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思へども8

 ハーブ園で色々説明を聞いて、私は香り袋をいくつか買った。それからハーブティー用にブレンドしてもらったものも購入。

 勧められて気になったので、ハンドマッサージの方法も教わった。時間があるのでフットマッサージも習った。難しいので、明日また教わる。必要なオイルと勧められたラベンダーオイルも買った。

 温かくて柔らかいものは思いつかない。そう思っていたら、貴婦人らしき人達がふわふわした毛並みの犬を散歩させていて、これだ! と思った。

 村にいる狩りや家畜を追う犬は小さいし毛も短いので犬とはそういうものだと思っていたが、大きくてふわふわした毛並みの犬もいると初めて知った。

 今まで興味が無かったからか、目に入っていなかった。


 ハーブ園からの帰宅途中、よく考えたらオルトの部屋にはお湯を沸かすような設備が無かったと思い出した。暖炉もかまどもない部屋。

 もうすぐ冬なのに、火を使わないの? 

 それで金物店へ行き、保温瓶を2つ買った。お店でハーブティーを淹れて、夜の仕事前に署の受付に届ければ良い。

 私はオルトに物を貰い過ぎている。古い方の保温瓶を受付に預けてもらって、新しいものと交換すればバッチリ。毎日飲んでもらえる。

 市場で買い物が終わると、私はコーラリアム酒場に戻ってアメリアに事情を説明し、ハーブティーを淹れさせてもらった。

 快く許してくれて、むしろ「良いじゃないか!」と言ってくれたアメリアには感謝だ。


 日が沈む前にお店を出て署に向かった。少し考えて、説明したいのと教わったマッサージを試してみたいので、ベンチで待つことにした。

 署に1番近いベンチで職員や騎士の出入りを眺める。何人かの騎士に見つかって声を掛けられたので、途中からフードを被った。それで、気が付かれなくなった。

 日没が過ぎても、オルトと会えれば問題無い。きっとお店まで送ってくれる。

 あんまり遅くなっても会えなければ、諦めて署に顔を出そう。受付に伝言と保温瓶を預ける。

 第3部隊と第5部隊の騎士とはだいたい顔見知りなので、申し訳ないけど誰かにお店まで送って貰う。

 当直者や夜勤者に頼むのは気が引けるけど、遠くないとはいえ1人で帰って何かあった方が迷惑をかけることになる。


(そろそろお仕事、終わるかしら)


 17時が彼らの定時。まず終わることはないらしい。それで、18時には大抵終わり。当直または夜勤者と入れ替わりだから18時を過ぎることは少ないらしい。ハリーもサムもそう言っていた。

 でもエクイテスはいつも20時過ぎにコーラリアム酒場に顔を出す。ほぼ毎日クリスティーナに会いに来る。クリスティーナが用意した夕食を食べて、私と同様に早上がりのクリスティーナと部屋で雑談をして帰宅する。

 だから、きっと遅くても20時にはオルトに会えるだろう。

 広場から見える時計塔の時計の針は進んでいく。17時、18時、19時の鐘の音を聞いた。それでも長いと感じない。気温が下がってきてもショートケープやズボンのおかげで寒くない。

 もう少し待っていれば会える。そう思うと胸がぽかぽかする。

 渡すもので、悪夢を見ずに眠ってくれたら嬉しい。ナナリーという女性に2度と会わないで、触らないで……。


(あれ?)


