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その先にあるもの

 

 拓哉の住むアパート、つまり会社の前で母親と待ち合わせをしたが連絡はない。時間に縛られるのが嫌いな人だった。良く言えば自由奔放、悪く言えば、言葉が無限に出てきてしまうような人だ。社会のルールや、人間関係における暗黙の規制など、そう言った枠の外で生きてきた人である。子供が欲しいと思えば、どんな手を使ってでも子供を産む。そして、もう要らないと思えばチューインガムを丸めて捨てるような感覚で子供を捨てる。今回、どんなルートで拓哉に辿りついたは知らないが、電話での第一声が『金を貸せ』の時点でその人間性が知れる。



 拓哉は部屋の小さな窓から会社の門を見る──母親らしき姿は何処にもなく、電話もない。銀行の封筒に3万を入れて待つ気持ちは今までに経験した事のない感覚であった。収入からして3万円は決して小さな額ではない。ましてや、これから年末年始で物入りである。その中の3万円は拓哉にとっては本当に痛い出費であった。



 シングルベッドの掛け布団に沈んでいるスマホが鳴る。拓哉は電話に出た。



「もしもし?」


「私よ。分かる? 母親」



 “母親”と堂々と名乗る事にどうしようもない苛立ちが襲う──その一言で、会っていなかった膨大な時間を無駄に浪費してきただけの人生だったんだと分かる。



「何処?」


「寒いから行くのやめたの。こっちに来て」


 ユリも来ると言っていたが、断って正解だった。実は写真の一枚も持っていない。声は記憶の片隅にあったものが運良く出てきてくれたが、容姿は本当に覚えていない。覚えていないというより、あの頃、頭の中にある母親の顔に太くて黒い油性のマジックで塗り潰して、思い出す時は必ずその真っ黒な顔が出るように訓練した。その成果もあってか、どんな顔だったか思い出せない。



「こっちって言われても、そっちが何処か分からないよ」


「代官山よ」


 拓哉は驚く──何故代官山にいるのか意味が分からない。この女に一番似つかわしくない場所だ。



「何で?」


「何でっていけない? お金を借りにきたのよ」


「誰に?」


「誰にって、あんたの会社の若い事務員いるだろ? あの子に聞いたのさ」



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