〈 16の春 Last scene 〉幸福
バッシュを買いに行くのに、日曜日の外出許可をもらって航と出かけた。品揃えがいいのは、実家の最寄り駅にあるショッピングモールだった。
航も見たいものがあると言うので、待ち合わせの時間を決めて別行動をとっていた時だった。モールの入り口で航を待ってると声をかけられた。
「あの、すみません」
振り向くと小学生、と言っても高学年くらいの男の子が立っていた。
「…この写真の人、ですよね?」
首から一眼レフのデジタルカメラをぶら下げて、そのカメラをこっちに差し出している。その液晶モニターには…俺が映っていた。
「えっ、ちょっ…なに…」
俺はびっくりしすぎて言葉が出てこなかった。
─あの時の…
俺の慌てぶりを見て、男の子は不安そうな顔になった。
「す、すみません。思わず撮っちゃって…」
たぶん星を見に行った帰り、電車の中で航に寄りかかって寝ている時のものだ。
「…あー、でもこれ、寝顔じゃん…」
急に恥ずかしくなって、俺は顔を伏せてその場にうずくまった。耳まで赤くなってるのがわかった。
男の子はいよいよ焦り出した。
「あの、悪気はなかったんですけど、まだ誰にも見せてはなくて…」
─これが大人だったら、下手したら犯罪?だよな…
「見せるって何だよ。ネットにでも上げんの?」
「いえ、そうじゃ、なくて…」
俺が顔を上げると、男の子は怯えていた。俺はひとつため息をつくとなるべく穏やかに聞いた。
「…おまえ、名前は」
「…安東、慎太郎です…6年生」
「じゃあ、慎太郎。この写真どうするつもりだったんだ」
俺が真顔で聞くと、慎太郎はうつむいてしまった。
「怒んないから、言ってみな」
「…コンテストに、応募しようかなって思って…」
「応募すんの?」俺はあきれた声を出した。
「で、でも、知らない人の写真を勝手に出したらダメって書いてあって。だからこの沿線で待ってたら会えるかなって思って…」
─待つって、どこの誰かも知らない俺を?
「ずっと探してたってこと?いつ会えるかもわかんないのに?」
「…お兄さん、バスケやってましたよね。僕のお兄ちゃんもバスケ部で、試合で見た人だなってわかりました。それにすごく、素敵に、撮れたから。なんかもったいなくて」
「俺のこと、知ってるの?」
「永山二中の5番、得点王ってことだけ」
慎太郎はようやく微笑んだ。
確かに通ってる中学校が公立なら、自宅の範囲はだいたい決まってくる。それにしても待ち続けるなんて、根性あるんだなと思った。
「…撮ったの、これ一枚だけ?」
「もう一枚、二人とも写ってるのがあります」
「見せて」
モニターの画面を覗くと、俺たちふたりがお互いに寄りかかってぐっすり眠っていた。
「あのさ、どうせ送るならこっちにしてよ」
「えっ、送ってもいいの?」
「いや、恥ずかしいけど。でもこっちの方がいい写真だと思う」
「僕も!そう思いました!」
慎太郎が、俄然元気になった。
「…何でそう思った?」
「うまく言えないけど、二人でひとつっていうか。一人より二人?っていうか…」
何となく、わかるやつにはわかるのかもしれない。
俺は画面の中の航を指差して言った。
「こっちは、航っていうんだけど、俺の一番の親友。航がいつも一緒にいてくれるから、俺は安心してこんな顔で眠ってる。だから、ふたり一緒の写真がホンモノだと思う」
慎太郎はぱっと笑顔になると、勢いよくお辞儀をした。
「ありがとうございます。えっと…お名前…」
「蒼だよ。ひやま、そう」
俺はスマホを出して、慎太郎と連絡先を交換した。
「写真、好きなの?」
「はい。いつもは電車が多いんですけど、時々景色とか、動物とかも」
「ああ、それで電車に乗るんだ」
「お兄ちゃんの試合でも撮ったことありますけど、動きが速いから難しいんですよね…」
そう言って慎太郎はまたカメラの画像を見せた。ゴール下でリバウンドを競ってる男子が映っていた。
