第八話:交渉
当面は雑用などを行う甲板員、兼、営業として、雇われることになった。
このスラントに来たのは、荷物の運搬。荷を降ろしたら、新しい荷を積み込む。空輸で空荷で飛ぶことはまずない。燃料代で足が出てしまう。今はその作業を、ベルさん、スタンレー少年、シスカ(シスカでいいと言われた)がやっている。
その間に社長と俺は、営業ということで、ここまで来た。営業といっても俺には経験がないし、何をやればいいのかさっぱりなので、とりあえずは社長の鞄持ちということになっている。
ついて行った先は、大きな屋敷だった。敷地が広すぎて、門から玄関まで、車でしばらく進まなくてはならなかった。
その屋敷もおおきく、中をしばらく歩き、二階の応接間に通された。そこは広大な庭を一望できる、眺めがいい場所だった。
「この話、受けてはいただけませんか、船長」
男は真剣に問いかけてきた。
その男は、縁のないバレル型の眼鏡をかけてはいるが、下に覗く鋭い目を、柔和にはできていない。秘書然としているが、間違いなく暗殺者だ。本気になればおそらく視線で殺す。サイドを刈り上げ、髪を纏めて、清潔感があるビジネスマンと見えなくもない。やっぱり見えない。
対して隣に座る女性は若かった。俺よりも歳下。明るい金髪を結い上げて、高そうなドレスっぽい服を着ている。見るからにお姫様という感じの彼女は、実は、本当にお姫様なのだ。
彼女は、プロメテス王国第13王女、ミリアム。
このプロメテス王国は、今の世には珍しい親政を敷いている。もちろん議員や内閣はあるのだが、鶴の一声よろしく、国王が判断を下す権利を有している。すべての法律に口を出すことはまずないが、国防や経済の要の方針に修正力をもたらす。賢王と呼ばれる先王と、後賢王と慕われる今の王様によって、いい具合に国は運営されている。俺が知っているのはこれくらいだ。
そんな家に生まれた彼女は、本来、こんな小さな屋敷(それでも庶民には豪邸なのだが)にいるはずもないのだ。俺なんかが挨拶できることもない。
「今は社長です」
サージ社長は俺と違って、堂々としている。場数の違いか、性格の差か。
ちなみに、社長と呼ばせるのは彼のこだわりだ。陸に上がれば社長だが、空に上がれば一介の船長。空を飛ぶ者に上下はない、という持論なのだそうだ。
ロマンなこだわりには、少しだけ共感できる。
「失礼しました」
社長はゆっくりと、出された紅茶に口を付ける。
俺はそんな気分になれない。急にやらされることになった初営業、その上、王族が目の前にいるのだ。普通に振舞えと言うほうが無理がある。
「どうでしょう、社長」
脅すように、暗殺者が迫る。ユリウスと名乗ったが、本名にはとても思えない。
社長は動じなかった。こういったことには慣れているのだろう。
ゆっくりと、カップを机に置くと、口を開いた。