思へども7
オルトが私を連れて行ってくれるのは、ワーグス広場にあるレストランらしい。
(恥ずかしい)
店を出てから、オルトは私を見てふにゃふにゃ笑う。通りを見渡したり、市民に声を掛けられれば手を振ったりして、たまにこちらを見て笑顔。
(なんか、くすぐったい)
体が熱いのは恥ずかしさと照れだ。心臓の音はやたらうるさくて、胸も苦しい。ずっと無言もなんだしと思って会話を探しても、声が出てこない。唇が震えるだけ。
(オルトさんは何も話しかけてこないし……)
コーラリアム酒場からワーグス広場まで近いはずなのに、遠く感じた。
緊張が悪化したのか、手足が同時に出てしまった。人は緊張し過ぎると、歩き方さえ忘れるらしい。
「帰ります? なんか、めちゃくちゃ怯えてません?」
「おび、怯えてません! 全くもって怯えていません! オル、オルトさんの眼差しが恥ずかしいだけです!」
目が合うと、体温がさらに上がった気がした。
「そうですか。なんかずっと険しい顔をしているし、唇も震えてたんで」
「緊張です。なんか、あの、緊張しているんです。とても。き、きっと、きっとオルトさんの顔に……」
私が好きだと描いてあるから。こんなこと言えない。自惚れ……ではないことは知っている。クリスティーナに熱烈と指摘されるくらい好かれているらしい。
「俺の顔?」
「オルトさんの顔……私が……好きだと……そういう風なので……」
オルトの顔が赤くなる。多分私の顔も赤い。彼は手で口元を隠した。私は両手で顔を覆う。歩かないといけないので目元は少し出した。また無言。
気がつけばワーグス広場に到着。こじんまりとしたお洒落なお店。花が沢山飾ってあり、天井は高く、店内は若い女性客ばかり。
オルトが入店すると、その女性客達がチラチラと彼を見た。あからさまに見つめている人もいる。ひそひそしながら指をさして笑っている女性達もいる。
オルトは女性店員に「予約です」と告げていて、気がついてなさそう。
私達は窓側の席に案内された。女性客がオルトではなく私を見ている。気のせいではなさそう。通りすがりに「なんだ、恋人持ちか」とか「サー・オルトの恋人にしては地味」とか「あの人見た目と中身が違うのよね」などと聞こえた。
地味。地味なのか私。そして私は恋人ではない。
「本日のおすすめ、シェフの気まぐれコースを2つで」
「かしこまりました」
「シェフの気まぐれコース?」
メニューを確認。本日のスープはキノコスープ。パン2種類。温野菜のグリルサラダに白身魚ムニエルのバジルソースがけ。そしてデザートはティラミスかワッフルのどちらか。紅茶かコーヒーを選べる。
「すみません、注文を待って下さい。オルトさん、こんなに食べられません。私、あまりお腹が減っていません」
「そうなんですか?」
「緊張しているので」
「当店はハーフコースがございます。同じ内容で量は半分。この通り女性のお客様が多いので」
「そうなんですか? なら彼女の分はそれでお願いします」
オルトがいきなり頼むから慌ててしまった。メニューを眺めていると、気になる料理が色々あった。特にデザート。
コースについてくるデザートは2種からしか選べない。でも、メニューに載っているデザートは6種類もある。
「いえ、あの、すみません、少しメニューを見てから決めても良いですか? どれも美味しそうです」
「かしこまりました」
女性店員が離れていく。
「あー、すみません。そういえばクリスティーナさんに勝手にあれこれ決める男はモテないと怒られました」
「そうです? 嫌なら嫌と言えば良いだけです。それで怒る方でもありませんし」
目が合って、恥ずかしい。向かい合って座るのって困る。
困る? ハリーやサムと食事した時はそんなこと思わなかった。それに、こんなに緊張もしなかった。
熱烈だからだ。オルトの熱視線や表情のせい。
「アルベルティーナさんは魚が好きと聞いたのでつい。俺、深く考えないで動いたり喋ったりするところがあって」
それはよく知っている。長所で短所だ。オルトって嘘をつけなさそう。
「魚は好きです。でもお肉も好きですし、野菜も……。オルトさんは何が好きです?」
「アルベルティーナさん」
「……」
「うおっ。へっ。いや、なんか口から飛び出てきて。すみません。食べ物の話ですよね」
「は、はい」
