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魔法使いの黙示録  作者: SETO
vision1.魔法使いは英雄足りうるか?
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seen5.運命の刻

その音は誰もが聞いていた。何かガラスのようなものが派手に割れる音。創立以来7年間、一度も破られたことのない結界が砕けた音だった。

学内にいた誰もが戦闘態勢に入る。高校生以上はほとんどがニグレド級魔術師。少なくとも自衛のための戦闘力はある。小・中学生は教師の引率に従って避難を始める。報道者達も事前に政府から通達があった通り、危険な校庭ではなく校舎内へと駆け込んで行く。

校舎内であれば教師がいる。基本学科以外の魔術を教える教師達は誰もがアルベド級かそれ以上。身を守るならばそれが最も安全だった。


少なくとも高等科以外では。


他の校舎とは打って変わり、高等科は静かであった。何故ならこの校舎には魔法使いがいる。その点で言えば学園のどの場所よりも安全に違いない。体育の授業中だった生徒達のみが慌てて校舎内へと入った。

人による襲撃である以上、地震などからの避難とは話が違う。校庭などに立って的になるよりは教師が集まって籠城に徹した方が良い。この学園に入った時から生徒達は何度も聞かされてきた話だった。

特にこの学園は政府が主導で運営する学び舎。魔術という独占技術を扱うことからも、万が一の際にも即応部隊が駆けつける手はずと成っている。事実すでに結界が破られたことは詰所に知らされており、即応部隊が出撃している。


だがそれも、照史にとっては邪魔でしかない。今この時、外部からの手出しは無用だ。勿論、そんな訳にいかないことは分かっている。だから、照史はそれができなくなるような舞台を整えることにする。


「お嬢ちゃん、用意はいいか?」


「ええ、覚悟はできています」


そう答えた翔子の声は震えていた。時が来た。そのことを翔子は痛いほど感じていた。襲撃が起きたことだけではない。自分の膨らんだ腹の中のものが確かに蠢いたことを感じたのだ。

翔子には確信がある。ソレが外に出るまで、そう時間はない。そしてソレが出てくる時、自分の16年という生は終わるということの。

そしてそれを目の前の魔法使いが晒し上げる。そのことを分かっていながら翔子は頷く。どちらにせよ死ぬのならば、せめて堂々と。自身の余命を言い渡されて以降、翔子が常に抱いてきた想い。例えそれが超越者に強いられてのことであっても、自分らしく。


照史はその内心を読み取って苦笑する。ああ、この子は自分に似ていると。この少女と先を共にする未来は確かにあった。それでも選んだのは自分自身。

自重を噛み潰してその一歩を踏み出した。


「さあ、学園の諸君。校庭へ行くぞ。襲撃者とご対面だ。なに、誰も傷つけはさせないから安心してついてくるといい」


その声は大きくないはずなのに、不思議と学園全体に響き渡った。

教室を出る。その横をファムが、後ろを翔子と困惑顔のクラスメイトたちがついて行く。だがそれらを魔法使いは一顧だにしない。その足に淀みはなく、皆が靴を変えようとする際も黙って歩き続けていた。

その異様な雰囲気に飲まれ、結局生徒達は上履きのまま外へと出た。その表情は流石魔術師の卵といったところか、気丈であったがその奥の恐怖を隠しきれてはいない。この文明社会、天敵のいない日本という国のただの学生が死の恐怖を払うには魔術師であるというファクターでは足りない。

目の前の魔法使いだって、いざという時本当に自分たちを助けるのかは分からないのだ。


照史はそんな生徒達の不安を見て取って、その上で鼻で笑った。


「ほら、来たぞ」


もう遅いっつーの、と。


照史の目はとっくの昔にそれを捉えていた。黒い神官服に身を包んだ場違いな者たち。その先頭に立つ男が悠々とこちらへ向かって歩いてくるのを。

男の手が軽く振られる。それに合わせて突如、生徒たちの列のど真ん中に苛烈な円柱が立ち昇る。神秘を探求する者なら誰でもわかるほど、その魔術は神秘性に満ち溢れている。そんな高貴とも呼べるほどの炎がそこにいた生徒たちを包んで燃え上がる。

