4日目(11)
学校を出ると雫は再び静かになってしまい、僕と彼女は言葉を交わす事も出来ずに、気まずい空気のまま家へと足を進めていた。
僕はそんな空気を変えるべく、唐突に雫に会話を振る。
「雫の両親ってどんな人なんだ?」
僕はそれが未来の自分なのだと自覚ながら、無神経な質問なのかもしれないと理解して尚、興味本位でそう質問をする。
「うーん。それってどういうこと?」
だが雫は僕の質問に嫌そうな態度をする事も無く、悩まし気な声を出して僕の顔を見上げる。
「そのままの意味だよ。印象と言うか」
僕の雫に合わせる様にいつも通りを装ってそう言うが、彼女は僕の曖昧な説明に納得がいっていない様で、僕の顔をジッと見つめてくるが、直ぐに僕の顔から眼を逸らして話を始めてくれる。
「すごい人だよ」
僕から逸らした瞳でどこか遠くを見つめて話す雫から出た言葉は、尊敬の言葉だった。
「お母さんは、忙しい筈なのにいつもご飯を作ってくれたり、私の事もよく見てくれてるんだ」
「それは、かっこいいな」
僕から出た同意の言葉に雫は嬉しそうな顔をして頷くが、自分の表情に気が付いたのか、彼女は速足で僕の前を歩き始めてその表情を隠してしまう。
「お父さんは……」
雫はそれでも話を続けようとしてくれるが、そこまで言うと、早くなった足を止めて大きく息を吸ってから振り返り、僕の顔をしっかりと見つめて言葉を続ける。
「お父さんも、すごくかっこいい人だよ」
抽象的なその言葉はただ真っ直ぐで、尊敬しているという彼女の気持ちが直に伝わってくる。
だからこそ、その言葉に、僕の心の奥でずっと溜まっていた雫への劣等感が込み上げてきて、彼女が尊敬をするような人間に、僕が成るというのが、上手く想像できないでいた。
「そんなすごい人間じゃないよ……僕は」
僕が吐き出す様に小さな声で呟いたその言葉は雫にも聞こえてしまった様で、先程までの嬉しそうな表情からは想像が出来ない程辛そうな顔になって、彼女の周りの空気がスッと冷えていくのを感じる。
無意識のうちに溢れ出た自分の発言に気が付いて、僕は咄嗟に右手で口を塞いで雫の顔を見る。
するとそこには、いつにもまして小さく、それでも僕に向かって確かな怒りの視線の送ってくる雫の姿があった。
「どうして。どうして、翔君がそれを言うの!」
怒りに身を任せる様に体を小刻みに震わせて、今にも泣きだしそうな顔で声を荒げる雫の姿に、また僕は何も言えないで、僕の言葉の代わりに強く吹いた風が大きな音を立てて、言葉の無い僕を責め立ててくる。
「……翔君のバカ!」
雫は僕の顔をしっかりと見て怒鳴ると、潤んだ目をしたまま勢いよく僕に背中を向けて、そのままどこかに向かって走って行ってしまう。
僕は雫を止めようと手を伸ばすが、走り去る彼女の背中にかける言葉が見つからなくて、ただ呼び止める事すら出来なかった。
雫の後ろ姿が見えなくなっても、僕の目には雫の泣きそうな瞳が鮮明に焼き付いて離れなかった。
「……どうしろってんだよ」
どんなに考えても答えを出せないでいる僕は、空を切った手を勢いよく振り下ろすと、力ない足取りで家に向かって歩き始める。
僕達がどれだけ長い間一緒に居たところで、時間にしてしまうとたったの四日だという事を強く実感させられる。何より、その程度の時間で雫の事を分かったつもりになっていた自分が、馬鹿馬鹿しくなる。
僕の頭に過る雫との思い出は、そのどれもが眩しくて、雫のあんな顔すら知らなかった自分に嫌気がさす。
「何が親だよ」
僕は目に溜まった水を零さないように、歪んだ空を見上げながらゆっくりと足を進めていった。