 何かが引っかかる。その時だった。オルトが署の出入り口から出てきた。他の騎士達と雑談している。


「オルトさん」


 遠いので無駄だけど、私は彼の名前を呼んだ。フードを外して急いで近寄る。オルト達は署の隣の馬小屋に入っていった。

 馬小屋の出入り口の脇に立って、中を覗く。馬が何頭も大整列。圧巻の光景。しばらく待っていると、オルト達が出てきた。


「オルトさん!」

「アルベルティーナさん? な、な、何してるんですか⁈ こんな時間にこんなところで!」

「お話があって。渡したい物もあって、待っていたんです。昼間の話です。まだお仕事ですか? まさかこれから巡回です? それならもう少し待っています」

「……はあああああ⁈ 待っていたって、こんな時間までですか? 何してるんですか!」

「署の目の前は安全ですし、オルトさんの仕事が終われば送っていただけますから」


 暗いし馬の上で高いのでオルトの表情はよく見えない。


「受付に伝言を預けてくれれば、仕事終わりに店に行ったのに。いやでも今夜は……」

「でも、1秒でも早く教えたいことがあって」


 そうだっけ? 確かにオルトの指摘通りだ。伝言を頼み、オルトにコーラリアム酒場へ来て貰えば良かった。

 早く会いたい、早く教えたい、それで頭がいっぱいだった。


(私、何でそんなに急いで……。何で?)


 また引っかかり。


「アルベルティーナさん。俺達、副隊長に夜の馬術訓練をさせられるんです。このあいだの動きが悪かったって怒られて」

「そうなんですよ。なんで副隊長を連れ帰ってもらえません? 俺、本当は今夜デートだったんです。今ならまだレストランが開いているので誘い直せます」

「バーナード! お前いつの間に!」

「お前、この野郎! バーナード!」

「バーナードのくせに生意気だ!」

「うるさいお前ら。黙ってろ。アルベルティーナさん。あの……」

「訓練は大切なことです。訓練をすれば怪我をする可能性が減りますもの。私、待っていますから励んで下さい」


 会釈をして、今まで座っていたベンチを目指す。再びフードを被ろうとしたら体が急に浮いた。腕を掴まれている。悲鳴を上げる前にオルトと目が合い、ホッとした。

 オルトの前、馬に座らされる。馬に乗るなんて初めて。


「いきなりすみません。でも夜道をふらふら歩かないで下さい。すぐ送ります」

「でも訓練が……」

「お前ら! 先にイムズの丘に行け!」


 オルトが部下達に叫んだ。


「えええええ、副隊長! 王都外訓練なんですか⁈ 街中や演習場ではなく?」

「さっさと行け! アルベルティーナさん、聞いての通り今夜は遅くなるので、明日うかがいます」

「私は今日オルトさんに教えたいことや、したいことがあるんです」

「えっ?」

「明日は休みなので遅くて大丈夫です。オルトさんが快眠するためのお話などです。明日だと今夜また悪夢を見るかもしれないではないですか」

「いやあの」

「何時でも良いので来て下さいね。私、寝ないで待ってます」

「は、はあ……。はい……」


 歯切れの悪い返事。部下達が遠ざかり、オルトは別の道、コーラリアム酒場の方向に馬を歩かせ始めた。


(馬に2人乗りってこんな感じなんだ。なんだか……)