誰かが呟いた。


「ル、ベド級?」


それは魔術師の最高峰。魔法の域一歩手前とすら言われる魔術の使い手。

理解できないほど強力な味方と、理解できる範囲で最強の敵。どちらが人心を揺らすかと問われれば、ほの答えは後者である。ましてやこの学園の生徒たちは低級魔術師ばかり。その恐慌は当然のものとして巻き起こった。


「こ、殺されるっ!!」


「うわあああーーーっ!!」


死の未来を叫ぶ者。意味をなさない悲鳴をあげる者。様々であったが、その恐慌は僅か数秒しか持たなかった。


「あ、あれ……?」


最初に疑問に思ったのは誰だったか。結論から言って、炎に包まれたはずの(・・・・・・・・・)生徒本人(・・・・)である。

誰もが、炎を放った魔法協会の魔術師すらもが唖然とする中、魔法使いが嘲笑混じりに言い放つ。


「悪い、”見間違った”わ」


なんだそれは。


その場全員の総意を無視して、照史は嗤う。


「風呂みてえに気持ちのいい温度だと思ったんだがなあ。悪いな、おっさん」


「そ、そんなデタラメがあるか!!」


「いやいや、炎の温度なんて感じなくなって久しいからさ。つい、ね」


つい、だと!?そんな簡単な言葉で済ませていいものではないだろうが!

魔術教会のルベドを冠する魔術師は内心叫ぶ。自分だって、似たようなことはできるだろう。炎の魔術ならば、自身の領域でなら可能だ。だがそれを、全く別の概念の魔術師がやってのける。その異常が吐き気を催す。


「そう嫌そうな顔をするなよ。誰にでもあることだろ?見間違いなんて」


「どんな、どんな原理でそんな芸当をしておるのかは知らぬ。だが、魔法使いとて所詮は人よ。ルベド級五人を相手にどこまで持つのか見せてもらおうではないか」


「原理?原理ってお前、そんなん簡単だろ?」


ーーー視る概念の魔法使いが見間違えたんなら、それは世界の方が間違ってんだよ。


ルベド級が五人という、常人なら絶望とともに平伏すであろう些事(・・)など気にもとめず、魔法使いは一歩踏み出す。


「さあ、魔法協会の魔術師ども。演出に付き合ってくれる今日は大サービスだ。お前たちの望んだ魔法を好きなだけ盗んで行け」


ただし、生きて帰れるのならな。


魔法使いの嘲笑とともに舞台の幕は上がった。


それから数分後、突然上がった火柱に遅れて駆けつけた学園の生徒達は眼前に広がる光景に戸惑いを隠せない。それは学外から集まった報道者たちも同じだった。

見るだけで怖気の走るような神秘の詰められた魔術の数々。そしてそれらを何もせず棒立ちで受け止める男。この場にいる誰もが知っている。その男が魔術を極めた魔法使いであることを。しかしそれでも、その光景はあまりにも異質だった。


何故ならば、魔法使いはただ立ちつくすのみで何もしていない。そう、何もである。そこに神秘はなく、また真理もない。超越者は何をせずとも必死の神秘を受け止めていたのである。


「な、何だよあれ?」


「や、やっぱり魔法使いってバケモンだったんだな……」


明らかに人一人殺すのにはオーバーキルな火焔を平然と身に受ける異色な光景に、報道陣の一人が呟いた。それを耳ざとく聞きつけたのか、照史はそちらを振り返る。


「化け物とか失礼だなあ。こんなのまだまだ魔術の範囲なんだぜ?魔法なんて使っちゃいないっての」


「と、どういうことなのでしょう?」


「あ、そう言えばもうテレビ回ってる?こんだけ攻撃されてるんだから正当防衛でいいのかねえ?ま、いいか」


照史は一つ頷くと、いつの間にか魔術を放つことをやめた魔法教会の魔術師に向き直る。


「さあて、なんで効かないのか不思議そうな顔してるが、こっちこそなんで効くと思ってるのか疑問だね。俺の概念を知らないわけじゃ無いだろ?」


「ああ、視る魔法使い!だが、視る魔術でそんなことできるはずがない!そんな戦闘にも向かぬ魔術如きでなぜ私の魔術を受け付けぬ!?」


ーーーハッハハハハハハッ!!!!!!


