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September  作者: 星空
19/19

〈 16の春 Last scene 〉幸福


バッシュを買いに行くのに、日曜日の外出許可をもらって航と出かけた。品揃えがいいのは、実家の最寄り駅にあるショッピングモールだった。

航も見たいものがあると言うので、待ち合わせの時間を決めて別行動をとっていた時だった。モールの入り口で航を待ってると声をかけられた。

「あの、すみません」

振り向くと小学生、と言っても高学年くらいの男の子が立っていた。

「…この写真の人、ですよね?」

首から一眼レフのデジタルカメラをぶら下げて、そのカメラをこっちに差し出している。その液晶モニターには…俺が映っていた。

「えっ、ちょっ…なに…」

俺はびっくりしすぎて言葉が出てこなかった。


─あの時の…


俺の慌てぶりを見て、男の子は不安そうな顔になった。

「す、すみません。思わず撮っちゃって…」

たぶん星を見に行った帰り、電車の中で航に寄りかかって寝ている時のものだ。

「…あー、でもこれ、寝顔じゃん…」

急に恥ずかしくなって、俺は顔を伏せてその場にうずくまった。耳まで赤くなってるのがわかった。

男の子はいよいよ焦り出した。

「あの、悪気はなかったんですけど、まだ誰にも見せてはなくて…」


─これが大人だったら、下手したら犯罪?だよな…


「見せるって何だよ。ネットにでも上げんの?」

「いえ、そうじゃ、なくて…」

俺が顔を上げると、男の子は(おび)えていた。俺はひとつため息をつくとなるべく穏やかに聞いた。

「…おまえ、名前は」

「…安東、慎太郎です…6年生」

「じゃあ、慎太郎。この写真どうするつもりだったんだ」

俺が真顔で聞くと、慎太郎はうつむいてしまった。


「怒んないから、言ってみな」

「…コンテストに、応募しようかなって思って…」

「応募すんの?」俺はあきれた声を出した。

「で、でも、知らない人の写真を勝手に出したらダメって書いてあって。だからこの沿線で待ってたら会えるかなって思って…」


─待つって、どこの誰かも知らない俺を?


