34 笑顔の連鎖
久しぶりに会えて部屋に来たというのに、何故か早々に何かに挫けているジルベルト。元気にしてあげようと、リリアナは話題をふることにした。
「今日は正装してますね。とってもカッコいいですよさすが王太子殿下! 私はどうです? こんな立派なドレスいただいちゃってありがとうございます、似合ってます?」
ジルベルトは首を動かすようにしてチラリと横目でリリアナを確認した。
「着させられ感が見事」
「……褒めてないなそれ」
リリアナは半目でジットリと王子を睨んだ。
「ちゃんと見たら、ちゃんと褒めてやるよ」
「今見ればいいと思います。今褒めればいいと思います」
「……お前に情緒はないのか、ないな」
ジルベルトはやっと上体を起こしたが、前髪をかきあげながら溜息をついている。
「やけにお疲れですね。鋼の精神力が変態レベルの王子様なのに」
「癒しのはずの場所が過激だからな」
「やだ、今日は大人しくしてましたけど?」
「そりゃよかった。……でも、退屈じゃないか? なんか言いたいことあれば、俺にちゃんと言えよ」
ジルベルトが急に真っ直ぐ見つめてきたせいで、リリアナは自分の心臓の脈打ちの激しさを意識した。
サラサラの銀髪が、かきあげられたことで少し乱れていて、自分が外したとはいえ、いつもピッチリと閉められ隠れていた喉元や首筋が妙に色気をはらんでいる。
なんとなくモゾモゾと、ソファの端へと後退するように身じろぎした。
「全然大丈夫です。あれこれ便利グッズ考えてますから。あ、そういえばひとつ。あの石使いたいなと思って。あの世界を覗いてもっと思い出そうかと思ってるんですけど」
「あれはもうダメだ、使えない」
「え?! なんで?」
「割ったから、俺が」
「ええっ?!」
信じられないとばかりに大きく瞳を見開いて、リリアナはあえて置いた距離を詰め、前のめりでジルベルトを覗き込んだ。
「ウソ! え、なんで?」
リリアナの記憶の中で、ジルベルトは壊れ物を扱うように大切に石を籠から取り出していた。綺麗に磨かれていた石はピカピカで、彼がどれだけ宝物としていたか窺えるほどだったのだ。
「大事にしてたんじゃなかった? あんなすごい力を持つ石なのに? 絶対ジルベルト様の創作に役立つのにっ」
「……大事だよ、大切だった。だけど俺は、あの石でまた失うところだった」
ジルベルトの真剣な眼差しが降り注ぐ。
「ロレットが言ってた。リリアナ、お前があっちの世界で子供の俺を助けようとして、事故死したと」
「え? え?」
「あれは俺だ。俺がバカな願いをしたせいで、なんの関係もないリリアナを巻き込んでしまった。向こうでは実体のなかった俺を庇って」
リリアナは混乱しつつも、あの瞬間のことを思い起こす。確かに、抱きついたつもりだったけど、その感覚はなにもなかったような気がする。
「リリアナ、お前には悪いけど、俺はお前を向こうの世界に帰すつもりないから」
「ジルベルト様」
「お前を独占したい。だからお前を必ず俺の妃にする。わかったか?」
じわじわと実感していく。彼が本気で自分を伴侶と望んでくれていることを。得体の知れない、なおかつ出生も不確かな、良くて平民の身であるのに。
「私で、いいんですか?」
「お前がいい」
「こ、後悔しませんかね?」
「するもんか」
「妃として相応しいとは、誰も思わないだろうし、認められる自信、ないですよ?」
「そんなもの関係ないな。新しい妃像がリリアナになるんだから」
「でも」
「なんだよ、俺と一緒にいたくないのか?」
「いたいですっ」
被せるように反応したリリアナに、ジルベルトは噴き出した。
「じゃあ、問題ないな」
