第38話 修行の開始
異世界に漂流して12日目。
仁と真那、そして慈愛の3人はあの本社棟にある大会議室にいた。これからの修行も兼ね、ここを特別な召集が無い限り他の者は立ち入り禁止とし、寝泊まりをすることになったのだ。
慈愛は一番上座に来客用だったソファーを与えられており、夜はいつ寝ているかわからないほど、会社にあった雑誌などを興味深そうに夜通し読んでいた。
仁と真那は、慈愛とちょうど正三角形になる位置に移動式のパーテーションで囲い、一応壁としてプライベート空間を作り寝床としていた。
品質管理課の部屋では、いつものように皆が起床を始めていた。辺りを見回す小田は、少し物足りない感じを受けていた。
「(あの二人がいないだけで、こんなに雰囲気が変わるものなのね・・・)」
仁と真那も品質管理課の部屋で寝泊まりする事も可能であったが、二人を修行に集中させたいという慈愛の提案に素直に従い、寝床を大会議室に移したのだ。出来る限り短い期間で冒険に必要なチカラと知識を身に付けたいと決心したからだ。
持ち込まれた朝食を終えると、仁と真那はそれぞれの修行に取り掛かった。真那は慈愛から渡された魔法書を手に、用意した机と椅子に座り、その内容を暗記していた。一方の仁は木刀を手に取り、慈愛との剣の稽古に励んでいた。
大会議室では、木刀を持つ慈愛と仁が互いに打ち合い、その激しい音が響き渡っていた。
「なかなか良くなったが、わしは剣士ではない。この程度ではまだまだじゃぞ」
「はぁはぁ、いい年したおっさんには急激な運動は厳しいんだよ・・・」
仁は息を切らせながら答えた。若い頃は運動神経も抜群だったが、今やアラフォー。さすがに体力の衰えを感じざるを得なかった。
午前中の稽古が終了し食事が運ばれてきた。食事は一緒に転移してきた羽曽部食品の商品だ。与えられる量は限られ、少しの白米とデミグラスソースの掛かったハンバーグであった。
「そいや慈愛・・・さん。米はこの世界にもあるのか?」
ふと仁が問いただした。米も会社に貯蓄してあった分はもう殆んど無いと聞いていた。もしあるならば仕入れたいと考えていたからだ。
「ふむ。あるにはあるが主食はパンが多いかもしれん。手に入れる事は可能じゃが、一気に大量となると、それなりの交渉が必要じゃな」
慈愛が交渉と言う言葉を放った時に二人の顔を見た。これは今後の冒険の中で二人にどうにかして来いと言う意味の視線であったのであろう。
「ところでわしに"さん"付けはいらん。わしも仁・真那と呼ぶ」
そう慈愛は付け足した。他の従業員とは違い、スキル持ちの仁と真那にも一目を置いた発言であったのかは不明だが、昼夜共にしている3人でいつまでも他人行儀なのも良くないと感じていたのかもしれない。
食事を始めると続いて真那が慈愛に質問を始めた。
「魔法を発動する時って、この長い文を全部を詠唱するんですか?」
「いや、一度全部頭に入ったら後は忘れずにそれら一文を一瞬で思い出せるような言葉を放つだけじゃ。はっきりいってそこはセンスの問題じゃ。そして指先や掌などに魔法力を集中させれば発動するのじゃ」
真那は少し考えた後、立ち上がり深呼吸をした。右腕を伸ばし人差し指を立て、ちょうど自分の目の高さまで持ってきて叫ぶ。
「ファイヤー!」
すると指先で一瞬だがプスンッと炎が出た。すぐに消えてしまったが間違いなく炎は出現した。
「出た!火!一瞬でしたけど出ましたよ!」
「おお」と慈愛と仁はハモるように声を出した。あのびっしり書いてあった文字を丸暗記したことにも驚いたが、慈愛の少しの助言で一発で成功させた事にも驚きであった。なかなかのセンスの持ち主だと慈愛は感心していた。
「魔法書で現れた2ページは火と水を出現させる初歩的な魔法じゃ。しばらく真那は反復練習じゃ。そうすれば体内の魔法力も上がってくる。火と水の魔法は冒険には大きく役立つぞ。寒ければ火を出し温まることもできる、夜には明かりにもなる。喉が渇けば水を出して飲むこともできるのじゃ」
真那は自身の魔法が冒険に大きく役立つことに更にやる気を出していた。
仁は話の流れで慈愛のスキルが何だかを聞いた。教えてくれなそうだなと思っていたが慈愛はあっさりと自分のスキルは魔法だと答えた。
ただし属性は光だそうだ。スキルが高いと光属性だけでなく他の属性の魔法も全てではないが使えるという。どちらかと言えば光属性は攻撃的な呪文よりも回復や防御といったことに長けているのだそうだ。確かに今この辺一帯の会社の敷地を覆っている結界も防御の一種だなと仁と真那は納得した。
真那の属性についても触れたが、今の所はまだわからないそうだ。もう少し魔法を扱えるようになれば、得意・不得意が現れてくると慈愛は話した。
食事を済ませ、窓際で休憩していると、とりあえず夜は風呂に入りたいと仁は考えていた。
水は皆で作った水路で何とかなる。あとは沸かす手段だが、電気はなるべく節約したい。そうなるとドラム缶風呂が一番手っ取り早い。工場には廃油用のドラム缶があるが未使用品の在庫も10缶ほどあった。しかし温度調整が難しく、入るには底が熱すぎるし縁で火傷をしてしまうかもしれない。他の従業員も風呂の事は考えていたが、人数も多い為、なかなか良い案が思い浮かばない。
取り急ぎの対策としてドラム缶で沸かしたお湯を順番に与え体を拭くだけとなった。転移後はバケツ一杯の冷たい水で少量の洗剤を使って汚れを落とすだけであったが、使える水の量も増え、お湯となっただけでもだいぶ進歩していた。
場所は本社棟の前にあるお偉いさん専用の車庫が使用された。シャッターも締まるため、女性にも安心して使用ができるし、お湯を沸かす場所も隣接できる。
そして、お湯を沸かすための薪となる木々の枝を、工場のパートさんを中心とした女性従業員が森へ集めに行く。無論、慈愛のオーロラフォートレスと呼ばれる魔法の結界の範囲内での活動となる。
しかし、便利な現代社会から来た従業員にとって、風呂に浸かれない日々に不満をちらほら言う者も出てきた。工場の設備課はなんとかして風呂を作れないものかと思案していた。




