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一揃いの曙光《Quantiz and Synesthesia》  作者: 弥都 史誠
第九章

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22/22

19.背離《する》が如く旅鳥と留鳥の奏鳴曲《ソナチネ》を奏でる、一揃いの曙光。①

 施浴室せよくしつから当てがわれた宿坊へ戻ったワイルアは、南京錠を解錠する。扉を開けると、そこで立ち止まった。

 当たり前だが、中はガランとしている。

 ここからハリアカは自分を見ていた。

 彼と同じ視点から、同じ物を見られた事が何となく嬉しくなる。

 ワイルアは目を細めて微笑むと、扉を閉める。内掛錠のレバーを受け錠に嵌めた。

 月明かりを手掛かりに、部屋の灯りを点ける。

 持っている鍵と南京錠を壁のフックに引っ掛けると、自分の荷物へ向かった。

 スーツケースから折り畳みのハンガーを幾つか出して、それに濡れたタオルと下着を引っ掛ける。

 その濡れた物を干せる場所は無いか、室内を一巡して、仕方なく細く狭い窓枠に何とかぶら下げた。

 窓にはカーテンも無く、まぁ…丁度良いか、とも思った。

 ふと、窓の外を見ると、門の方から二つの蝋燭の灯りが寺院へ向かって来ていた。ぼんやりとした小さな灯りは、二人の僧を暗闇の中、浮き上がらせる。

 静かに寺院に消えて行った灯りは、修行僧たちの規律正しい生活を象徴しているかのようだった。

 ワイルアは僧を見送ると、毛布を広げる。その下からゴザが出て来た。

(……? これを敷いて寝るのか)

 やはり施設の備品は、ゲストハウスの方が整っているし、観光客用に揃えてある。

 しかし、これも現地の人々のリアルな生活を体験出来る、と毛布を置くとゴザを絨毯の上に広げた。

「──あぁ、そうだ」

 と、カメラの充電器、それから海外旅行用変圧器を取り出す。

 コンセントを探すと、サイドボードの下方に隠れるように、二口縦に並んでいた。

 そのコンセントに変圧器を差し込む。次にカメラの電池を嵌めた充電器を変圧器に接続した。

 これで明日の撮影の準備は出来た。

「──携帯も充電しないとな…」

 着ていたベストのポケットの一つから携帯電話を取り出す。

 画面を見ると、メールが何件か来ていた。

 その中の一件は、写真家仲間からだった。

 それを開く。

『おい、ワイルア。今度はどこに行ったんだ? 帰って来たら連絡くれ。』

 写真学校の同級生から送られて来た内容は、それだけだった。

 ワイルアはニヤリと笑うが、堪え切れず鼻で笑ってしまう。

 行き先はいつもと同じ貧困国。

 そこで人々の暮らしを切り取っている。

 しかし──。

 今回は違う。

 そう、恋をしてしまった。それも同性に。

 ワイルアは携帯電話とノートパソコンを持って、ゴザの上で胡座をかく。

 再度ノートパソコンの電源を入れて、今日撮影した写真の確認作業を始めた。

 市場の写真から始まり、子供たちの写真。

 そして一枚の写真で手を止める。

「──やっぱり、これが今日の一番だな」

 タプの樹の下で子供たちに囲まれたハリアカが、カメラに向かって微笑んでいる。

 この瞬間の彼は「子供たちのハリアカ」ではなく、「俺だけのハリアカ」だった。

 ワイルアはその写真を携帯電話へ転送する。

 これでいつでも、何処でもこの写真を見返す事が出来る。

 携帯電話に転送されたのを確認すると、ノートパソコンの電源を切る。

 そして部屋の灯りを消すと、窓から差し込む僅かな月明かりを頼りに、ゴザの上に横になる。

 硬い寝床に眠れるか心配になりながら、毛布を被った。

 明日は街へ出て銀行に行って…。

 いつの間にか、意識を手放していた。

 

 