「…知ってる。東中の、背が高いやつだ。足も速くて俺、何度か追いつかれたことある」
慎太郎はうなずいた。
「お兄ちゃん、桧山さんに憧れてました。今は大成高校でバスケやってます」
「大成か、すごいな。成績もだけど、バスケやりたくて入ったんだろうな…この写真も結構迫力あっていいじゃん」
俺がそう言うと、慎太郎がはにかんだ笑顔を見せた。
***
「えっ、それでOKしちゃったの?」
驚いた僕は変な声をあげてしまった。
「うん、よく撮れてたよ」
「いや、そういう意味じゃなくてさ…」
僕がそわそわしていると、蒼は笑った。
「ごめん。でもホントにいい写真だった」
「…そっか。やっぱりなんか癒されるのかな…」
「何のこと?」
僕は仕方ないなあと思いながらつぶやいたけど、蒼は意味がわからないので不思議そうな顔をした。
「…ううん、なんでも」
「賞金50万円だって。もし優勝したら、焼き肉食べに行こうって言っといた」
「…小学生にたからないでよ…」
「いーじゃん、俺たちあっての受賞なんだし」
僕はあきれて蒼を見ていたけど、気づいたら急に嬉しさがこみあげてきた。
「よかった。蒼が元気になって」
「…ありがとう。まだ完全じゃないけどね」
「無理しなくていいんだよ。いつかはできるから」
そのことだけは僕も自信をもって言える。
「あの、さ。前から思ってたことがあるんだけど…」
僕が以前から不思議に思うことだった。
もう少ししっかりしてたら、ちがう行動を取ってたらと思う一方で、本当にそうしてたら、ここにいる僕は今の僕ではないんだろうなっていう感覚。
そしてそれがいいことなのかそうでないのか、どっちなんだろうという疑問─
蒼は真剣なまなざしで聞いていた。
「うん。何かわかるよ。今と違う自分がいるのかもって、俺も思う」
僕はなんとなくほっとして続けた。
「例えばさ、中学のときに医者になろうって決めてたら、僕はあの高校に行ってなかったかもしれない。そしたら蒼に会えなかったかも。
蒼がいないなんて今は想像もつかないから、そう考えるとちょっと怖いなって思っちゃった…」
「そうか、そういうこともあるよね…」
蒼は一瞬、考えこむようなそぶりを見せたが、すぐに明るい声で言った。
「でもさ。俺たちは絶対どこかで会ってたと思うよ」
予想してなかった力強い蒼の答えに、僕は最初、言葉が出てこなかった。でも蒼があんまりあたりまえのように言ったので、心配していたのがバカバカしくなってしまった。
「そっか…」
「俺たちが出会うのは、もう決まってたんだよ。だって俺、ここにいる自分のこと好きだけど、航に会えてなかったらここにいないし、好きにもなれなかった。今までの全部が、航のおかげだからさ」
─蒼のこういう素直なところ、好きだな…
「航がそばにいてくれて、俺を必要だって言ってくれて嬉しかったよ。すごく救われた」
「そっか。よかった…」
「航がいつも一緒にいることに、俺は甘えてたね。自分の存在を認められなくて、もう少しで大切なものを失くすところだった…」
その時蒼が何かを見て、はっとした表情になった。僕もその方向に目をやった。
***
─父さんだ…
ここからは少し距離があるので、父さんは俺たちに気づいてないみたいだった。そのまま入り口にある花屋に入っていった。
しばらくすると、小さな花束を手にした父さんが店から出てきて、家の方に向かって歩き出すのが見えた。
「…もしかして、お父さん?」
俺は黙ってうなずいた。
─そうか、今日は21日だ
「母さんの月命日だ…」
「そうなんだ。じゃあ、毎月花を…」
未だに毎月、母さんのことを思って過ごしてるのか…
「…父さんにとって、綾さんは何なんだろうね…」
思わず口をついて出た言葉に、航がぎくりとした。
「大丈夫。あの時みたいに取り乱したりしないよ」
俺は微笑んで航を安心させるように言った。
『あの人が覚えてくれてるかは、わかりませんけど』