王族スマイルでもなく、いつもの冷やかしの表情でもなく、素直に嬉しそうに素朴な笑顔をこぼすジルベルトに、リリアナは耳まで真っ赤にしつつも、頷いた、二度。
そんなリリアナに感化されたのか、ジルベルトもまた顔を徐々に赤く染めていき、なんとなく辺りを落ち着かなくキョロキョロしたのち、俯いているリリアナの顔にそっと自分の顔を近づけていったのだ。
**
それから何ヵ月か経った頃には、リリアナは正式に王太子妃としてジルベルトと婚約を結ぶこととなった。
ジルベルトの熱心な説得と根回し、各領地からの圧力、何故か城内での一部ストライキ等により、国王周辺が折れた形となった。
そんな経緯の中で、とある日に王太子といずれ妃となる姫が“お披露目会”をすると発表したものだから、城内の庭の一角に大勢のメイド達が集まった。中にはヴェラ女官長やテレーザ女官長、チェルソン侍従長や、騎士のニコーロ、こっそりとロレット弟殿下まで顔ぶれが揃っていた。
「パーティーかしら」
「晴れて結ばれたお二方ですもの、目一杯お祝い申し上げたいわ」
「でも誰もパーティーの準備してないらしいわよ」
「極秘だったのかしら」
メイド達は口々に確認しては首をかしげていく。
皆のざわめきがピークになったところで、ついにジルベルトとリリアナが二人揃って登場した。
「忙しい中、こんなに多く集まってもらって申し訳ない」
ジルベルトが眩しい笑顔で、そう切り出すとリリアナも、
「ついに私達二人の、愛の結晶をお見せすることができます!」
と、ご機嫌で声を張る。
庭にどよめきが起きた。
「え! いつの間に?!」「婚儀前に?!」「なんとめでたい!」
など、阿鼻叫喚となる。ちなみにテレーザの顎は開いたまま塞がりそうもない状態だ。
「アホ、言い方」
「え、間違ってないでしょ?」
ガックシと頭を垂れたジルベルトに、リリアナはキョトンとしている。
「愛はつけときたかったんだけど。結晶のほかに何か言い方あるかな」
「わかった。とりあえず結晶の件は、今夜しっかり教えてやる」
ジルベルトの流し目に、リリアナはピクリと肩を震わせて、ひとまず、首を横に振っておいた。
「では、さっそく見てくれ。見てもらったほうが早い」
ジルベルトは颯爽と歩き、大きな布が被せてある場所まで皆を案内した。
そしてリリアナと二人で布を捲ると、そこには大きな井戸のような円形の構造物があった。
「これは“洗濯キ”というリリアナ発案の絨毯専用洗濯装置だ。中に回転する羽根をつけてグルグル回して水洗い出来るようにしてある」
メイド達はビックリしつつも歓声を上げながら集まって、中を覗いたり周囲の水流装置を確認して喜んだ。
「リリアナ様、ジルベルト様、ありがとうございます!」
重労働であった絨毯の水洗いは、メイド達にも大きな負担だったのだろう。うっかりして、いつものようにリリアナの手を取って喜ぶメイドもいた。
「本当はもっとね、大きい水車みたいなのでバッシャンバッシャン叩きつけ洗いとかね、構想あったんだけどね、まあ第一号ってことで皆で使おうね」
「リリアナ様ー!」
何故かリリアナの周囲にだけ人だかりができて、ジルベルトはなんとなく面白くない。
そこへスッと横に、ロレットがやってきた。
「さすが変人の兄に、お似合いの人ですね」
「そうだろ? 手、出すなよ」
ロレットは大袈裟なほど首を振ってみせた。
「そこまで冒険者じゃないんで」
「あはは」
怒るでもなく愉快そうに笑って、皆に囲まれているリリアナを見つめるジルベルトの横顔を、ロレットは不思議そうに眺めつつも、フッと笑みをこぼして同じく視線を前に戻した。
マルクレン城に、笑顔と笑いの絶えない日々が続いていく。
fin