ルベド級魔術師の問いに、魔法使いは哄笑をあげる。天を向き、それはもう可笑しそうに。釣られて横にいたファムですら忍び笑いを漏らしている。


「いやいやいや、お前ら誰があの覇龍を倒したと思ってんだ?あんまり笑わせんなよ。死ぬかと思ったじゃねえか」


くつくつと未だに残る笑いをこぼしつつ、両手を広げる。


「俺は視る魔法使いだぞ?視るってことは知るってことだ。原理無視の魔法ならともかく、法則に基づいて現出する魔術の構成ぐらい見えて当然だろうが。魔術の三大原則忘れてんのか?」


一つ、魔術とは世界を改変する故に常識に囚われてはならない。


一つ、魔術とは神秘を知る者にのみ与えられる。


一つ、神秘とは即ち知恵である。知識こそが魔術師の根源と知れ。


「魔術師の戦闘ってのは、要するに知恵比べだ。身に蓄えた知恵がそのまま魔術師の力量だ。魔術師の戦闘において、いかに相手を上回る神秘で圧倒するかが勝敗を分ける。

知っている神秘を重ねたところでダメージは通らない」


それは、つまり。


「ならばき、貴様に魔術などなんの意味もないのか!?目の前に立った時点で勝ちなどあり得ないというのか!!」


「いや、それはちょっと違うな。生まれた時点で、だ。俺には過去も未来も超えて人の認識を超えた数の世界の全てすら見える。生まれた時点で、存在している時点で俺を殺そうなんて思い上がりも甚だしい。

ルベド級が五人?おいおい、そんな気概で挑んでくんなよ。俺を殺したいなら魔法使いを千人は連れてこい」


さあて、世界の皆さんこんにちは。名乗りが遅れてすいません。私の名前は能見照史。

存在すらなら全て超越する、視る概念の魔法使い。字名は《全知》。以降よろしく。


魔法使いの名乗りが、世界へと配信される。世界中の誰もがその男の異質さを知る。誰も、誰もが見ることすら叶わない高みから、魔法使いは笑みを向けた。

物理も魔術も、真理すらも超えていく、無敵の字名を持つ男は場違いなほど明るい声で語りかける。誰もが薄ら寒いものを感じつつも、声一つあげられない。報道陣も、魔法教会の魔術師も、学生達も。魔術が浸透してきたからこそ、照史の言葉の意味がわかる。

翔子もこと此の期に及んでようやく理解していた。ファムの『瞬きの間にあまねく世界のすべての生命を途絶えさせることができる』という言葉が、それこそなんの誇張ですらなく厳然たる事実であるということを。


「よし、そこの魔術師どももう気は済んだか?そろそろ俺も反撃させてもらおうかと思うんだが、死ぬ準備はいいか?」


最早、魔術師達は言葉も出ない。何をしようと勝ち目などないことを知ってしまったから。指一本動かせず、覚悟を決める暇なく、その光景を目にする。


ーーー世界が、割れる。


照史の背後の世界が比喩でなく割れていく。学生達はそれが魔法の前兆であることを知っている。その裂け目から幾千幾万と覗く瞳の数々が、どうしようもなく突っ立っている魔術師達を睥睨する。



