最後の大会
「佐藤選手、お疲れ様です。今日の演技を振り返っていかがですか?」
僕は、インタビューを受けながら、控室前にあるモニターから流れてくる映像が気になっていた。
「最後は、17歳の新星ワンフェイロン選手です。優勝するためには、217.31という得点が必要です。果たして超えることはできるでしょうか。」
最終滑走者のワンフェイロンの演技が始まった。
「今大会を出場すると決意した際に点数にこだわるのではなく、表現しようと思っていました。それが実現することができ嬉しく思います。」
「ああ!コケた。」
「惜しいなぁ。」
「今の5回転?」
「うん。」
「降りたら世界初?」
「おう。」
モニター前に集まる人々の声が聞こえて来る。モニターが気になって仕方がない。だが、僕は、今インタビュー中だ。
「今回のフリーの曲を側にいてくれる君にした理由をお聞かせください。」
僕の目線が他を見ていると気づいているのにも関わらず、記者の方は、僕に対する質問をやめない。早くモニターで彼の演技を見たい。僕は、そんなことばかり考えていた。
「側にいてくれる君への映画を鬼塚コーチが観て、僕に合うと思うと勧めてくれたのでこの曲に決めました。」
「えええ。」
「抜けた?」
「アクセル?」
「うん。」
「トリプルかな?さすがにクアドじゃないか?」
「いや今の感じは、クアドな気がする。」
彼は、冒頭の5回転トーループで転倒、続く4回転アクセルも抜けてしまったことが遠くにいる僕にまで届いた。その瞬間勝利が僕まで近づいてきたのだ。だが僕は、勝つためだけに出場した訳ではない。勝利のその先にあるいつまでも手の届かないものを手に入れようとしていたのだ。
「そうだったんですね。最後に来シーズン以降の進退についてお聞かせください。」
「来シーズンについては少しゆっくり考えたいと思います。また決まり次第皆さんには伝えたいと思っています。」
記者の質問にしっかりと答えられていたのだろうか。それ程僕の全神経は、モニターの向こうに映し出されるワンフェイロンの演技に夢中だった。
「ワンフェイロン選手の目に大粒の涙があります。そしてその場に崩れ落ちます。」
ワンフェイロンが跳んだ全ジャンプのリプレイ映像がモニターに映し出される。それを食い入る目で見る出番が終わった選手や関係者たち。
その映像は、会場内のモニターにも映し出されていた。
「こちらのアクセルは、踏み切る前に力んでしまったように見えましたね。」
実況者とアナウンサーたちの声から彼の演技が終わったことが分かった。残すは、点数のみだ。ますますモニターに注目してしまう。
「ワンフェイロン選手の得点、210.03点、総合得点325.05点、最終順位は2位です。」
「まいとだあああ!!!」
「すげぇぇえ。」
モニター前にいる大人たちや選手が一斉にインタビューエリアにいる僕の方を向いた。
「佐藤舞斗選手、世界選手権優勝が確定しました。今のお気持ちをお願いします。」
僕の目からは、大粒の涙が溢れてきた。
あれ程インタビューで、
「優勝は、目指していない」
「今回の試合は、表現するために出場した」
と言ってきたが、僕もアスリートだ。勝ちにはいつでもこだわっている。
負けるのが怖かったのだ。
オリンピック2連覇した直後のこの世界選手権。逃げることだってできた。現にオリンピックメダリストたちは、欠場する選手も多くいる。
逃げなくて良かった。
出るという選択をして良かった。
そう思えた瞬間だった。
「舞斗!やったなぁ!!!」
「舞斗、おめでとう!!!」
インタビューを終えた青木と鬼塚コーチが駆け寄ってきてくれた。僕たち3人は、興奮がおさまらなかった。8歳から共に歩んできた仲間とお互い最後の試合で一緒に表彰台に登ることができた。こんな幸せなこと自分の人生に起きても良いのか。3人で写真撮影を行い、初めて会った時のこと、これまでのことなどを懐かしく語ったのだった。
「それでは、女子シングルフリースケートを開始致します。」
会場内に女子シングルの試合が始まることがアナウンスされた。
「あ!完全に忘れてたわ。」
僕たちと話をしていた鬼塚コーチがアナウンスと共に何かを思い出したようだった。
「リサの演技が残ってたんだった。私行かなくちゃ。じゃあね。」
そう言ってコーチは、その場にあった荷物を持ち、抱えながら猛スピードで走り去って行った。
「え?先生忘れてたってこと?」
「そうなんじゃね?」
「ハハハハハハハハ。」
2人で今までで1番笑った瞬間だった。
「俺らもリサの演技見に行こうぜ。」
「そうだな。」
僕たちもコーチの後を追って、観客席へと向かった。




