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第2話 強襲!プテラノドン

 窓から見えるいつもの見慣れた風景とは違う景色。


 この異変に他の従業員も気付き始め、再びパニック状態になり始める。しかし、突然の非現実的な光景を目の当たりにした仁も、周りの騒ぎ始めた状況に意識が行くわけでもなく、呆然と窓際で外を眺めながら固まっていた。


「(過去に飛んだ?いや、それなら富士山もあるはずだ。夢でも見ているのか)」


 そんなことを仁が棒立ちして考えていると一人の若い男性従業員が叫んだ。


「おお。異世界だ!異世界に転生したんだ!」



 それを聞いた仁は頭の中を整理してみる。

 異世界・・・なるほど、そう言われると確かにこの景色も納得できるが、転生って一度死んでしまって生まれ変わることだろ。それは困る。家には年老いた母親がいる。

 仁には姉がいたがすでに事故で他界しており、父親も早くに亡くなっていた。その為、バツイチとなった仁が同居し、一人で母親の面倒を見ていた。



「(どちらかと言えば異世界転生と言うよりも、会社の敷地ごと異世界に転移した感じか・・・)」

 そんなことを考えていたが仁は「ハッ」とし頭を左右に振った。いや、今第一に考える事はそうじゃないと他の従業員に意識を向ける。


「皆さん、落ち着いてください。まずは被害の状況を確認しましょう!怪我をされた方はいませんか?」


 本社棟にいる品質管理課の部下の事も気になっていたが、今は目先の事を順番に片づけていくのが先決と考えた。仁の掛け声に賛同し、一部の従業員たちはうずくまっている人を介抱しながらフロアーに隣接している休憩室へと誘導していく。



 先ほど異世界と言葉をあげた若い男性従業員を含む3名の社員は、そんなことに目もくれず、外の景色にくぎ付けになり興奮していた。何やらワイワイと騒いでいる。

 すると何を思ったか、バッと扉を開けて外に出ようとしていた。それを見た仁は叫ぶ。


「おいっ!勝手に出るな!何があるかわからないぞ!」


 その声に一度は振り向いた若い従業員たちだが、また振り返り仁の静止を聞かずに外へと足を踏み入れる。


「魔法とかあるのかな!」

「俺たちなんのスキルを授かったのかな!」

「まずは異世界を探索しないとな」


 彼らは躊躇なく外に出た。扉の外はまだ空調の室外機とかが置いてある工場建屋の一角になっており、そこを通り抜けると1階まで下りる外階段がある。


「あれ?見て!異世界の鳥だ!」


 外に出た一人が指をさして叫んだ。厚い雲の中からその鳥は5匹が連なって飛んで来た。仁の目にも窓ガラス越しに確認できた。鳥はこちらに向かってきているようだが何かがおかしい。鳥が近づくにつれ "普通の鳥とは大きさが違う" ことに気付く。


 その鳥は想像以上の大きさであった。羽を広げた感じでは5メートルはあるだろうか。毛のない茶色い体に大きなクチバシを持っている。中生代白亜紀後期に生息していた翼竜の一種、プテラノドンに酷似している。いやそのままだろうか。生きている姿を見たことはないが実際に存在していたらこんな姿だろう。


 その内の1匹が群れから離れた。急旋回し外に出た3名に向かっていく。慌てふためいた彼らは、先ほどの意気揚々とした姿とは裏腹に、青ざめた顔で建物内に逃げ込んだ。


 大きな鳥、プテラノドン(仮)は逃げた3名を追いかけるようにして頭から玄関に突っ込んだ。先ほどの地震ほどではないが、窓ガラスの割れた大きな音が振動と共に、周りの壁や窓ガラスを破壊し、大きな翼ごと建物内部に滑り込むように侵入して来た。まるでデカいミサイルが撃ち込まれたようだった。


「はっ、早く部屋の中に入れ!」

 仁はこの突然起きた異様な出来事に驚いたが、3名に向けて必死に声を絞り出した。


 幸い突入してきたプテラノドン(仮)は、天井があるせいで身動きが取りずらいせいか、羽をバタつかせてギャーギャーと鳴いている。元々フロアーにいた従業員は既に休憩室へ誘導をおこなっていた為、フロアーにはほとんど人は残ってなかった。


 仁を含め、3名の若い男性従業員も事務所の中に逃げ込み扉を閉める。プテラノドン(仮)は辺りを見渡し、肩で歩くように這いつくばった感じでズルズルとフロアーを徘徊し始めた。事務所や休憩室に逃げ込んだ人々は、身を震わせながら物音を立てずに息を殺していた。