 抱きしめられているみたいな格好。横座りでオルトの胸が左腕に触れている。服越しなのに熱い気がする。

 妙にドキドキして言葉が出てこない。オルトも何も言わない。しばらくして店に到着。酒場の前で降ろされた。


「なるべく早く来ます。あんまり遅かったら寝て下さい」

「いえ、遅くなっても大丈夫です。ずっと待っています。しっかり訓練して下さい。オルトさんが常に怪我をしないように沢山訓練して下さい」


 手を振って、店に入る。アメリアに声を掛けてオルトがいつか来ることと、理由を伝える。休みなのでそのまま2階に上がった。

 ハーブ園で購入した本を読みながらオルトを待ち続ける。途中、うとうとしてしまったので、体を洗って目を覚ました。

 寝巻きで会うわけにはいかないので、肌着や下着だけ新しくして、元の服を着る。それでまた読書。上京して、必死に読み書きを覚えて良かった。

 23時の鐘が鳴る。閉店の時間だ。オルトはまだ来ない。私は1階のホールに降りて、アメリアが後片付けをするのを手伝った。


「アルベルティーナ、オルトさん遅いね」

「オルトさん達、しっかり訓練しているんでしょう。仕事で怪我をする可能性が減るから良いことです」

「残りはいつも通り明日の朝にやるからもういいよ。座って待ってな。残り物だけどオルトさんの夕食を用意しておいたから、出してやりな」

「まあ、アメリアさん。ありがとうございます」

「第3部隊には市民もこの店もお世話になってるからね。その副隊長となると、そりゃあ特別待遇さ。ただ、もう遅くて男らも帰ってコルダだけになる。強盗に入られても困るから、鍵を閉めてかんぬきもしちまうよ。オルトさんに伝わるように貼り紙……」


 コンコン、コンコンと扉をノックする音。私は一目散に駆け寄って、扉を開いた。


「オルトさ……」


 立っていたのは、見知らぬ男だった。鋭い冷めた瞳をした中年男性。

 騎士の隊服だけど黒ではなくて白。腕章は白地に銀刺繍。風になびくマントは鮮やかな青。後ろにも同じ服装の者達がいる。


「お客様すみません。いくら王宮騎士様といえど、もう閉店で今夜はもう料理も酒もほぼすっからかんです。従業員も半分以上帰ってしまいまして」


 私の肩にアメリアの手が添えられた。王宮騎士? これが王宮騎士。だから市内警備騎士と同じ隊服で色違いなのか。


「こちらにクリスティーナとアルベルティーナの姉妹がいるな」

「あの、アルベルティーナは私です」

「モーガン、娘を連行しろ」


 連行? と思った瞬間店の中に騎士達が入ってきた。モーガンと呼ばれた騎士が私の腕を掴み「動くな」と低い声で告げる。

 王宮騎士なら、逆らってはいけない。


「ちょいとあんた達っ!」

「逆らうと国家反逆の罪で店ごと潰す。クリスティーナという娘を呼んでこい」

「気立ての良い働き者の姉妹に王宮騎士様が何の用だい!」


 中年騎士に睨まれたアメリアは、微かに震えながら胸を張って仁王立ちした。


「姉妹ではない。サー・エクイテスだ」

「エクイテスさん?」

「これ以上話すつもりはない。クリスティーナという娘をここへ連れてこい。もう1度告げる。国家反逆の罪で店ごと……」

「ガウェイン卿、市内警備騎士隊第3部隊副隊長オルトです」


 王宮騎士達の間からオルトが現れた。


「ガウェイン卿。何の騒ぎです? 作戦に備えて訓練していた帰りなんですが、下街に王宮騎士なんて珍しいので気になりまして」

「この店に第5部隊隊長補佐官のサー・エクイテスの婚約者が居るだろう。貴様もここの常連だな。そこの娘に執着しているという情報は得ている」

「ああ、人質ってことです? エクイテス補佐官が辞職するって話は聞きました。自分と同じ命令をされたんですよね? 俺はそんなことしません」


 オルトは一瞬だけ私を見て、ガウェインに視線を戻した。直立不動で凛々しい表情。ほんの少しだけ微笑んでいる。


「下級騎士が我等の作戦に参加するという名誉を断る。敵前逃亡。そんなこと許すか」

「その通りです。ただ、あいつの功績って大体俺の手柄なんですよ。友人なんで、俺の手柄を分け与えてきて。アルタイルの死神騎士を落馬させて追い詰めたのも本当は俺です。あいつの部隊に追いついて」

「そうなのか?」

「あいつがいると助けに行ったり、庇ったり、尻拭いが大変なんで、俺としてはもう同じ部隊に居ないで欲しいですね。ウェイルズでの戦いでも、俺達の部隊はエクイテスがいなかったらほぼ全滅ではなく半壊で済みましたよ」

