2日目(9)
「ふう。ただいま」
「いやー。楽しかったね」
僕と雫は夕焼けの中を歩いて、やっとの思いで誰も居ない家の中へとバタバタと入っていく。
僕は疲れを隠す事もせず、ソファにもたれ掛かる様にして勢いよく座り込む。
雫はそんな僕を横目に、まっすぐ僕の部屋へと入っていく。
久しぶりの外出な事もあってか、僕は雫にかまう余裕も無く休憩を始める。
「翔君。今日はありがとうね」
「おう」
部屋のドアを開けているのか、雫の声がリビングまで聞こえてきて、僕はその声に適当な返事を返す。
だがその怠惰な自分の姿が、雫と居るという事に気を使っていない証明された様で、無性に体がこそばゆくなってしまう。
「途中から振り回しちゃったけど、翔君も楽しかった?」
「おう、楽しかったぞ」
「なら良かった」
その言葉を最後に少しの沈黙があり、雫と話をする為に耳を研ぎ澄ましていたせいか、僕の耳にはスルスルと何かが擦れていく様な音が入ってくる。
「こんなにかわいい服も買ってもらっちゃったしね」
その音の正体を現すかの様にして聞こえてきた雫の言葉に、今の音が衣擦れ音だと察してしまい、僕の顔はみるみるうちに赤くなってしまう。
「そ、そうか。気に入ってくれたなら良かった」
僕はその音が聞こえている事を悟られない様に、淡々と言葉を送りはするが、その片手間で上がった心拍数を落ち着かせるべく、わざと音を立てて深呼吸を繰り返す。
そんな事をしていると、こちらに向かってくる足音が直ぐ近くから聞こえてきて、その方向に視線を向けると、雫が当前の様に僕のパーカーを着てリビングに戻ってきていた。
「翔君。何してるの?」
「いや、何でもないぞ?」
不思議そうな顔をして聞いてきた雫に。僕は何事も無かった様な顔で返事をしてソファに座り直す。
「そっか。あ、海ちゃんから連絡来てる」
雫は本当に何も気にしていない様で、僕の横に座りスマホを弄り始める。
「昨日はあんなに気まずそうにしてたのに、連絡先まで交換する仲になってたんだな」
「うん。あっ、海ちゃんの連絡先知りたいなら、ちゃんと自分で聞いてね」
帰ってきて直ぐにスマホに手を伸ばすという、若者代表の様な行動をしているわりに、雫の価値観は思ったよりしっかりとしていた様で、僕の浅はかな考えなど、先読みをして潰してしまう。
僕がそんなことに感心していると、雫は連絡を返し終えたのか、スマホを机の上に置いて体ごとこちらに向き直す。
「翔君、今日は本当にありがとうね」
「お、おう」
雫は行儀よく背筋を伸ばして、真剣な顔で僕の目を見てお礼を言ってくる。
雫のその切実な表情に僕がのけぞりながらも返事をすると、雫は姿勢をもとに戻して下を向くと、後ろめたい事がある様に小さな声で、それでいて、しっかりと僕に聞こえる声で話を始める。
「こんなにしてもらったんなら、ちゃんと……おじいちゃんに話した方が良いと思うんだよね」
雫の言葉聞いた途端、僕の体温がスーっと冷えていくのがわかる。
僕が返事をする事無く無言を貫き通していると、雫はそんな事で逃がしてはくれない様で、彼女もまた無言で僕の瞳をジっと見つめてくる。
「……娘がタイムスリップしてきたとでも言うのか? あの人がそんな事、信じる訳無いじゃないか」
僕は雫のその態度に苛立ちを覚えてしまい、つい、辛らつな言葉を荒げた声で返してしまう。
言うつもりの無かったその言葉に、僕は後から気が付いて、咄嗟に雫の顔色を疑う。
それでも雫は、必死に涙を目に溜めながらも僕から目を背ける事なく、しっかりと目を見つめてくる。
その彼女の戦う様な姿に、僕の目はどうしようもなく熱くなってしまう。
「……分かったよ。落ち着いたら、連絡しようか」
「……うん」
雫は僕の言葉に安堵したのか、口を閉じ目に力を入れて溜め込んでいた涙を、静かに零してくれる。
その涙は、雫が僕の事を決して他人事と思っていないと証明している様で、僕は今まで彼女を少しでも怪しんでいた事が馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。
「お前が泣くのかよ」
僕の肩に寄り添ってヒクヒクと泣く雫の頭に手を当てて言うと、彼女はバッと僕の顔を見て不服そうな顔を向けてくる。
「翔君も……人のこと言えないんだよ」
雫のその言葉に、僕は初めて自分が涙を流している事に気が付く。
「そうだな。僕も人のこと何も言えないみたいだ」
僕はそう呟くと、照れ隠しだとばれない様に、雫の頭をかき乱す様に乱暴に右手で撫でまわす。
「痛いよ。翔君」
「うるさい」
そんな言葉を使う僕達は、しっかりと笑顔になれている事を確認すると、しばらくの間、無言になってただ横に寄り添っていた。




