の受付をする親切そうな女性が笑顔で立っていた。
「こんにちは、こちらの荷物を送りたいのですが、手続きの方法を教えていただけますか?」
仁が購入した香辛料と、送ってくれたプテラノドン用のお守りを見せると、郵便屋の女性は優しく微笑みながら答えた。
「もちろんです。お手続きは簡単ですよ。まず、送り主の情報と宛先の情報をお伺いいたします。」
真那は慈愛から貰っていた手元のメモを確認し、送り主として仁と真那の情報を伝え、受け取り先として慈愛の森で郵便が受け取れる正確な住所を伝えた。
女性は手際良くフォームに必要事項を記入し、それを真那に渡した。
「お客様の貴重な荷物を安全にお届けいたします。必要な手数料はこちらでお支払いください。ここからの送付だと30ルーンですね」
仁は財布から30ルーンを取り出して手渡した。
「では、送付の方、よろしくお願いします」
仁と真那は心の中で羽曽部食品の皆が喜ぶ様子を想像しながら、手続きが無事完了したことに安堵していた。香辛料が無事に郵送され、新たな商品の開発と羽曽部食品の挑戦が始まることを願いながら、二人は郵便局を後にした。




