思へども6
デートとは、日時や場所を定めて好意を持った2人が会うこと。でも好意が分からない2人の場合もデートと言うらしい。
熱が下がってから数日後、風邪がすっかり治った日のお昼。私はクリスティーナが用意した相手とデートをした。エクイテスの部下のハリーだ。
お昼休憩の時間にハリーと2人でレストランに行って、とりとめのない雑談をして、和やかに食事をした。
その翌週の月曜日、私とクリスティーナのお休みの日にはオルトの部下、私も顔見知りのサムと昼食。護身術講座の時の話で盛り上がった。
クリスティーナ曰く、第3部隊と第5部隊の騎士のうち、私とデートをしたい騎士達が集まってじゃんけん大会をしたらしい。
クリスティーナに「他の人達は自力で口説きにくるわ」と言われた。そして彼等は本当にやってきた。
掃除の時に現れたり、お弁当を買いにきて長めに雑談されることは前からあった。そういう時、いつもクリスティーナが助け舟を出してくれていたのに、今はしてくれない。
さらに出勤していない時間に花やデートのお誘いの手紙を置いていかれたり、夜の営業時間帯にアメリアを伝書鳩にして厨房や部屋から呼び出されてデートに誘われたり、色々増えた。
練習デートではなく、本当のデートとなると誰と行って良いのか分からない。誘われるたびに口から「すみません」と飛び出てくる。
恋愛初心者の私にはまず練習が必要。そう思った。事情やこの気持ちを知る人としかデートなんて出来ない。
サムと昼食デートをした週の日曜日。今日のお昼休みは、オルトと食事をすることになっている。オルトは今日休みらしい。クリスティーナからそう聞いた。
彼と顔を合わせるのは熱が下がった日以来。街を歩いても全然会わない。3回だけ馬に乗って巡回している姿を見かけた。
いつも着ている黒羽コートは目立つから、すぐ見つけられる。彼はニコニコしながら市民に手を振っていた。
1回だけ、若くて綺麗な女性から何か紙袋をもらっていた。あの袋の中身は何だろう。それがもう何日もずっと頭から離れない。
お弁当販売が早く終わり、掃除ももう終わる。オルトとの待ち合わせ時間まで1時間半もある。待ち合わせは13時。オルトが迎えに来ることになっている。
「アルベルティーナ。今日はオルトさんと練習デートだって? せっかくだからゆっくりしてきな。今日は午後も夜も休みに変更だ」
テーブルを拭き終わったアメリアに肩を叩かれた。
「お休みですか?」
「デートの練習がしたいとか、恋が分からないとか、本当にポヤポヤした子だね。まっ、私から見たら丸分かりだけどね」
「丸分かりって、私は誰かをお慕いしていますか?」
誰だろう? デートに誘ってくれた人? それともハリーやサム?
サムかもしれない。彼との昼食は楽しかった。また誘われたら、デートするかもしれない。共通の話題があるのでお話ししやすい。
「ほらほら、早く支度しないとオルトさんが迎えに来るよ」
「早くって、1時間半もありますよ」
箒を奪われ、2階へ行けと背中を押される。階段を登り始めると、アメリアにウインクされた。
部屋に入って出掛ける準備。髪を梳かし直して化粧も直す。
ふと、クリスティーナは毎日違う髪型をしていて可愛いよな、と思った。私はいつもそのまま。
(時間があって暇だし、編み込んで結んでみようかしら)
結ぶものがない、と私はクリスティーナの部屋を訪問。どうせなら服も借りたらどうだろうか。
クリスティーナは色々な服を持っていて、見ていて楽しい。毎日変化する髪型と合わせて、日々雰囲気が違う。
「あら姉さん。どうしたの? 先に休んでごめんね」
「もう大丈夫そうって、足を酷使するからよ。オルトさんとの待ち合わせまで暇だから、たまには髪を結ぼうかなと思って。でも結ぶものが無かったの」
「それなら私が姉さんの髪を結ぶわ」