 仁は事務所の扉に背を向けるようにして立ち、ガラス越しにプテラノドン(仮)を凝視していた。

 巨大地震の発生、見たことのない風景、異様な生物、確かにここは今まで住んでいた世界とは異なるようだ。汗は額から溢れ出し心臓はバクバクいっている。息を殺して静かに呼吸をするが、とても息苦しく感じた。


 突然プテラノドン(仮)の動きが止まる。そして一点を振り返り凝視しているようであった。


 それに気づいた仁は視線の先に何があるのか、体勢を傾けてプテラノドン(仮)の見つめる視線の先を追う。


「(真那!?)」


 そこには真那がいた。最初に二人が避難していた場所だった。仁の今いる事務所の扉から見てプテラノドン(仮)の右後方に真那は地震の後も動けずその場にいた。てっきり一緒に救護活動をしていると仁は思い込んでいたのだ。


 ―――しまった!自分の責任だ―――


 真那はまじめで責任感も強い、しかしまだ若手で幼さも残る女性だ。なぜ、自分と同じことが普通にできると思っていたのか。

 仁は一気に後悔をしたがすぐ行動に移る。走って事務所の冷蔵庫を開けて800g程のスライスされていないハムの塊を手に取った。

 工場の事務所にある冷蔵庫には開発課がテスト製造したサンプル品が保管されている場合がある。ちょこちょこ工場に顔を出していた仁はもちろんそれを知っていた。


 取り出したハムを片手に事務所の扉を勢いよくバンと開けて大きな声で叫ぶ。


「おい!!!」


 叫ぶと同時にハムを投げつける。プテラノドン(仮)は真那から視線を外しこちらに振り返った。投げつけたハムはうまいことプテラノドン(仮)の口の中に放り込まれ、クチバシを上下に動かしてゴクンッと飲み込んだ。プテラノドン(仮)は今まで真那を見ていたが完全に意識は仁へと移った。


「よし!こっちだ!」


 仁は真那の居る位置とは反対方向に走り出す。走り出した先は非常階段が外の壁沿いにある窓だった。その姿を見たプテラノドン(仮)は仁を追いかけるように、そのまま這いつくばった格好で羽を大きくバタつかせて仁を勢いよく追いかけ始めた。


 思った通りであった。動くものに強く反応する。先ほどプテラノドン(仮)は真那を凝視していたが、真那がジッと動かなかった為に、標的かどうか見定めていたのだろう。またハムの塊を与えた事により、完全にこちらへ注意を向けさせた。

 仁にとっては命がけの行為であった。このまま食われるわけには行かない。だからと言って"目の前で知っている人間が死ぬ事"は仁にとって、もっとも嫌な出来事でもあり、つらい思い出でもあった。


 走りながら仁は回避方法を必死で考えた。

 勢いよく窓ガラスをブチ破り、そのまま窓の向こうに隣接している非常階段に身を屈ませる。

 そして、プテラノドン(仮)を追いかけてきた勢いのまま外に飛び立たせる。

 一度建物内部に突っ込んで自由に動きが取れない状況を経験しているから、また入って来ようとはしないだろう。


 そう考えていたが、非常階段は幅が1メートル程でそんなに広くなかった。このまま勢いよく飛び出せば、非常階段に着地が出来ずにそのまま3階から落下してしまうかもしれない。


 しかし、勢いを殺せば窓ガラスをブチ破れないかもしれない、下手したら追いつかれてしまう。


 だから勢いは殺せない・・・ このまま突っ込むしかない!


 外に出た瞬間に窓枠を掴み、勢いを殺して非常階段に着地する!距離としては残り15メートル程。

 仁は走りながらこれらを一瞬で頭の中で思い描いていた。



 真那は仁が命がけで助けてくれたことを、この非日常的な事態の中でも十分に理解していた。真那は膝をつきながら立ち上がろうとし、自分を守るために走る仁の後姿を見つめていた。真那だけではなかった。事務所の窓ガラス越しに他の従業員も祈るように、そして、怯えながら息を呑んで見守っていた。