「ずっと探してたってこと?いつ会えるかもわかんないのに?」

「…お兄さん、バスケやってましたよね。僕のお兄ちゃんもバスケ部で、試合で見た人だなってわかりました。それにすごく、素敵に、撮れたから。なんかもったいなくて」

「俺のこと、知ってるの?」

「永山二中の5番、得点王ってことだけ」

慎太郎はようやく微笑んだ。

確かに通ってる中学校が公立なら、自宅の範囲はだいたい決まってくる。それにしても待ち続けるなんて、根性あるんだなと思った。


「…撮ったの、これ一枚だけ?」

「もう一枚、二人とも写ってるのがあります」

「見せて」

モニターの画面を覗くと、俺たちふたりがお互いに寄りかかってぐっすり眠っていた。

「あのさ、どうせ送るならこっちにしてよ」

「えっ、送ってもいいの?」

「いや、恥ずかしいけど。でもこっちの方がいい写真だと思う」

「僕も!そう思いました!」

慎太郎が、俄然(がぜん)元気になった。

「…何でそう思った?」

「うまく言えないけど、二人でひとつっていうか。一人より二人?っていうか…」

何となく、わかるやつにはわかるのかもしれない。

俺は画面の中の航を指差して言った。

「こっちは、航っていうんだけど、俺の一番の親友。航がいつも一緒にいてくれるから、俺は安心してこんな顔で眠ってる。だから、ふたり一緒の写真がホンモノだと思う」

慎太郎はぱっと笑顔になると、勢いよくお辞儀をした。

「ありがとうございます。えっと…お名前…」

「蒼だよ。ひやま、そう」

俺はスマホを出して、慎太郎と連絡先を交換した。


「写真、好きなの?」

「はい。いつもは電車が多いんですけど、時々景色とか、動物とかも」

「ああ、それで電車に乗るんだ」

「お兄ちゃんの試合でも撮ったことありますけど、動きが速いから難しいんですよね…」

そう言って慎太郎はまたカメラの画像を見せた。ゴール下でリバウンドを()ってる男子が映っていた。

「…知ってる。東中の、背が高いやつだ。足も速くて俺、何度か追いつかれたことある」

慎太郎はうなずいた。

「お兄ちゃん、桧山さんに憧れてました。今は大成高校でバスケやってます」

「大成か、すごいな。成績もだけど、バスケやりたくて入ったんだろうな…この写真も結構迫力あっていいじゃん」

俺がそう言うと、慎太郎がはにかんだ笑顔を見せた。


***


「えっ、それでOKしちゃったの?」

驚いた僕は変な声をあげてしまった。

「うん、よく撮れてたよ」

「いや、そういう意味じゃなくてさ…」

僕がそわそわしていると、蒼は笑った。

「ごめん。でもホントにいい写真だった」

「…そっか。やっぱりなんか癒されるのかな…」

「何のこと?」

僕は仕方ないなあと思いながらつぶやいたけど、蒼は意味がわからないので不思議そうな顔をした。

「…ううん、なんでも」

「賞金50万円だって。もし優勝したら、焼き肉食べに行こうって言っといた」

「…小学生にたからないでよ…」

「いーじゃん、俺たちあっての受賞なんだし」

僕はあきれて蒼を見ていたけど、気づいたら急に嬉しさがこみあげてきた。

「よかった。蒼が元気になって」

「…ありがとう。まだ完全じゃないけどね」

「無理しなくていいんだよ。いつかはできるから」

そのことだけは僕も自信をもって言える。


「あの、さ。前から思ってたことがあるんだけど…」

僕が以前から不思議に思うことだった。

もう少ししっかりしてたら、ちがう行動を取ってたらと思う一方で、本当にそうしてたら、ここにいる僕は今の僕ではないんだろうなっていう感覚。

そしてそれがいいことなのかそうでないのか、どっちなんだろうという疑問─

蒼は真剣なまなざしで聞いていた。

「うん。何かわかるよ。今と違う自分がいるのかもって、俺も思う」

僕はなんとなくほっとして続けた。

「例えばさ、中学のときに医者になろうって決めてたら、僕はあの高校に行ってなかったかもしれない。そしたら蒼に会えなかったかも。

蒼がいないなんて今は想像もつかないから、そう考えるとちょっと怖いなって思っちゃった…」

「そうか、そういうこともあるよね…」

蒼は一瞬、考えこむようなそぶりを見せたが、すぐに明るい声で言った。

「でもさ。俺たちは絶対どこかで会ってたと思うよ」

 予想してなかった力強い蒼の答えに、僕は最初、言葉が出てこなかった。でも蒼があんまりあたりまえのように言ったので、心配していたのがバカバカしくなってしまった。

「そっか…」

「俺たちが出会うのは、もう決まってたんだよ。だって俺、ここにいる自分のこと好きだけど、航に会えてなかったらここにいないし、好きにもなれなかった。今までの全部が、航のおかげだからさ」


