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18 嘘はほんのり紅く

「真里。久保田君との出会いから今までの経緯を説明してもらおうかの。」


 真里はフーッと軽く息を吐いて呼吸を整えた。


「先日、紀夫さんとはSNSというネットの世界で知り合ったとお答えしました。」

「うむ。」

「お爺様。インス○グラムというSNSをご存知ですか?」


 今日、兼吉に説明するにはSNSの具体名を挙げなければならない。

 紀夫のFBのコンテンツが空っぽなのを真里は確認済みである。

 一昨日、他にSNSはやっていないのか?と紀夫に尋ねると、インス○グラムなら更新していると紀夫は答えた。FBよりインス○グラムの方が紀夫的には使いやすかった。

 真里もインス○グラムのアカウントは作っていた。ROM専ではあるが。紀夫のインス○グラムを確認する必要があるので、アカウントを教えてもらい、フォローを入れた。



「真里。儂がデジタル音痴なのは知っておろう?」


 カッカッカッと兼吉は笑った。


「お婆様は?」

「私は知ってるわよ。写真を知らない人と見せ合うのよね?写真写りの良い事をインス○映えって言うんだったかしら。」


 貴美子の認識も少し危ういので、真里はインス○グラムについて、二人に簡単にレクチャーしてから話を続けた。


「半年ほど前になります。学校の友人が三年生になったらバイクの運転免許を取りに行くという話をしてきました。私はその話を聞きながら、バイクと言うキーワードが気になり、インス○グラムを検索するとバイクを写した写真がたくさん表示されました。それらの写真を眺めていると、黄昏時のオレンジ色に染まる海辺を背景に、バイクの逆光シルエットが綺麗な写真にふと目が止まりました。」


 真里が近藤に左手で合図をすると、近藤は真里の側まできてタブレット端末を渡した。真里はタブレット端末でインス○グラムアプリを起動すると、お気に入りとなった紀夫の写真をディスプレイに表示した。


「お爺様。私が心を奪われた写真がこれです。」


 タブレット端末を兼吉に見せる。隣の貴美子も体を兼吉に寄せ、表示された写真を覗き見た。


「ほぉ。」

「あら、素敵なお写真ねぇ。」


 二人は紀夫の写した写真を素直に称賛した。


「この写真を投稿した方が他にどんな写真を撮られているのか気になり、貪る様にして投稿写真を見ていました。すると素敵な写真が、他にも沢山あったんです。」


 真里はタブレット端末を二人に見せながら、人差し指を画面に触れては上に滑らせる。画面がスクロールする。

 紀夫のアカウントには、愛車の写真が何枚もアップされていた。ツーリング先でのスナップという事で、いずれも背景が異なる。ハーレー以外のバイクの写真もあった。ヤマハ、カワサキ、ホンダ、スズキ。外国車だとBMW、ドゥカティ、トライアンフ…。ツーリング先で出会ったライダー達のバイクだと紀夫は教えてくれた。

 ネイキッドやスーパースポーツなどの違いはあれど、どのバイクもヨーロピアンタイプである。それらのバイクよりも、ハーレーのどっしりとした雰囲気が好みだなぁと真里は改めて思った。


「私はすっかりこれらの写真の虜になり、この写真を投稿している人と一度お話しをしてみたいと思いました。」

「話すと言っても、どうやって話す?連絡先など知らんじゃろ?」

「はい、知りません。でも段階を踏めば不可能ではありません。インス○グラムアプリにメールの様なメッセージを送る機能があります。私はこの機能を使って写真の投稿主にメッセージを送り、しばらくして返事をいただきました。その返事をくれたのが紀夫さんでした。その後、メッセージでお互いの連絡先を交換して、SNSの外でも連絡を取り合えるようになりました。連絡を取り合ううちに、私の中には紀夫さんにお会いしたいという感情が湧いてきました。」


 紀夫は真里と兼吉のやり取りを黙って聞いていた。下手に口を挟む事により、真里の作り話に綻びが生じてしまう可能性があるからである。


「知り合ったきっかけはわかった。しかし、なんという奇遇じゃ…」


 兼吉は紀夫を見た。


「空港での一件、説明してくれんか?」

「はい。」


 真里は姿勢を正し直した。


「まずはお見合についてです。当初はお爺様の面子もありますので、お見合いをしてから断れば良いと考えてました。」

「では、そうすれば良かったではないか?」

「はい。本当にそうするつもりだったのです。空港に到着する前までは。空港に着いて、ロビーを歩いていると出発待ちをしていた紀夫さんを偶然に見かけてしまいました。私は嬉しくなり、思わず紀夫さんのところへ駆け出してしまったのです。」