 …ドンッドンドンッ! ドンドンドンッ‼︎

 扉を激しく叩かれる音で目が覚めた。

 ワイルアは驚いて、飛び起きようと上体を起こす。

「──腰、いってー」

 硬い寝床で腰を痛めていた。

 その間も扉のノックというには激しい音は続く。

「ワイルアー! 起きてーー‼︎」

 扉の向こうから聞こえるこの声はフイだ。

「フイ、まだ寝てるよ」

 遠慮がちにフイへ話しかけてるのは、アタアフアだ。

 ワイルアは腰を庇いながら立ち上がる。

「ふあぁ…今、開けるよ」

 欠伸をしながら、ヨロヨロと扉に向かう。

「鍵、壊しちゃおうぜ」

 これはランギだ。

「ダメ! そんな事したら、ハリアカが怒られちゃう!」

「ワイルア、追い出されちゃうよ」

「あはは…そうだよな」

「だから、ワイルア! 早く起きて‼︎」

 ワイルアは解錠すると、扉を開ける。

「おはよう…」

 まだ眠気が覚めないままに、目の前の三人の子供に挨拶をする。

「おはよう、ワイルア!」

「おはよう‼︎」

「…おはよう、ワイルア」

 子供たちはきちんと身なりを整えて、揃いの生成りの布鞄を肩から斜めに掛けている。

「お寝坊さんに朝ご飯よ」

 フイの両手には、使い込まれたブリキのワンプレートがあった。まだ湯気が立っている少し茶色の飯と、横に豆と野菜を使った赤茶色のペースト状のおかずが乗っている。

 湯気と共に、香辛料の香りがして、ワイルアの腹を刺激する。

「冷めないうちに食べてね」

 アタアフアはそう言うと、フイの後ろに隠れた。

「ハリアカがワイルアの分、取っておいてくれたんだ」

 ランギが自分の手柄のように、少し自慢気に言う。

「炊き出しのご飯は早い者勝ちだからね」

 はい、とフイはワイルアにプレートを差し出す。

「あ、ありがとう…」

 まだ半分寝ぼけているワイルアは、プレートを受け取った。

「じゃあ、食べ終わったら、あそこに持って行って!」

 フイが指差した方を見ると、大勢の人だかりが出来ていた。

 食事を用意している者、順番を待っている者、適当な場所で食事をしている者…。

 その中にハリアカは見えなかった。

「──お金は払ってあるから!」

「判ったよ。ありがとう。きみたちは?」

 ワイルアは欠伸をしながら三人に問う。

「俺たちはもう食べたよ。今から学校」

 ランギが元気良く答える。

「ねぇ、帰って来たら、また写真見せてくれる?」

 アタアフアはフイの陰から、遠慮がちに聞く。

「もう、アタアフアはそればっかり」

 フイは少し呆れ気味だ。

「だって、まだ全部見せて貰ってないもん」

 アタアフアはフイの上着を掴んで、訴えかける。

「ああ、良いよ」

 ワイルアは快諾する。

「じゃあさ、じゃあさ‼︎」

 ランギが目を輝かせた。

「──夕飯、一緒に食おうぜ。その後に写真見せてよ」

「うーん、良いけど…夕飯は…」

 ここで了承しても、この子たちもハリアカも嫌な顔はしないだろう。

 しかしワイルアは孤児院の家計事情を察して、言い淀む。

「じゃあ、決まり‼︎」

 ランギはワイルアの言葉を最後まで聞かずに、一方的に決定してしまった。

「──それじゃあ、俺たちは学校に行くよ。また後で!」

「夕飯の時間は六時だから‼︎」

 フイがそうワイルアに伝えると、三人は手を振って寺院の門へと向かって行った。

 ワイルアはプレートを落とさないように持ち直すと、三人に手を振って見送る。

 門を出る直前に、アタアフアが振り返り、手を振って来た。

 そして、門の外で待っている他の子供たちと合流すると、街を行き交う住人の波に消えて行った。

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