私はメニューでオルトから顔を隠した。顔中から汗が吹き出して化粧が落ちてドロドロになりそう。そんな顔を見せたくない。
「そういえばオルトさんは甘い物が嫌いでしたよね? コース料理にはデザートが入っていますけど」
「ん? アルベルティーナさんが甘い物好きなのであげようと」
「このコース料理を食べきってデザート2種類なんて食べられません。お腹が破裂してしまいます」
「女性って甘い物は別腹、別腹と良く食べるじゃないですか」
女性って? 誰のこと? 胸の周りがなんだかモヤモヤする。
「私はそんなに食べられません。コースはやめましょう」
「いや、デザート以外の同じ物をバラバラに頼むよりコースの方がお得です。メニューも多過ぎますし」
「ではこちらのレディースコースを2つにしましょう。スープも選べるし、魚か肉か選べますし、デザートをメニューの全てから選べます。追加で少し払えばサラダの追加や、本日のおすすめスープやメイン料理の選択もできます」
「料理は全てハーフサイズで提供って書いてありますけど。俺には足りません」
「えっ?」
確かにそう書いてある。
「オルトさん、メニューにお好きなパスタはありますか? 私、それの大盛りにします。半分こしましょう。取り分けます。このコース1つにパスタを1つ」
「えっ、それしか食べないんですか?」
「今日はそのくらいで良い気分なんです。緊張して胸がいっぱいで。オルトさんからいただくデザートがありますから、それで充分です」
「好きなパスタ……。腹が満たされれば割と何でも良いので、こんなにあると決めるの面倒くさいです。アルベルティーナさんが好きなものを選んで下さい」
「それでメニューがほぼ決まっているコースを頼もうとしたんですか?」
「ええ」
「こちらのサーモンとアスパラガスのパスタでも良いです?」
「それなら嫌いではないです」
なんか、反応が悪い。
「オルトさんの好きな物は何ですか?」
「アルベルティーナさんです。早く決めません? メニューで貴女の顔が見えません」
オルトの手でメニューが倒された。またふにゃふにゃ笑っている。
「アルベルティーナさん? 俺、また、つい。嫌いな物はありますけど、好きな食べ物は特にありません」
「そ、そ、それなら、このパスタに……します……」
オルトのニコニコした顔を見られなくて私は俯いた。
オルトが店員を呼んで注文してくれた。レディースコースは自分に、大盛りパスタは中央に置いて取り皿2つ。それからデザートと食後の飲み物は私にと伝えてくれた。
レディースコースの料理の選択を、オルトは「おすすめが良いので貴女に任せます」と言って考えることを放棄。
食後の飲み物はコーヒー、彼女にも追加で言われてしまい、慌てて「私は紅茶で」と頼み直した。
「すみません、また。俺、コーヒーは大好きで、つい他の人もそうな気がして。そういえば、これもクリスティーナさんに怒られました」
「クリスティーナに怒られてばかりなんですね、オルトさん」
「笑った。ようやく笑ってくれましたね。もう緊張は終わりました?」
嬉しそうな顔を向けられて、ボンッと顔が熱くなる。自然と俯き、眉根を寄せた。
「って、えっ⁈ またその顔」
そのタイミングでオルトにスープとパンが運ばれてきた。オルトは視線を落とし、パンを掴んだ。
「なるべく見ないようにします」
「それでお願いします」
メニューを返して欲しい。それか衝立が欲しい。そうしたらまた自然と話せるのに。
★
ほぼ無言で食事を済ませ、オルトがお手洗いに行っている隙に会計をした。今まで物を貰いすぎているので、今日は絶対払わせない、と思っていた。
「あれ、伝票がない」
「もう支払いました。日頃のお礼です。それからお見舞い品のお礼も。デザートを食べ終わるまで待ってていただけますか?」
「いや困ります。俺、金ならあるんで。金しかないので。使い道も睡眠くらいしかなくて、余りに余っているので」
「睡眠……睡眠⁈」
私の頬が自然と引きつる。娼館で女性を抱き枕にして寝ることだ。胸の中でモヤモヤが渦巻く。
「オルトさん、座って下さい」
「アルベルティーナさん?」
怪訝そうな顔で着席したオルトを見据える。
「女性を抱きしめて寝ることに罪悪感は無いのですか?」
「罪悪感? あの、何を怒ってるんです? その顔も可愛いですけど」
その顔? 怒ってる?
