リサの次なる目標
「次は、一ノ瀬りさ選手です。彼女はジュニア時代、全ての大会で金メダルを獲得し、8年前の世界ジュニアでも佐藤選手と共に金メダルを獲得しています。彼女はどんな演技を見せてくれるのでしょうか。」
僕たちが座席に着席すると、彼女は、リンクの中央で息を吐きながら最初のポーズを取っていた。緊張しているのか全身震えているように見えた。
「リサ、緊張してるな」
「リサが緊張とか珍しいよな」
「たしかに」
「怪我からの復帰でジャンプ、上手くいってないらしいぞ。」
「そうなのか?」
「らしいぞ」
音楽が流れると、先程までの緊張感とは打って変わった表情を浮かべた。さすか演技者だ。
「大丈夫そうだな。」
「みたいだな」
「3回転ルッツゥゥ…あ…バランスを崩して転倒しました。」
「リサのルッツってあんな感じだったけ?」
「足首が痛むからフリップ寄りのルッツしか飛べないらしいぞ」
彼女は、ルッツとフリップの飛び分けが上手な選手だった。エッジエラーを取られる選手が多い中、彼女は、いつもクリーンなジャンプを飛ぶことができていた。だが足首の怪我の影響でルッツを上手に飛べなくなっていたのだ。
「3回転フリップ…あ!またもや転倒…」
彼女は、転倒した後、左足の足首を気にするような仕草をした。
「リサ、怪我治ってないんじゃないのか?」
「実は、もうこれ以上良くならないってお医者さんに言われたらしい…」
「なんだよそれ?…そんなの聞いてない…」
彼女は、いつも大事なことを僕に言ってくれない。
3回転ルッツとフリップは、転倒したが、その後スピン、ステップ、コレオなどで持ち前の表現力を披露した。
「一ノ瀬選手、素晴らしい演技を見せてくれましたが、ジャンプでミスが出てしまいました」
「そうですね。怪我から復帰してすぐということでルッツジャンプを跳ぶときに足が痛むのだと思います」
「一ノ瀬選手は、ルッツジャンプとフリップジャンプのエッジを正確に踏む選手なので以前のルッツジャンプをもう一度見てみたいですね」
「そうですね。彼女の武器はなんといっても正確なジャンプです。正確なジャンプを飛べる選手というのは、ごく僅かですから、早く元の調子が戻ることを願いたいですね」
彼女は、正確なジャンプを跳べる選手だ。
だがもうそのジャンプを跳べないかもしれない。
それを本人は、分かっていてこの闘いという場にもう一度戻ってきたのだ。
「2年前まではジャンプが武器の選手だなと感じていたんですけれども、今回ジャンプが思うように行かない中、スピンやステップでレベル4を取っていますし、表現面などは、以前よりも増しているように感じました。」
実況者の言う通り、彼女は、決してジャンプだけの選手ではない。
それは、この会場にいる全ての人が分かっている。
そして多くの人々が彼女の演技に励まされ、感動している。
観客たちは、立ち上がり、国旗やリサの名前入りバナーを持ちながら彼女に拍手やエールを送った。
そんな気持ちとは、裏腹にリンク中央にいる彼女の目には、大粒の涙が流れていた。そして肩で息をしながら精一杯観客たちの声援に応えるようにお辞儀をしている。
そして彼女は、鬼塚コーチが待つリンク外へと向かった。
「リサ!あなたは、エンジェル!」
5歳ぐらいの少女がリンクに天使のぬいぐるみを投げた。
それを見た観客たちは、リンクに花束や手紙付きのぬいぐるみを投げた。
彼女は、そのぬいぐるみを抱えて、リンク外へと向かった。
「リサ!よくやったわ!」
鬼塚コーチが彼女を抱きしめると、
「うわぁぁぁんうわぁぁぁん」
彼女は、安心したのか大声でしゃくり上げるように泣いた。
そんな彼女に上着を着せて、水を渡しながらキスアンドクライへと向かった。
椅子に座ると、ぬいぐるみの中にある1通の手紙が目に入ってきた。
「りさ、えんじぇる、すき。がんばれ」
5歳の少女からの手紙だった。引いていた涙がまた戻ってくるのを感じた。心の底から嬉しかったのだ。
「一ノ瀬選手の得点、101.03点、総合得点151.06点です。暫定1位です。」
「暫定1位となりましたが、後15名残っているので表彰台は厳しいでしょう。一刻も早く怪我から復帰することを願いたいですね。」
アナウンサーの言葉が彼女に現実を突きつけてくる。そして彼女の綺麗なジャンプは、もう戻ってこないことを知った僕は、より一層心が苦しくなっていた。
下を向きながらもぬいぐるみに力をもらった私は、控室へと向かった。
控室に到着すると、
「リサ、お医者さんが言っていた通り、ジャンプを跳ぶことは、もう厳しいと思うわ」
鬼塚コーチからハッキリと言われてしまった。
自分では、本当は、分かっていた。もうジャンプは、飛べないことを。でも信じたかったのだ。
私は、また以前のように跳べると。
どれだけ跳べなくなっても、跳べていた頃の自分を決して忘れることができない。
始めから跳べなければ良かった。
そう私に思わせるほど辛いことだった。
「嫌です。諦めるなんて。どうしてもオリンピックに出たいんです。今まで2回チャンスがあったけど、行くことが出来なかった。4年後のオリンピックに必ず行きたいんです。お願いします。」
私は、どうしてもオリンピックを諦めることができなかった。
舞斗が二度見た景色を私も見たい。それだけだった。
でも正直行けないことも分かっていた。
コーチに否定されるだろう。
そう思っていた。
だがコーチは、私が想像もしていなかったことを口にしたのだ。
「リサ、アイスダンスに転向する気はない?アイスダンスならジャンプを飛ばなくていいし、あなたのステップや表現力を活かすことができるわ。」
「え?アイスダンスですか?」
「今から始めれば4年後に代表に入れるチャンスもあるわ。アイスダンスは、30歳になってもできるからね。」
私は、コーチの言葉に混乱した。今まで全く考えてこなかったからである。
「今度トライアウトがあるから是非受けてみない?」
「…少し考えてみます。」
そう言って私は、インタビューエリアへと向かった。