 残り1.5メートル程で仁は腕をクロスして勢いよくジャンプし、両膝を曲げて窓ガラスに突っ込む。窓ガラスは予想通り勢いよく割れて仁の体が外に飛び出した。


 このタイミングで窓枠を掴む・・・筈だった。


 しかし、既に手を伸ばしても窓枠には届かない距離まで体は飛び出していたであった。


 走って来た方向に振り向いた状態で伸ばした手を見つめ、宙に浮いている状態がスローモーションのように感じられた時間の中で、仁は「(やっちまったな)」と苦笑いした。


 そして、飛び出した窓から仁の姿はストンッと落ちて見えなくなった。


 プテラノドン(仮)は仁の思惑通り、残った窓ガラスを勢いよく突き破り、外に飛び出して大空へ羽ばたいていく。その後、戻ってくる様子もなかった。



 3階のフロアーに一瞬、静けさが戻る。


 誰かが「助かった・・・」と呟いた。


 しかし誰も廊下に出ることはなかった。廊下にいた真那だけはプテラノドン(仮)が飛び出した窓にヨロヨロと、それでも少しでも早く辿り着けるように泣きながら近づいた。


「す、須沖・・・課・・・じ・・仁ーーーっ!!!」


 真那が叫ぶ。まともに呼吸も出来ておらず顔も涙でクシャクシャになっていた。あの勢いのまま飛び出した仁。誰もが身を犠牲にして守ってくれたのだろうと思っていた。


 真那は窓に近づきながら何度も仁と下の名前を呼ぶ。しかし周りの人間には、それを気にするほどの余裕はなかった。



 すると割れた窓の向こうからヒョコッと手が見えて窓枠を掴む。

 次にもう一つ手が見えて同様に窓枠を掴み、仁が上半身を乗り出した。



「呼んだ?真那・・・さん」



 仁の体がようやく窓枠を越えて建物の中に着地した。真那は仁に勢いよく抱きついて腰に手を回した。そのまま泣き続けている。


「落ちた・・・かと思った・・・」


「ああ・・・俺もダメかと思ったよ、そしたらこれ」


 仁は着ているジャンバーの一部を手に取って見せる。Yシャツの上に普段着ている黒いジャンバーには〈Hasobe Food Company〉の金文字が背中にデザインされていた。羽曽部食品の従業員用のジャンバーだ。その腰辺りが20センチほど縦に破れている。


「ここが窓枠に残ったガラスに引っかかったおかげで失速して。それで運よく非常階段に落下したよ」


 他の従業員も少しずつ廊下に出てきて歓喜する。しかし本当の危機はまだ去っていない。仁は真那の頭をポンポンと2回叩いてゆっくりと両手で肩を掴んで引き離し、大きく息を吸い込んで皆の方へ振り向いた。


「まずはここと!もう一か所の侵入された玄関をすぐに塞ごう!もちろん外に出ることは禁止だ!」


 先ほど外に出た3人は仁の言葉に大きく頷いていた。


◇◇◇


 工場の1階と2階からも3階に従業員が集まってきた。現場内は突如発生した地震で電気も止まってしまい暗闇状態であった。

 仁は現場の責任者や工場長を集めて事情を説明した。と言っても、仁には何の事情も分かってはいないが。


 まず最優先することは、破壊された箇所の修理と現在の従業員数。そして本社棟と物流センターとの連絡手段であった。


 携帯電話などの通信機器はもちろん使えず、電気も水も止まっている。しかし、幸いにもこちらのプテラノドン(仮)侵入事件は、本社棟や物流センターから遠目で確認されていたようで、誰も外に出るようなことはなかった。



 工場の資材庫には、補修に使えそうなベニヤ板が置かれていた。何かの工事で簡易的に使用した残りの資材であろうか。仁は他の従業員と共に破壊された場所にベニヤ板を立てかけていた。次に机などを積み上げ補強するよう指示を出した。


 封鎖作業をしていると突然ベニヤ板が「バリッ!」と蹴破られた!こちら側ではなく外から、しかも人間の足であった。


「なんじゃ、このモロい壁は」


 外から若い女性の声が聞こえた?

 いやいや、そもそもここは3階だぞ。

 仁は皆の先頭に立ち目を丸くしてその光景を不思議そうに見ていた。すると積み上げていた机がベニヤ板と共に内部に崩れるようにして倒れた。



 そこに見えたのは、十数匹のプテラノドン(仮)であった。たまらずその光景に従業員たちは悲鳴をあげた。

 そして、それを率いるかのように先頭のプテラノドン(仮)に一人の美しい女性が、先ほど蹴りだした足を上げたまま立ち乗りしていた。


 女性はあきらかに現代的なファッションでなく、どこか原始的な古代ギリシャの女神アテナやアマゾネス族の戦士をモチーフにしているような柔らかな素材の衣服と、部分的な鉄のプロテクター、腰に巻く豪華なベルト、手や首には派手なアクセサリーを身に着けた風貌であった。黒髪でボーイッシュなショートカットをしており、身長も高くモデルの様なスタイルで、活発的な印象の20代半ばの年齢に見える。


 その女性は上げていた足をゆっくり降ろしてプテラノドン(仮)の背中に仁王立ちし、何やら難しそうな顔をしてこちらを見つめていた。


「はぁ・・・こんなに大勢の<落ち人>は初めてじゃな」


 女性はやれやれと言った口調で頭を抱えていた。

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