「そうだな、ハンデをやろう。お前らを殺す魔法を発動する前に一言ずつ解説を入れてやるよ。運が良かったら生き延びられるかもな」


それではまず一つ。そう前置きがなされ、魔術師達は慄く。


「よくさあ、小説とかであるじゃん?”視線が貫く”って表現」


言下、三十人はいた魔術師達の内、半数が胸を視線に貫かれて死んだ。呆気なく、なんの抵抗もできず。倒れた男達の左胸には拳大の穴がぽっかりと覗いていた。

誰も何も言えない中、魔法使いが次の宣誓をする。


「次は、そうだな……。”見抜く"ってのは技術とか思考に使う言葉だが、物理的に使ったらどうなるかな?」


そしてまた、魔法が音も立てずに振るわれる。それだけで残った半数のうち、さらに半数が地に伏した。照史の足元には、いくつもの脳髄が転がっている。

あまりのグロテスクさに何人かが吐きそうになるが、照史がそれらを意図的に”見間違える”ことで死体全てが存在ごと消失した。血痕一つ残さず、綺麗に。


「最後は、ちょっと大胆にいくか。”見切る”って言葉があるだろ?もう、言わなくても分かるよな?」


誰も、何も答えない。言葉にする意味もない。それはもう、明らかだった。

背後の校舎ごと、目に付くもの全てが両断される。バラバラになって崩れ落ちる魔術師達は数瞬のちにこの世から消滅し、校舎もいつの間にか復元されている。

およそ、戦闘とも呼べない。いやもはや虐殺や蹂躙と呼ぶことすら烏滸がましい、ただの結果のみがそこに残った。何も残らないという結果だけが。


ふう、と照史は一息をつくと居並ぶカメラの方にその体を向けた。


「さあ、世界中の皆さん。前座は終わりです。今のは簡単に言えばデモンストレーション。俺が、魔術師がどんな力を持っているのか。その力が無ければこの先どうなるか。あと数分で世界は変わる。変わった世界を生き抜くために何をするべきなのかよく考えていただきたい」


今起きたことを前座と言い放ち、世界に向けて宣告する魔法使いに誰かが身震いした。


「まあ、みんな知ってると思いますが、この世界以外の世界では魔物と呼ばれる存在がいます。生まれつき魔術を扱う獣やバケモノ。そういった類。

それがこの世界にも生まれ落ちる日が来ました。この世界では長らく魔術が廃れ、魔術的要素を持つもの自体が生まれにくい土壌でした。


しかし10年前、この世界は魔術を知りました。いや、思い出した。


結果、長く魔術を探求しなかったツケが最悪の形で結びを付けました。この世の全ての存在が、魔物を孕む可能性を得たのです。それも他の世界よりはるかに強力な個体を。そして、その一人目がここにいる少女。私が今ここにいるのはその少女が心置き無く死ぬ手助けをするため。

ここにいる少女が死ぬことで世界の変革は完遂され、世界は現代から神話の時代までひっくり返されることとなる」


魔法使いの語る話はそこにいる誰からしても現実感のないものだ。魔術が消えてからそれこそ千数百年、そんなものは現れた試しがないのだ。当然のことだろうと照史は思う。

しかし、得てして変革というものは誰もが想像もしない形で進行するものである。


「未来も過去も全てを知る俺からの予言を報せよう。


これから街で、海で、砂漠で、草原で、戦場で。ありとあらゆる場所で唐突に産まれるだろう。魔術という抵抗手段を持たない国々は壊滅的な打撃を負い、魔術を得た国ですら、上手く対策できなければ数百万が死ぬ。


この世界らしく英雄は生まれず、種としての人類が変化を迫られる。時代が来てしまったんだよ」


どこか自分に酔ったように語る照史を不気味に思う視線が灼く。


「ようこそ地球。魔術の世界へ!!」






言い終わった瞬間、その時誰もが視線を外していた少女から呻き声が上がった。

ぽっこりと膨らんだその腹から、その体の数倍の大きさの首が飛び出した。物理的法則を超越して生まれ出でたそれは、高らかに産声をあげてその威容を示した。



グルオオオオオオオオオオオッ!!!



