ここはどこだ?
師匠が戦っている。
あの黒い魔族を相手に色んな魔法を放つが奴には全然効いていない。
そしてメイスで殴りかかった師匠の首を片手で掴むとそのまま宙へ持ち上げる。
苦しそうな師匠。
その手からメイスが滑り落ちる。
掴んでいる腕を殴ったり、胸に蹴りを放ったりしていた師匠だったが、徐々にその勢いは弱くなって行き……そして手足がだらりとぶら下がった。
力なく垂れ下がる師匠の身体。
風に揺れるようにブラブラと……。
「し、師匠ー!!!」
叫ぶと同時に俺は起き上がった。
その瞬間ポトリと俺の手に何かが落ちる。
見ると濡れたタオルの様だ。
少し生暖かい。
「……こ、ここ……は?」
辺りを見回す……全く知らない場所だった。
どこかの部屋らしいが……そこのベッドで俺は寝かせられていた。
日に焼けたシーツとゴツゴツしたベッド。
傍には小ぶりな机と、その上には水の入った洗面器。
そして俺の杖が立て掛けてあった。
部屋は石作りで床は木材が敷き詰められている。
ベッドの反対側にはドア、向かい側には窓があり明るい日差しが差し込んでいる。
外からは陽気な鳥の鳴き声が聞こえてきた。
(さっきのは……夢?)
師匠が首を絞められ死んでしまう映像。
やけにリアルなその映像を首を振って追い払う。
(馬鹿な、あの師匠が死ぬわけねー)
そしてベッドから抜け出る。
立ち上がろうとしてフラついてしまい再度ベッドに座り込む。
足がズキズキと痛む。
ベッドの傍に置いてある俺の靴はボロボロになっていた。
(覚えてねーが、城目指して走り続けたんだよな? ここは王都なのか?)
部屋を再度見回すが、とてもお城の一室には見えない。
かと言って、ここが何処か記憶もなかった。
俺は靴を履くとドアの方に向かって歩き出す。
そこで気付いたが、貰った服はかなり汚れており純白だったはずが茶色くなっていた。
『似合っている』……師匠の言葉がリフレインされる。
チェ! 珍しく師匠が褒めてくれたのに。
少し残念に思いつつもドアを開けた。
「キャア!」
いきなり悲鳴が響き渡り思わず立ちすくむ。
目の前には桶を持った少女が驚いた顔をして動きを止めていた。
(び、びびったぜ〜何いきなり叫んでやがる)
そう思いつつ、
「お、おい、お前大丈夫か?」
「び」
「び?」
「ビックリしたわよ! いきなりドアが開いたから驚いたでしょ!」
未だ驚きの表情のまま、少し怒りながら早口で告げる。
なかなか器用だな、こいつ。
「あ、ああ。 すまねぇ。 今目を覚ましてな。 ここが何処か分からなかったんで」
「えぇ、そうでしょうとも。 だって私が貴方をここまで連れてきたんですもの!」
「ん? そうなのか?」
「ええ。 ビックリしたわよ〜? 水汲みに行ったら井戸の側で貴方が倒れてるんですもの」
「そ、そうか……それはすまない」
(チッ、覚えてねぇがどうやら途中で倒れちまったか)
「それより……もう大丈夫なの?」
「ああ、もう何ともない。 世話になったな、ありがとう」
俺の言葉を聞いて少し安堵したような表情を見せると、
「挨拶がまだだったわね。 私はシーラ=ロザリア」
「俺はルル=ホリィ」
そうして手を差し出してくるシーラ。
俺より明るめの茶髪をおさげにして束ねている。
人懐っこそうな笑顔に少し見えるソバカスがチャーミングだ。
俺より少し背が高いのが尺だけど、明るく元気一杯って感じの少女だった。
オレは手を差し出しシーラと握手しつつ尋ねる。
「なぁ? ところでここは何処なんだ? 王都じゃないのか?」
「何、貴方王都に行きたいの?」
「ああ、ちょいとな」
「そうなんだ? 王都なら……」
そう言ってシーラはスタスタと部屋の中に入り窓際に進むと、
ガチャリ
大きく窓を開け放つ。
外から涼しい風が入りこみ、草の匂いが鼻をついた。
窓際でシーラは外を指差し、
「あれが王都よ」
窓の外は草原が広がり、その向こうには大きな街が見える。
街の中心には大きな城が顔を覗かせていた。
(あれが王都……なんだよ、すぐそこまで来てたんじゃねーか!)
俺は部屋の中に戻り杖を掴むと、
「助けてくれてあんがとな。 わりぃけど俺もう行くわ」
「えぇ!? もう行くの? ルルって倒れてたのよ?」
「ああ、もう平気だ。 それに急がなきゃならないんだ」
(王都に行って兵士に頼めば師匠を助けに行ってくれるかも知れない……早く助けを呼ばないと……)
「待って! せめて食事ぐらい取っていきなさい」
「いや、俺急いでて……」
「と、り、な、さ、い!」
「お、おう」
なんて言うか眼力が凄いと言うか……シーラに気圧され思わず頷いてしまう。
俺って旅に出てヘタレになってねーか?
むぅ……これでも村では一番のガキ大将だったんだがなぁ。
シーラは別な部屋に俺を案内して食事用のテーブルに座らせると、大急ぎで飯を準備し始めた。
俺が急いでいるからか手早く料理を仕上げていく。
パンとチーズ、温かな野菜スープと唐揚げ、飲み物にホットミルクと数分も経たずテーブルには料理が並んだ。
「ハイどうぞ! ただし急いでるからって早食いしない様に! しっかり噛んで食べるのよ?」
飯の匂いが俺の鼻孔をくすぐり、俺の腹がグゥ〜と返事をする。
その音を聞いたシーラが吹き出した!
「あはは! お腹は正直よね! ちゃんと食べるのよ? じゃないとまた倒れるからね」
シーラの言葉を聞きながら、俺は夢中で食べ物を胃に詰め込んでいく。
そして用意された料理は綺麗さっぱり俺の胃袋に収まった。
「ご馳走さま! あんがとな。 美味かったぜ」
「それはどうも、お粗末さまで」
シーラはニッコリと笑うと皿を下げ始めた。
「じゃあ、俺は行くよ。 大切な人が危ないかも知れないんだ」
「えぇ!!」
シーラは驚いて振り返る、そして、
「ご、ごめんなさい! 私ってそれなのに無理矢理食事を取らせるなんて……」
「いや、シーラの言うように食べずにまた倒れたら、それこそ助けを伝えられないからな」
申し訳なさそうに項垂れたシーラに俺は慌てて手を振る、
「じゃあ、行くから! ホントに気にすんなよな? 俺は嬉しかったんだから」
その言葉を聞いて、ようやくシーラに笑顔が戻り始める。
「ありがと。 なんかルルを助けた私が救われた気分だわ」
「ははっ! じゃあ、お互いに助けられたってことで!」
俺は手を振りながら外へのドアを開ける。
風がサァっと吹き抜けて家の中に流れてきた。
俺の目が王都に向けられる。
(あと少し……師匠待ってろよ!)
俺は風の中を走り出した。