─綾さんはそう言ってたけど、父さんが覚えてなかったら綾さんが可哀想だよな
「…俺のことだって綾さんは、好きな人の子どもを産みたかっただけなんだよね。でも何だか、失ったものが多すぎる気がして…仕方ないのかな…」
「今は蒼が幸恵さんと綾さんに、出会えてよかったって思えればいいんじゃない?他のことは時間をかけてゆっくり考えればいいと思う。
それにもし…つらかったら、蒼は綾さんの戸籍に戻ることもできるんだよ」
「えっ」
知らなかった、そんなこと。
航は養子縁組について、色々と調べてくれたみたいだった。
「蒼はもう16だから、自分の意思で縁組の解消を申請することができるんだ」
「綾さんは、自分からは言わないだろうな…」
「そうだね。…それでも幸恵さんが亡くなったあとに、大人が解消することだってできたはずなんだ。そうしなかったのは、幸恵さんとの約束を馬鹿正直に守ってる誰かさんがいるからだと、僕は思うんだけどね」
航は優しく笑っていた。
「誰かさん」が誰のことなのかわかるまで、少し時間がかかってしまった。
『蒼を、お願いします…』
「…バッカじゃないの」
俺は呟いた。ホント、馬鹿だ。
「いくら母さんとの約束だからって、できないことを無理にしなくてもいいだろ…」
「でも、いつかは…きっと、ね」
─しょうがない。いつかは俺も本当にあの家を出る時が来る。それまでは付き合ってやるか…
「言っとくけど、今さら優しくなんかしないからね」
「僕に言うことじゃなくない?それ」
航は何だかやけに嬉しそうだった。
夏の陽射しは容赦なく眩しかった。
俺がぐずぐずしている間に桜も花水木もとうに終わり、街路樹には百日紅の淡いピンクの花が咲いていた。それでも、これからの季節もまた航と過ごせることに、俺は幸せを感じていた。
確かにどんな過去でも自分の一部になってるんだろう。中には受け入れられないものや、思い出したくもないものも、あるかもしれない。でも、今ここにいる俺が幸せなら、これから選ぶ未来もきっと幸福な道に続いていくと思う。必然も偶然も、そして運命も奇跡でさえも全部包み込んで。
自分だけでなく、皆にとってもそうであって欲しいと強く思った。
Fin
〈16の春〉あとがき
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
今回もいろんな「愛のカタチ」を書きました。
愛と言うとちょっと大げさになってしまうかもしれませんが、基本、人との絆を書きたいなと思っています。こんなの、ありかな?ってことも、人それぞれでいいんじゃないと思えるように書いてみたいです。
特に蒼とお父さんはだいぶこじれてるので、簡単には仲良くならないと思っていますが、それでも今の二人の距離でのお互いの気持ちを、最後に表現してみました。こういうひねくれた気持ちもありかな、と思っています。
15の夏の直後から半年くらい後の設定ですが、少しずつだけどふたりが成長しています。
相変わらず仲良しなんですが、蒼の過去が明らかになったことで、航もどうやって蒼を支えたらいいのかずっと悩みます。言葉で伝えるのが苦手な航も、今回はなんとか言葉で伝えようと奮闘しています。
そして転校先の田島先生と諒介。
この二人との出会いが、今後蒼が進路を決めるきっかけにもなっていきます。
ちょっとつらい話もあったので、穏やかな日常も書いていきたいのですが、「続きが読みたい!」ってなってくれるのかな…って心配もありますね。
航が支えることが多かったふたりの関係も、この先蒼のターンがあったら…ってことも考えたりもします。
最後に〈15の夏〉の改稿の件ですが、13部分から8部分に集約されます。以前のものは一旦削除になってしまいますが、大切なものなのできっちり保存しておきたいと思います。前半は明日以降再掲できそうです。新生〈15の夏〉も、よかったら読んでみてくださいね!
2022.02.20




