5年前の涙と少年の声
あれから、五年の月日が流れた。
かつて、笑い、遊んだ森の奥の湖のほとりに、小さな墓が一つだけ佇んでいる。
その墓石に埋められているのは、親友クリスタの命石。
そこにはもう、魔力の痕跡すらない。
湖の底には、今も色とりどりの石が沈んでいる。
風にあたりながらスミレは、ふと思い出がよみがえる。
◆
クリスタは、湖で精霊に捧げる歌をよく歌った。
『星よ 輪をひらけ
祈りは 風にのり
心は ほどけ
光へ 還る
名もなき歌は 宙へ昇る』
その歌は、精霊にとって心に刻まれる歌だった。
歌を好んだ精霊は、彼女を愛し子とした。
精霊は、愛し子のお願いなら、なんの代償もなく力を貸してくれる。
ただし、攻撃魔法や防御魔法は使えない。
◆
「クリスタ......また、来たよ」
スミレは一人、車いすを進め、墓の前で手を止める。
指先で冷たい石をなぞり、静かに息を吸った。
「クリスタ......私、あなたがいないと......」
スミレは涙が出るのを必死にこらえる。
「私がもっと早くに魔法を使えていたら......あなたは......」
言葉は途切れ、ほほを涙が伝った。
「ごめん......泣かないようにしてるのに、どうしても涙が出ちゃう」
小さな嗚咽が漏れる。
「クリスタ......ごめんなさい。守れなくて」
そのとき、背後から聞きなれた足音が近づいてきた。
スミレは慌てて涙をぬぐい、音のする方へ耳を澄ます。
「姉さま!!またここにいらしていたのですね」
その声は妹のものだった。その声には、少し焦りが見えた。
「姉上、行くなら俺たちにも声をかけてくださいって......」
続いて、弟の声も届く。
二人は駆け寄り、スミレを囲んだ。
「ごめんなさい。今日はどうしても、二人で話したくて...」
無理に作った笑顔は、すぐに崩れそうだった。
「姉さま......」
妹は一歩近づき、優しく手を包む。
「クリスタが亡くなったのは、姉さまのせいではありません」
その言葉にスミレは、俯く。
「私のせいよ。もし、あの時力を使えていれば......」
その声はあまりにも弱々しいものだった。
「姉上......」
弟の声もかすかに震えている。
後悔と罪悪感が胸の奥で絡み合い、重く沈んだ。
「少し、一人にして」
スミレはそう告げ、車いすの向きを変え、森の奥へと進む。
行き先は決めていない。ただ一人になりたかった。
木々の間を進み、緑の匂いで自分を落ち着かせていると、かすかな血の匂いがした。
「誰か、怪我を?」
匂いを頼りに進むと、茂みの影に少年が倒れていた。
少年の魔力の輪郭が、炭を落としたみたいに濁っている。
呼吸は浅く、うめき声は今にも消えそうだった。
「っ」
嫌な記憶がよみがえる。
自分の手の中で親友が消えていく感覚。
魔力が天へと昇っていく気配。
「今は、そんなことを考えている場合じゃない」
深く息を吸い、スミレは静かに歌い始めた。
『手を伸ばして
その手は 私がつかむから』
少年を優しい魔力が包む。
『光が 消えたその瞳に
ぬくもりを 渡すように
そっと そっと
寄りそうよ
傷ついた その魂を
包み込むように
抱きしめる』
歌が終わると、スミレの胸は少し苦しくなる。
魔力の輪郭が、少しずつ形を取り戻していく。
「うっ」
スミレは手を伸ばし、尋ねる。
「大丈夫?痛いところはない?」
「き、傷が治ってる......
君が、治してくれたのか?何故......」
警戒したようなその声にスミレは、少し悲しそうに俯いた。
「傷ついた人を、もう見たくないの。
......それに、あなたは優しい色をしてたから」
少年は、黙ってしまった。
少しして、ようやく話し始めた。
「そうか......ありがとう、助けてくれて。
俺はルイ。君は?」
「スミレよ。よろしく、ルイ」
こうしてスミレは、ルイと出会った。




