IF 獣の哭き声
*四話後からの分岐、もう一つの終わり方。バッドエンドです。
ラザックと婚約の義を交わす日が来た。この五日間、ミュラは侍女を使いカムルク達を逃がそうと模索したものの、成果は得られずにこの日を迎えてしまった。
ミュラは表向きユーランス国とシラナミ帝国の同盟の証として、ラザックの元に王妃として輿入れすることになっていた。
空が赤く燃える頃、ミュラはシラナミ帝国の青い衣装を纏い、薄く化粧を施されて馬車の到着を城門の前で待っていた。
シラナミ帝国の婚約のしきたりは独特で、花嫁と花婿が西と東の城門から出発して、半円を描くように街中を歩み、城と対局の位置にある神殿に二人で入るのだという。国内でも敵の多いカムルクは、ミュラの安全を図るために内々に儀式を行う手はずになっていた。
少しして、兵士が操る馬車がやってきた。これに乗って神殿に向かうのだ。
ミュラは一度だけシラナミ帝国の立派な城を振り返る。カムルク達は無事に解放されただろうか。ラザックは約束を守ってくれただろうか。もはや祈ることしか出来ない。目を閉じれば、カムルクの穏やかな笑みが心に浮かび上がり、切なさが込み上げる。
──さようなら、愛しい人。
ミュラは気持ちを振り切るかのように、護衛兵が差し出す手を取った。
「姫様、お気をつけてお乗りください」
「えぇ、ありがとう。……では、参りましょうか」
ミュラが乗ったのを合図に、馬車はゆったりと動き出した。窓を開ける気にもならず、ミュラは馬車の中で俯いて時間が過ぎるのを待った。この先を思えば、未来があまりにも不透明で心が凍えそうになる。
どれほど進んだだろうか。永遠とも思える時間を感じていた時、 獣の咆哮とも思える声と同時に、外で絶叫が上がる。
「逃げろぉ! ば、化け物だっ、化け物が……っ」
「そ、そんな何故奴がここに!?」
「逃げろ! とにかく逃げて──……」
馬の悲痛な嘶きと共に、馬車が横転した。席から壁に身体を投げ出されて、ミュラは悲鳴を上げた。よろつきながら、馬車の中で色濃い闇に目を凝らす。
「一体、何が起こったの?」
あれだけあった人の気配は一瞬で消え、絶叫が沈黙に変わった。ミュラは打ちつけた身体に痛みを感じながらも、馬車から出よう動き出した。
すると、ゆっくりと馬車の入り口が開き、燃えるような夕日が人影と一緒に差し込む。
「あ、ありが、っ!?」
しかし、言葉は喉の奥で凍り付いて消えた。ミュラの前に居たのは、血に濡れてなお、愛しい人。
気も狂わぬばかりの慕情と苦しみを宿した黒い瞳がミュラを射る。
「皇帝には、渡さない。貴方をこのまま失うくらいなら───!!」
どす黒く濡れた銀の刃が振り下ろされる。
──あぁ、貴方はそんなにも想っていてくれたのね。
ミュラは嬉しさに微笑んだ。
カムルクは血に塗れたミュラの身体を抱きしめて、震える指でぬくもりの残る頬を撫でた。
「……ミュラ様教えてください、どうして私に微笑んだりしたのです……? 切られるとわかっていたのでしょう……?」
どんなに耳元で囁こうとも、ミュラの目は二度と開くことはない。それを知りながら、カムルクは彼女を腕の中に閉じ込めて、放さない。
「……ミュラ様、愛しております……愛して、いるのです……っ」
血に濡れた頬を涙が静かに伝う。絶望の足音を聞きながら、カムルクは愛しい姫の名前を呼び続けた。
鮮血に染まった地に響く声は、哀しいほどに一途な慟哭だった。
IFにお付き合い頂きまして、ありがとうございました。二人を通して何かを伝えられていたら幸いです。