1-1
どこまでも続くエメラルドグリーンの海。水平線は白く輝き、太陽からふりそそぐ光を海が静かに受け止めている。その海の上には緑豊かな島々が浮かんでいる。
「はいチーズ」
私の構えたスマホの画面には首を少し傾げて画面の真ん中に写る姉と、その両隣りにいる両親が写っている。視線をスマホから被写体に移動をさせるとそのままの体勢で動かない姉と両親がいる。声を掛けてから写真を撮るまでの間にしばらく同じ体勢でいることを姉は何とも思っていないのかな恥ずかしくないのかなと私はいつも思う。こんな首を傾けてかわい子ちゃんみたいなポーズをして待ってるなんて死んでも嫌だ。
「夏実も入ろうよー」
「別にいい。はい、撮ったのチェックして」
「良い感じ。年賀状の写真に使ったら良いじゃん」
「もうそんなに出す人もいないけどねぇ」
スマホを姉に渡し、スマホを覗いている両親と姉を無視して反対側の船首へ行った。一緒にいたらまたすぐに撮影係にさせられちゃうもんね。私はこの景色を眺めていたいのに。
エンジン音とも、船体に打ち付ける波の音ともとれる大きな音が響いている。時おり波の上に勢いよく乗り上げ、視線も体も上から下へとぐらりと落ちる感覚になる。その度にお腹がくすぐったく感じ、誰にもわからないように顔を下に向けて密かに笑いをこらえているのだった。まるでジェットコースターに乗っているよう。
さすがに手すりにつかまっていないと何かの拍子で海に放り出されそうだと、フェリーが海を進みながら作り出す2本の波を見つめながら思った。こんなに船体が揺れることは珍しい気がする。今日は少し波があるのかもしれない。
しばらくすると大きな赤い門がくっついている桟橋が見えてきた。この景色は前に来た時と変わらない。青や水色の海や空の優しい色合いの中でこの赤色だけは景色に似合わないといつも思っていたけれど、ペンキを塗り直したのか太陽光で表面がてらてらと光り、遠くからでも赤色はさらに目立っていた。赤色だけは風景に溶け込んでおらずやっぱり似合っていないなと思う。
船が桟橋に着いたのか、がくんと大きく揺れたあと
「ほら、夏実行くよ」
母に声を掛けられ、両親の後ろを急いでついていった。
フェリーを下りて赤色の門を通る頃には不思議とアンマッチな赤色のことはすとんと忘れ、目の前に広がるのどかな風景にすっかり心を奪われるのであった。ふと後ろを振り返ると、今まで乗っていたフェリーと赤色の門、そして後ろに広がる海の色が爽やかで、あんなに似合っていないと感じていた赤色も逆に目立って映える……っていうんだっけ。エモい……だっけ? 思わずスマホを取り出しパシャリと撮影した。
撮影した画像を見返すと映えてて良い。夏らしくて良い感じ。画像の映えを気にするなんてこれじゃあ姉と一緒だ。
軽い足取りで両親の後ろをついていくと、先頭を歩いていた姉の愛海が小走りになった。
「うわぁ! さっそくいるいる! 可愛い!」
姉が向かう先を見ると、もふもふとした毛のかたまりが何匹か集まっている姿が目に入った。
長い耳ところんとした尻尾。うさぎだ。逃げる気配もなく地面をうろうろとしている。
「前よりも増えたんじゃない? 船下りてすぐ。前はこんなとこにもいたっけ?」
「久しぶりだなぁここ来るの」
両親と私も姉に追いつき、しゃがんで茶色のうさぎを撫でている姉の後ろに立った。うさぎは人に慣れているようでただ鼻をひくひくと動かし、大人しく背中を撫でられている。
「ここで餌、あげちゃう?」
「もっと先にうさぎ耳のオブジェあるって」
「あ、有名なとこ。私、そこで写真撮りたい! ほら夏実も触ってみたら? 大人しくて可愛いよ」
「私は別に……」
うさぎは可愛いなとは思うけど、好きでも嫌いでもない。触りたくないわけじゃないけど、姉に促されて触るのはなぜか嫌だった。
「すごく人に慣れてるね。全然逃げようとしないし。可愛い」
姉は母にスマホを渡し、うさぎを撫でている自分を撮ってと言わんばかりにスマホに視線を向けて顔を傾けた。
姉は自分をエモくて可愛く写すことに余念がない。うさぎを触っている時でさえ反射的に顔を傾けにこりと微笑むポーズを瞬時にとれるなんて同じ環境で育った姉妹なのにまるで違う生き物みたい。
母が撮った画像を後ろから覗き込むと、にこやかにうさぎと一緒に写っていて姉はキラキラとしていた。姉もうさぎも悔しいけど確かにエモ可愛い。
私はこんな風には写真に写れない。
「うさ耳のところに行きたい」
「どこにあるんだっけ」
「とりあえずこのまま歩こう」
3人が歩き始めたので私もあとをついて行くことにした。特に行きたい場所も無いし。
さっきまで撫でられていたうさぎは急に姉の手が離れたことが不思議なのか私たちの方を向いて鼻を動かしている。こんなに人に慣れていて警戒心が無くて。可愛いけれど動物としてはどうなんだろうと思ってしまう。余計なお世話だと思うけど。
「いやぁ、ここもすっかり有名になったよなぁ」
「そう? 前から有名じゃない?」
母が日傘を広げるとすぐ横にいる父に傘の先が当たり、父は少し迷惑そうな顔をして母から距離をとった。傘は大きな影を作り、母の体は影の中にすっぽりと入った。さっきまで日傘をさしてなかったのはうさぎを怖がらせない為だったのかな。
「この島がテレビとかメディアに取り上げられるようになったのはここ最近じゃないかなぁ」
「今日はそこまで暑くなくて歩きやすいね。良かった」
「見てっ海きれい!」
前を歩く3人は好き勝手にしゃべっている。それでも嫌な感じが全然しないのはこのゆったりとした時間がそう感じさせるのかも。
左に視線を向けると遠くの島々とどこまでも続く雄大な海と空が続いている。いつ来てもこの景色は変わらない。のどかで静かで大らかで。
私はこの景色が大好きでずっと見ていられる。
「今日って何時くらいに帰るの?」
姉の手にしているハンディファンの風が姉の明るい茶色をした前髪を揺らしている。
後ろに広がる海と青空と。姉が何も考えていない無邪気な顔でこちらに微笑んでいる。
この日の為に着て来たと言っていたエモくて白いスカートがこの景色に映えている。私から見てもとても似合っていて可愛いし、姉もそんな自分自身が好きでしょうがないんだろうなと思った。
姉にとっては海も島もこの景色は全て自分をいかに綺麗にみせるかの装置にすぎないんだろうな。
※あとがき※
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
評価(★)やブックマークは励みになりますので、応援していただけると嬉しいです。
また、本作は大久野島をはじめとした忠海町を舞台にした小説でありフィクションです。実際の歴史的事実とは異なる描写も含まれています。実在する人物や団体とは関係がありません。