─蒼のこういう素直なところ、好きだな…


「航がそばにいてくれて、俺を必要だって言ってくれて嬉しかったよ。すごく救われた」

「そっか。よかった…」

「航がいつも一緒にいることに、俺は甘えてたね。自分の存在を認められなくて、もう少しで大切なものを()くすところだった…」


その時蒼が何かを見て、はっとした表情になった。僕もその方向に目をやった。


***


─父さんだ…


 ここからは少し距離があるので、父さんは俺たちに気づいてないみたいだった。そのまま入り口にある花屋に入っていった。

しばらくすると、小さな花束を手にした父さんが店から出てきて、家の方に向かって歩き出すのが見えた。

「…もしかして、お父さん?」

俺は黙ってうなずいた。


─そうか、今日は21日だ


「母さんの月命日だ…」

「そうなんだ。じゃあ、毎月花を…」

(いま)だに毎月、母さんのことを思って過ごしてるのか…


「…父さんにとって、綾さんは何なんだろうね…」

思わず口をついて出た言葉に、航がぎくりとした。

「大丈夫。あの時みたいに取り乱したりしないよ」

俺は微笑んで航を安心させるように言った。


『あの人が覚えてくれてるかは、わかりませんけど』


─綾さんはそう言ってたけど、父さんが覚えてなかったら綾さんが可哀想だよな


「…俺のことだって綾さんは、好きな人の子どもを産みたかっただけなんだよね。でも何だか、失ったものが多すぎる気がして…仕方ないのかな…」

「今は蒼が幸恵さんと綾さんに、出会えてよかったって思えればいいんじゃない?他のことは時間をかけてゆっくり考えればいいと思う。

それにもし…つらかったら、蒼は綾さんの戸籍に戻ることもできるんだよ」

「えっ」

知らなかった、そんなこと。

航は養子縁組について、色々と調べてくれたみたいだった。

「蒼はもう16だから、自分の意思で縁組の解消を申請することができるんだ」

「綾さんは、自分からは言わないだろうな…」

「そうだね。…それでも幸恵さんが亡くなったあとに、大人が解消することだってできたはずなんだ。そうしなかったのは、幸恵さんとの約束を馬鹿正直に守ってる誰かさんがいるからだと、僕は思うんだけどね」

航は優しく笑っていた。

「誰かさん」が誰のことなのかわかるまで、少し時間がかかってしまった。


『蒼を、お願いします…』


「…バッカじゃないの」

俺は呟いた。ホント、馬鹿だ。

「いくら母さんとの約束だからって、できないことを無理にしなくてもいいだろ…」

「でも、いつかは…きっと、ね」


─しょうがない。いつかは俺も本当にあの家を出る時が来る。それまでは付き合ってやるか…


「言っとくけど、今さら優しくなんかしないからね」

「僕に言うことじゃなくない?それ」

航は何だかやけに嬉しそうだった。


 夏の陽射しは容赦なく(まぶ)しかった。

俺がぐずぐずしている間に桜も花水木もとうに終わり、街路樹には百日紅(さるすべり)の淡いピンクの花が咲いていた。それでも、これからの季節もまた航と過ごせることに、俺は幸せを感じていた。

 確かにどんな過去でも自分の一部になってるんだろう。中には受け入れられないものや、思い出したくもないものも、あるかもしれない。でも、今ここにいる俺が幸せなら、これから選ぶ未来もきっと幸福(しあわせ)な道に続いていくと思う。必然も偶然も、そして運命も奇跡でさえも全部包み込んで。


自分だけでなく、皆にとってもそうであって欲しいと強く思った。


Fin


〈16の春〉あとがき


 最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。


 今回もいろんな「愛のカタチ」を書きました。

愛と言うとちょっと大げさになってしまうかもしれませんが、基本、人との絆を書きたいなと思っています。こんなの、ありかな?ってことも、人それぞれでいいんじゃないと思えるように書いてみたいです。

 特に蒼とお父さんはだいぶこじれてるので、簡単には仲良くならないと思っていますが、それでも今の二人の距離でのお互いの気持ちを、最後に表現してみました。こういうひねくれた気持ちもありかな、と思っています。


 15の夏の直後から半年くらい後の設定ですが、少しずつだけどふたりが成長しています。

相変わらず仲良しなんですが、蒼の過去が明らかになったことで、航もどうやって蒼を支えたらいいのかずっと悩みます。言葉で伝えるのが苦手な航も、今回はなんとか言葉で伝えようと奮闘しています。


 そして転校先の田島先生と諒介。

この二人との出会いが、今後蒼が進路を決めるきっかけにもなっていきます。

 ちょっとつらい話もあったので、穏やかな日常も書いていきたいのですが、「続きが読みたい!」ってなってくれるのかな…って心配もありますね。

航が支えることが多かったふたりの関係も、この先蒼のターンがあったら…ってことも考えたりもします。


 最後に〈15の夏〉の改稿の件ですが、13部分から8部分に集約されます。以前のものは一旦削除になってしまいますが、大切なものなのできっちり保存しておきたいと思います。前半は明日以降再掲できそうです。新生〈15の夏〉も、よかったら読んでみてくださいね!


2022.02.20


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