座って座って、と鏡台前に座らされる。私は手鏡しか持っていないけど、クリスティーナは鏡台持ち。貯めたお金で買ったらしい。かなり値切ったと言っていた。
「髪飾りは何が良い?」
「いつも思うけど、沢山持っているわね」
引き出しからリボンと髪留めがいくつも出てきた。
「貰い物よ。困ります。今回だけはって言って貰ったの」
「本当、ちゃっかりしてるわ」
「今は貰わないわよ。まあ、そもそも口説かれることも減ったしね」
クリスティーナが櫛で髪を梳かしてくれた。
「私も癖っ毛じゃなくて、姉さんみたいなストレートヘアーだったらなあ」
「私はふわふわしているその髪が羨ましいわ」
「ないものねだりね。どの髪留めにする?」
「どれなら似合うかしら?」
「服が先ね」
「服?」
「着替えないでそのまま?」
「ううん。時間があるし、いっそ服も借りようかなって思ったの。貴女、色々な服を持っているでしょう? 私は似たような服しか持ってないわ」
「服屋で働いていたのにね。姉さんは動きやすさ重視って感じ。それなら先に服を選びましょう。ふふっ。小さい頃は良く服を取り替えっこしたわね」
クリスティーナと共にクローゼット前に移動する。中身を見ながら、どれなら似合うだろうと考えてみたが、全部クリスティーナのイメージしかない。
1つずつクローゼットから出して、鏡台の前で体に合わせる。
似合わない。似合わない。似合わない。似合わない。似合わな……。
「クリスティーナ。クリスティーナのイメージが強くてどれも似合う気がしないわ」
「全部似合って見えるけど。姉さん、オルトさんと出掛けるなら、いっそ貰った服を着てみたら? この部屋に置いたまま、開けてないでしょう?」
「クリスティーナ、気持ちが分かったら返すって言ったわよね? それなのに、貴女開けたのね?」
「えへへ、オルトさんのセンスが気になっちゃって」
えへへ、じゃない。と言う前にクリスティーナはベッド下から箱を出した。包装紙が剥がされ、リボンもない。
手渡されたので、ベッドの上に置いて箱の蓋を開ける。最初に飛び込んできたのは白。それから綺麗な水色。鮮やかな水色ではなく落ち着いた色だ。
「ショートケープ」
「寒くなってきたものね」
白いショートケープはシンプルなデザインでフード付き。肌触りが良くて、縁に編んだレースがつけられている。
「風が冷たくて耳が痛くなるから嬉しい」
「それでこっちはワンピース。着てみたら?」
クリスティーナが両手で持って広げたのは、水色のワンピース。こちらもシンプルなデザイン。ただ、襟が詰まっていて、小さめのボタンが沢山。
早く早くとクリスティーナに急かされてワンピースを着て、ボタンが多くて面倒臭いと思った。
すぐ取り出すのが困難なので、笛のネックレスを外に出す。引きちぎられたらどうしよう? と思ったがケープで隠れるのか、と気がつく。
手首まわりが詰まっていて、着るのに少し苦労した。
「腰のリボンは大きめでタレも長めね。でもこれ、ダミーね。結んでも結ばなくても服の形は一緒。姉さん、似合っていて可愛いわよ」
「そうかしら? 変じゃない? サイズはとても合っているけど」
袖の長さ、苦しそうで苦しく無かった襟周り、キツめでも手首が通る袖に足首が隠れるか隠れないかくらいの丈。
まるで私のために仕立てられたような服だ。
「それでね、ズボンもついていたの」
「ズボン?」
「ドロワーズを長くてシンプルにした感じなの。同じ色よ」
渡されたので履いてみる。こちらもボタンが小さくて多い。5つもある。
「さすが防犯対策推進委員会のメンバーね。万が一さらわれて服を脱がされそうになっても時間が掛かりそうな服。生地もボタン縫製もしっかりしてる。犯人がもたもたしている間に、ピーピー笛を鳴らせば近くの騎士が助けに来るわね」
「防犯対策推進……サムさんがそんなことを言っていたわ。そういう意味でこのボタンの数? まさかこの服も特注品かしら?」