魔術の浸透した世界にあって最大の脅威と呼ばれる怪物。この世界ではおとぎ話の存在。智慧ある蛇、ドラゴンが世界にその存在を知らしめた。それはつい数分前まで存在していたルベド級魔術師よりも遥かに強い神秘を振りまいている。


誰もが腰を抜かし、立てなくなっているその場で照史とファムだけがそれを黙って見つめている。音にもならない微かな声で、照史は呟いた。


ーーーせめて苦しまないように。








…0…0…0…0…0…








その時、その瞬間、翔子は確かに知覚していた。自身が死んだことを。

だからこそ、今自分の意識がここにあることが疑問だった。だがそれも、身に滾る神秘と体躯の巨大さから、自分が何になったのかを悟ったことで消えた。


翔子自身が(・・・・・)ドラゴンとして(・・・・・・・)そこに立って(・・・・・・)いるという事実(・・・・・・・)


その驚愕さえも過ぎ去ってみれば何も残らない。翔子の心に残っているのは、ただ納得のみだった。

つまり、翔子の腹にあった魔術というのは『魔物を産み落とす』魔術などではなく、『自身を魔物に生まれ変わらせる』魔術であったのである。道理で魔法教会が動くはずだ。

疑問だったのだ。翔子から見て、先ほどの魔術師達は高々魔物を生む程度の魔術を必要としているとは思えなかったからだ。そもそも、魔法教会の目的は魔法に至ることであって世界征服だのといった陳腐なものでは無いと、他ならぬ照史が言ったのだ。

しかし、自身を変革してより高次の存在へと作り変える魔術ならば話は違う。それは確かに魔法使いへと至る為に有効なものだろう。ニグレド級でしかなかった翔子がこれほどまでの神秘を手にしているのだ。これがルベド級だったならどこまでいけるというのか。


そしてもう一つ。照史の言葉の意味もことここに至って漸く翔子にも理解できた。


「心置き無く死ねるように」


何度か聞いたその言葉は文字通り、何の気兼ねなく死ねるようにしてくれたのだ。最早翔子の声帯は人のものでは無い。いくら語りかけようと人が、少女の腹から飛び出した龍という怪物を放っておくはずもない。

父でさえ、それが誰なのか分からず龍を恨むであろう。そうでなくとも娘が人で無くなるなどという事実は、より父を憔悴させただろう。

そして今ここでならば、翔子はクラスメイトや友達に攻撃されるようなこともなく、照史の手で死んで行ける。照史のあの力ならば、痛みを感じることすらないだろう。


あれだけ理不尽に振舞って翔子を怖がらせても、基本的に照史は優しかった。その死に関わること以外で照史は確かに翔子に寄り添ってくれていた。


そして、その死すらも照史は考えてくれていた。


翔子にとってはそれで十分だった。今の翔子には最早魔法使いに近いレベルの神秘が宿っている。その概念は記憶。照史の半生も、彼が見渡すその先も、今の翔子には見えていた。

彼が14日前に何をしたのか。それも翔子は知っている。それが彼の目的に対してどのような影響を与えるかも。


美山翔子は悲劇のヒロインでなくてはならなかった。


それがなされなかったのは、その過程がカットされたから。その心遣いがひどく心に沁みた。



ーーーだから、せめて。



彼の心に少しでも報いる為に翔子は口を開く。身に宿す神秘とは別に種族として生まれ持ったと自然に分かる、龍の息吹(ドラゴン・ブレス)を放たんとする。その時だ。


照史がこちらに向けて微笑んだのが見えた。


次の瞬間、すべてを灼き払わんとブレスが放たれる。しかしそれは照史の手の一振りで翔子もろとも真っ二つに切り裂かれた。しかしその余波は照史の守らなかった範囲を破壊し尽くした。


轟々と空気が鳴動する音を遠くに聞きながら、翔子の意識は今度こそ闇へと沈んでいく。


どうでしょう?悪役らしくできたでしょうか?怪我人はいないといいのですが……。アナスタシアさんには悪いことをしましたね。お父様は今頃悲しんでいるのでしょうか?そうだといいですね……。


訥々とそんな思考が巡り、最後に想ったのは。


「照史さんの戦いが、良い結果で終わりますように」


死に際にこそ光る、甘やかな初めての想いを胸に抱いて、美山翔子の生は幕を閉じた。

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