「商売女に商売をさせずに楽をさせる。俺は2週間くらいぶりによく眠る。寝不足が続くと辛くて。何か問題でも?」
それは、問題無い? 無いのか? そもそも合法的な娼館は生活苦の救済や私達市民女性への被害やその他諸々の理由があって存在する。
もちろん、男性の欲望が強いのが問題らしいけど。そんなに大きくない村にも娼館があった。母親からある程度、男性の危険やそういう性質について教わっている。男の女遊びや浮気は男のサガ。本能。女と男は根本的に思考回路が違うらしい。
でも嫌だ。なんか嫌だ。すごく嫌だ。私が女だからそう思うのだろう。
「私を慕っているのに、私という女性がありながら……」
ありながら?
「アルベルティーナさん?」
「本当はその方が好きなのではないですか? 抱きしめたらよく眠れるなんて、安心して癒されるということです」
「ナナリーなんて全く。別に他の女でも眠れます。柔らかくて温かくて愛想が良ければ誰でも」
ナナリー。ナナリーって言うんだ。私はアルベルティーナさんなのに、ナナリーだって。
2週間くらいって、2週間に1度ナナリーに抱きつくわけ。抱きしめて眠るわけですか。誰よ、ナナリーって!
私はデザートのチーズケーキにフォークを刺した。
「あの、アルベルティーナさん?」
「柔らかくて温かいなら、湯たんぽと抱き枕で良いでは無いですか」
「いや、なんか感触が」
「眠くなる薬草は? クリスティーナに使われたことがありますよね」
「俺もそう思ったんですよ。安上がりになるんで。でもあれ、起きたら頭がガンガンするしめちゃくちゃ吐くんでしんどくて。毎日使えないらしいし、何か安上がりで害がないものってないですかね」
「えっ?」
オルトは腕を組んで渋い顔をしている。
「ナナリーのやつ、うるさくて。あれを話せ、これを話せ。触るなって言っても触ろうとしてくるから行きたくなくて。金もかかるし。他の店に移動しても金がかるのは一緒だし、そのうちまたうるさくなるんだと思うとゲンナリで」
はあああ、とため息を吐くとオルトは小さな舌打ちまでした。すごく嫌そうな顔。そうだ。基本的に女性に触られるのは嫌だと言っていた。
「そもそも、何で眠りが浅いというか、寝不足になるんです?」
「夢見が悪いんですよ。昔の嫌な夢ばかり見て。何度も目が覚めます」
「昔の嫌な夢?」
『俺とオルトは孤児院出身です。折檻に耐えられなくて逃げ出して、路上生活になり、生きるために、成り上がるために戦場に出ました』
エクイテスはそう言っていた。孤児院の夢? 路上生活の夢? 戦場の夢?
「寝る時に使える柔らかくて温かいもの……。他には特にないです? 布団を変えたり、ハーブティーや香り袋は試してみました?」
「そこそこのやつを買ってみましたけど、布団は効果ないですね。ああ、匂い。香水の匂いで夜にする血の匂いもマシになるんで、香水を買えば良いのか。香り袋って何です? ハーブティーって飲んだことないですけど、眠くなるんですか?」
オルトは本当に眠るだけのためにナナリーという女性を渋々? 嫌々? 抱きしめているのか。
渋々なのか。嫌々なのか。そうなのか。そうなんだ。他に何か方法があればそんなことしないのか!
「オルトさん、私は今日お休みをいただいたんです。ハーブ園に行きません? 村にはお医者様も薬師様もいないので、ハーブをよく使うんです。薬草より効果は小さくても、体には優しいです。私は詳しくないですけど、園の方なら詳しいはずです」
「いや、俺は仕事があるので」
「お仕事? もしかしてそれで隊服なんです?」
「部下が怪我してシフトを代わりました。なので、そろそろ戻らないと。送りたいですけど、昼間ですし、近いので大丈夫ですね。でも気をつけて下さい。今日はありがとうございました。貴女が帰る前に2人で食事を出来て幸せでした」
オルトが立ち上がり、私に向かって十字を切った。祈りの合図。笑顔で去っていく。
待って、と私は慌てて追いかけた。まだ一緒にいたい。足が早くて追いつくのが大変。レストランまではゆっくりだったので、歩幅やスピードを合わせてくれていたのだろう。
「オルトさん待って!」
広場は騒がしいし、私の声は小さい。聞こえないらしい。走って走ってようやく隣に並んだ。
「アルベルティーナさん?」
「署まで送ります。私はお休みで、このあたりの昼間はとても安全ですし、私には無敵の笛があります」
「送りますって、すぐそこですけど」
「送ります!」
「はあ……」
オルトは私を見てくしゃりと笑った。ゆるゆるした笑みはやはりくすぐったい。
彼を署まで送ると、私は急いでハーブ園に向かった。