「ほう……」


 ガウェインが目を細める。嘘だ。オルトはエクイテスのために嘘をついている。


「自分はそろそろ友人の出世を助けるより、己の手柄を全て自分の物として成り上がりたいです!」


 オルトが敬礼した。


「サー・エクイテスの能力の高さは私の元にも届いているが?」

「普段は虚勢を張っていますが、かなり気弱な男です。死神騎士に追われる悪夢にうなされて眠れないと騒いだり、酒を飲んだくれています。ありゃあ人質を取ったって逃げますね。俺くらい古い友人でないと知らない話です。普通の作戦や出征なら金と名誉欲しさで働くと思います。今みたいに」

「それほど恐ろしかったのか、死神騎士は。それともあのサー・エクイテスの中身がそれか。信じられん」

「王宮騎士か特別襲撃部隊を編成するくらいには恐ろしいかと。私もあの死神騎士を思い出すと足が震えます。次こそ首を取って更に出世したいですけどね。俺はエクイテスを子供の頃から守ってきました。役立たずのお守り役より死神騎士に集中したいです!」

「モーガン、娘を離せ」


 私はモーガンに突き飛ばされた。アメリアが私を抱き止めてくれた。


「良いだろう。サー・エクイテスの中身が貴様の言う通りなら作戦の邪魔だ。ただし、辞職届は撤回させろ。副隊長補佐官レベルが敵前逃亡など下級騎士の士気が下がる。それでも逃げるのなら分かるな? 俺がこの店に来たことをサー・エクイテスに伝えろ」

「はい!」


 王宮騎士達は店から出て行った。足から力が抜けていく。へなへなと座り込んだ。


「アルベルティーナさん。すみません、怖かったですよね? あいつら殺気だっていて。しかし驚いた。人質を取ってまでエクイテスを働かせたいなんてな。特別襲撃部隊編成といい、余程あの死神騎士が恐ろしいらしい」


 オルトが私の前にしゃがんだ。


「明日にでもエクイテスとクリスティーナさんに伝えないと。エクイテスと一緒に逃亡は困難だ。エクイテスは戦場で逃げ回るしかない。まあ、あいつは強いし、第5部隊はネガンド砦あたりだろうから、どうにかなるだろう」

「オルトさん、特別襲撃部隊って何ですか? また戦争になるんです? 死神騎士ってアルタイルですか?」


 私はオルトの腕を掴み、縋りついた。


「数日中に新聞に載ったり噂が広がると思いますけど、国王陛下の元にアルタイル王から休戦要求状が届いたそうです。10日後にウェイルズ平野で交渉。俺は4日後に出発します。交渉が決裂したら報復戦争でしょう。既にアルタイルの先陣兵がウェイルズに陣を設営しています」

「4日後……。報復……」

「土地、女、子ども、金。どんな要求をしてくるんだか。まあ、心配ないですよ。とりあえず俺が死神騎士を仕留めるんで。特別襲撃部隊に選ばれました。最前線で常に死神騎士を狙います」

「休戦にはならないんでしょうか? まずはアルタイルと交渉なんですよね?」

「それが1番良いですね。そうなったら。本当に化物なんですよ、あの騎士」


 ニコリと微笑まれて、涙が滲んできた。


「戦わないで逃げて来て下さい。危ないと思ったら逃げて下さい。帰ってきて……」

「無理……だと泣きますね、アルベルティーナさんは。全力で戦ってみます。守らないと。貴女やエクイテスにクリスティーナさん、この店に部下達、その家族。アルベルティーナさんが、父親の死で俺を恨むよりも、誰かを助けてと許してくれたんですから」


 私? 私……言った。確かにそういうことを言った。


「私はそれで貴方が傷つくのは嫌です。人を助けても元気でいて下さい」

「惚れた女の泣き顔は嫌なんで特訓してたんですよ。何人か連れて行く部下をピックアップしろと言われて選びました。残りの日も猛特訓。まあ、普段から訓練していますけど」


 気がついたら私はオルトに抱きついていた。運が悪いと、もう4日しか会えない。

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