「何故、会った事がないのに久保田君だとわかったんじゃ?」

「それは簡単な事です。紀夫さんはインス○グラムにご自分の顔が写っている写真を投稿されていましたから。」

「なるほど。ではもう一つ質問じゃ。久保田君と結婚の約束をしたと言うたのは何故じゃ?今までの話からすると、事前に約束しておらんかったのじゃろ?」

「はい。約束はしていませんでした。」


 紀夫には楓という恋人がいる。それを隠して事前に真里と結婚の約束をしていたとなると、紀夫の事を結婚詐欺だと非難される可能性がある。それだけは避ける様に真里は答えた。


「今振り返ると、これからお見合いという結婚を意識するシチュエーションと、紀夫さんに会えたという気持ちの高ぶりから口にしたのかもしれません。あの時、紀夫さんを見つけて私は思ったのです。結婚するならこの人としたいと。私の中の女の堪が、紀夫さんが理想の殿方だと。」

「その時に恋に堕ちたという事か。」

「はい。」

「わかった。真里、ひとつ訊く。真里は久保田君と結婚前提で付き合いたいか?」

「はい。」


 兼吉は紀夫に視線を移した。


「久保田君。」

「はい。」

「吉田楓さんの事じゃが。」


 真里の顔が引きつった。紀夫の表情は変わっていない。


「単刀直入に訊こう。別れるのかね?」

「今はまだ、どうすれば良いのか結論がを出しかねてます。」

「それは真里をふるという事も含んでいると受け取って良いかの?」

「はい。そうなりますね。」


 兼吉はしばし黙り込んだ。

 紀夫はティーカップを手に取ると口に当て、アールグレイを一口(すす)った。咥内にベルガモットオレンジの香りが広がる。


 兼吉は再び真里に視線を戻した。


「真里。」

「はい。」

「一年の猶予を与えよう。久保田君の出向期限が切れるまでに、久保田君を堕としなさい。」

「はい。お爺様、ありがとうございます。」

「では、この話はここまでで良しとするかの。」


 兼吉は立ち上がると貴美子に「行くぞ」と目で合図して部屋を出ていった。貴美子も立ち上がった。


「真里、頑張るのよ。紀夫さんも満更ではないみたいだし。」


 貴美子はそう言って紀夫にウィンクすると部屋から出ていく。茶目っ気がありすぎて、『この人本当に還暦過ぎてるの?』と紀夫は思ってしまった。恐るべき美魔女である。


 部屋に残された真里の紀夫は、お互いの顔を見合ってホッと一息ついた。


「大丈夫なのか?」

「何がです?」

「あれだけ嘘を並べて。」

「嘘も方便です。」

「それ、誰得なの?」

「バレなければ大丈夫。勝てば官軍です。」

「その思考はどこで学んだ?」

「帝王学ですね?」

「なんで疑問形?」

「気にしたら負けです。」


 真里はティーカップを取り、口に当てがう。


「会長の口から楓の名前が出た時は少し焦った。」

「お爺様の事ですから調べはついていると思っていました。想定内です。」

「それでか。結婚を約束した仲という設定を無くしたのは。」

「ええ、そうです。楓さんが存在する限り、その設定はあり得ませんからね。私の片思いという設定の方がしっくり来ると思いましたので。」


 紀夫は考え込んだ。兼吉は楓の事を早い段階で知っていたはず。真里が婚約者だと空港で言った事は嘘だとわかっていただろう。佐々倉の情報収集能力からするとお茶の子さいさいのはずだ。

 紀夫の出向や父親の異動は、真里を伴侶とする婚約者という立ち位置で実行されたと考えていた。だが、紀夫は婚約者では無いと兼吉は認識していた。では何故、出向や異動がなされたのか?真里が紀夫を堕とすという保証もない。疑問だけが残る。


「……おさん、紀夫さん。」


 真里に呼ばれて紀夫は我に返った。


「紀夫さん、どうかした?」

「ちょっと考え事をしてた。すまん。」

「いえ、それなら良いけど。難しい顔してたから…」

「真里。これからの俺たちの関係ってどういう位置づけになるんだ?」

「そうですねぇ…強いて言うなら、蛇に睨まれた蛙?」


 真里はコテンと首を傾げた。


「勘弁してくれ。」

「ジョークですよ。ジョーク。」


 真里は手にしていたティーカップをソーサーに置いた。カップの縁には、ピンク色の唇の跡がくっきりとついていた。

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(`-ω-)y─ 〜oΟ

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