第32話 異界農務官
仁と小田が昔話に花を咲かせていると、忍者に任命された原田と真那が戻って来た。
「おー!ご苦労様」
仁と小田は手を振り二人を出迎えた。
「あー、須沖課長ズルい!何も準備してないじゃないですか~」
原田が不満そうに声を上げた。
「俺たちは二人を出迎える準備をしてたんだ。お昼の準備はこれから皆でやるぞ!」
仁は笑みを浮かべながら屁理屈を言った後、他のメンバーにも聞こえるように号令を掛けた。
「ではでは!私は開発課から貰って来たオリーブオイルを使って[菜心の焚き火グリル]を作りますね!」
真那が元気にオリーブオイルを片手に見せ、張り切っていた。
作り方はいたってシンプルだ。
まず、菜心を適当な長さに切る。次に、オリーブオイルを菜心に軽く塗り、塩とコショウで味付けをする。その後、焚き火の上にアルミホイルを敷き、その上で菜心をグリルしていく。菜心に少し焦げ目がつき、柔らかくなったら完成だ。
「これが本当に美味しいんですよ!新鮮な菜心を使うと、風味が全然違いますから」
真那がそう言いながら、菜心を焚き火にかけた。周囲には焚き火の煙が立ち込め、菜心の香ばしい香りが漂い始める。
他にも羽曽部食品の自社製品であるソーセージやベーコンも、焚き火を使ってバーベキューのように焼いていく。肉汁が滴り落ち、ジュージューと音を立てている。
「いい匂いですね。これ、絶対に美味しいですよ」
「確かに、こんなに新鮮な食材で作ると格別だな」
みんなで手分けして料理を進めると、次第に昼食が揃ってきた。菜心の焚き火グリルが完成し、ソーセージやベーコンも美味しそうに焼き上がった。
「よし!少し早いがお昼にしよう!」
仁が声をかけ、皆が焚き火を囲んで座った。皿に盛られた料理を手に取り、一口食べてみる。
「うまい!菜心の香ばしさとオリーブオイルの風味が絶妙に合っている」
「本当ですね。この焼きベーコンも最高です」
その日のランチは、水路を流れるせせらぎを聞きながら皆でわいわいと楽しみながら食べた。焚き火の温かさと、美味しい料理に包まれて、心も体も満たされるひとときであった。
◇◇◇
「お~い須沖~」
昼食を終えると、遠くから土屋工場長の声が聞こえた。土屋は仁が振り向き声が届くのを確認するとそこに立ち止まり、手招きをしている。仁は立ち上がり土屋工場長の元へと向かった。
どうやら仁にだけ話して置きたい事があるようだった。
仁と土屋は皆と距離を取る為に川岸に向かった。
「この間の畑の案、社長も前向きに進めようと言ってくれたみたいだ」
土屋は仁と同じく生産本部長の堀越が直属の上司となる。堀越を通じて提案してくれていたのだ。
「お、そうなんですね!それじゃいよいよ農作業の準備しないとですね」
「ああ、今回の水路作業で使ったシャベルやクワもそのまま借りてて良いらしいし、慈愛様も力を貸してくれる。取り合えず敷地周辺の土地と農作物の種を準備してくれるそうだ」
土屋の話を聞き、ますます自給自足のサバイバル生活に拍車を駆けてきたようだと仁は感じていた。しかしこれは喜ばしい事だ。水と電気も確保され、その後の仕事が心配であったからだ。皆でグータラしてる訳にはいかない。何かしらの目標に向かって行かないと、組織として機能しなくなる恐れがある。
「そこでだ。異世界で農業を始める為にもリーダーを決めようと話になってな」
土屋が真剣な眼差しで仁を見た。これが本題であるのだろう。
「堀越本部長から、品質管理課の小田に[異界農務官]をやって欲しいそうだ」
「ウチの小田が異界農務官!?また大層な名前ですね」
そう答えたあと、仁はしばし考えた。きっと小田が任命されたのは提案者と言う事もあるが、例の襲われた事件を堀越本部長が気にしているからであろう。少しでも気を紛らわす為に、リーダーとして責任ある仕事に就かせたいと言う思惑だと仁は感じ取った。
この事は土屋も知らされていない。だから仁に話を持ち掛けて来たのだ。
「どう思う?小田はいけそうか?」
「大丈夫ですよ!俺もフォローしますし、彼女にはリーダーとしての素質もありますから!」
これまで、仁の片腕として品質管理課の女性陣をまとめてきた。仁の言葉に嘘偽りはない。仁にとっては土屋と同様に小田も信頼できる仲間である。
「そうか。それなら安心だ。今後の事に関して明日、全体朝礼を開くそうだ」
「そうですか。もしかしてスキル持ちの発表も?」
「いや、明日の朝礼には慈愛様は出席しない。それは後日にするそうだ」
まず羽曽部食品の従業員のみで意向を固めておこうと言う羽曽部社長の考えであった。そしていよいよスキル持ちが誰だか発表される。
これまでの水路作業の中、慈愛は進捗状況を回りながら一人ひとり従業員を調査していた。<落ち人>の中にスキルを持ち合わせている可能性はゼロに近いと言う話しであったが、果たして298名の中にスキル持ちはいるのだろうか。
「工場の若い奴らなんか、自分がスキル持ちで旅立ちたいとか言う奴が多いよ」
「そうですか。ウチの原田もそんな事を言っていましたよ。もうゲームや空想の世界じゃないって実感は湧いているだろうに・・・。俺たちおっさんには若者の思考はわかりかねますね」
仁は笑いながら話し、土屋もつられて笑っていた。
「とりあえず異界農務官の件、小田に正式に伝えておきます」
土屋はよろしく頼むと手を上げて工場の方角へ歩き出した。仁は土屋が去った後、今度は小田の名前を呼び、手招きして呼び出した。
「みんな見てる前で何ですの?私だけ呼び出したりして皆に冷やかされましたわ」
小田はワザと腰をくねらせ、モジモジと恥じらいのある仕草を見せた。
「嘘付け!そんな事より小田さん。社長から直々に命令だ。今後、羽曽部食品は農作業を進める事になった。そこで小田さんに異界農務官をやって欲しいそうだ」
「ええ~、私がですか?いや・・・、確かに適任かも・・・」
小田が自分で適任と言った事に対し、仁は首を傾げた。それに対し、小田はその理由を仁に説明し始めた。
「実家が農家で色々な野菜を作ってるのよ。休みの時なんか主人と手伝いに行ったりして、ある程度の知識は持っているわ」
意外にも農家出身で経験者であったとは、確かに適任ではある。そう言えば農作業を提案した時も、短い期間で育つ作物についてスラスラと述べていた。
「なら問題ないな。品質管理課も全面的にバックアップするからな」
仁の言葉に小田の目は一層輝きを増していた。特別な職に就き、新しい目標に向かって組織を動かす事に気持ちが高ぶり始めた瞬間でもあった。