「店名カード、姉さんが前に働いていた服屋だったわ。あそこ制服だったでしょう? 店主に姉さんサイズでって頼んで仕立ててもらったんだと思うの」
「まあ」
「靴もきっとそうよ」
クリスティーナがベッド下から箱を出して、蓋を開け、中身を出した。同じ色のヒールの無いパンプス。履いてみて、と言われて靴を履き替える。
「靴もピッタリだわ」
少し室内を歩いてみる。靴の内側のクッションが柔らかくて歩きやすい。
「この服に合う髪飾りを選びしましょう」
「でもどうなのかしら? 気持ちが分かりませんって言っているのに、贈り物の服や靴を使うなんて」
「嫌なら脱げば?」
うーん、と悩む。嫌な訳ではない。でも気後れしている。
「他の服にする?」
「オルトさん、走って逃げやすい服に靴って言っていたの。似合うとかそういうんじゃなくて。身を守る物。そう言っていたわ」
「まあ、もう時間がないから着替えは無理なのよね」
「えっ?」
「その服を着る前に13時の鐘が鳴ったでしょう?」
「嘘。もう待ち合わせ時間じゃない!」
「姉さん、服選びに夢中だったものね。オルトさんなんて待たせておけば良いのよ」
「何を言っているのよ。髪はいいわ。行かないと」
手首を掴まれて、首を横に振られた。
「待てなければ呼びに来るわよ。待たされて嫌なら帰るわね」
帰る? 帰ってしまうの? それだと会えない。かなり久々に顔を見られると思ったのに。
部屋を出ようと歩き出したら、クリスティーナに手首を掴まれた。
「髪留めだけ」
「ありがとうクリスティーナ。」
クリスティーナは白く塗られた木製の花が連なる髪飾りを右側につけてくれた。しかも、サッと髪を編み込んで。素早い。
「姉さん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
屋根裏部屋を出て、1階に向かう。妙にソワソワする。心臓の音が大きくなった気がする。
オルトはカウンター席で何かを飲んでいた。マグカップなのでコーヒーだろう。アメリアと談笑している。
服はいつもと同じ。休みと聞いていたのに隊服だ。それから黒羽コート。いつもと同じで騎士だと示す腕章も付けている。
「オルトさん、すみません。遅れてしまって」
「おやアルベルティーナ。見ない服だね。良く似合っているよ。じゃあね、オルトさん。2人とも行ってらっしゃい」
アメリアがにっこりと笑い、厨房の方へ消える。オルトがゆっくりと私の方を見て、笑顔を消し、目を丸めた。ほぼ無表情。ジッと私を見ている。
服の感想は特にないらしい。贈った服が似合うとか、似合わないとか、着てくれたんだとか、何もないようだ。
「あの、オルトさん。すみません、遅くなって」
「いえ。そんなに待っていません」
オルトは眉間に皺を作った。怒ってる? しかし、ふと思い出した。
『表情筋に力を入れないとヘラヘラしそう』
「あの、ヘラヘラしてはいけないのですか? 顔に力を入れ続けるなんて疲れそうですけど」
待たせたから、怒っているかもしれない。でも違うかも。
「むしろ、ヘラヘラしても良いんです?」
「睨みのような顔をされて、鈍臭いから呆れられて嫌われたのかなと思っていたので、笑っていただける方が嬉しいです」
瞬間、オルトはへにゃっと笑った。よく見かける市民に向ける笑顔でも、初対面の日の笑みでもない。ふにゃふにゃした柔らかい眼差し。
なんだか体が熱い。ショートケープやズボンで暑いのだろう。……違う。これは照れだ照れ。こういう考え方をポケポケしていると言われるんだ。
「行きましょうか。クリスティーナがお店はオルトさんが決めてくれると言っていました。よろしくお願いします」
「こちらこそ。貴女が帰る前に2人で食事に行けるなんて嬉しいです」
私から目を逸らすと、オルトは立ち上がった。いつものニコニコとは少し違うけど、ニコニコしている。恥ずかしいけど、笑ってくれるのは嬉しい。




