10話
ユリは車内の暖房の風量を下げた。拓哉の額が少し汗で滲んでいるのが見えたからだ。スマホのスピーカーから聞こえてくる会話は、本当に母親なのかと思うほどの言動が飛び交う。
「刑務所上がりだからな。金はないわな。3万! 3万なら出せんだろ?」
施設の前に置き去りにされてから一度も会っていない──何故刑務所に入っていた事を知っているのか、聞きたいと思ったが、会話を長引かせたくない。ユリとの時間をこんなくだらない事で奪われたくなかったからだ。
「3万でいいなら……」
「大サービスだぞ。その代わり、お前が知りたかった事を教えてやるよ」
「知りたい事? そんなものはないよ。何処で渡す? 振り込みがベストなんだけど」
「金は会ってもらうよ。口座なんかないよ。とにかく、知りたかった事を教えてやる」
「会うって何処で会うんだよ。こっちは顔も見たくないんだ」
「我慢しろ。3万を母親に渡す為に我慢だ。とにかく、明日お前の会社の前で待ってる」
「何時?」
「知るか。連絡待ってろ」
そう言って電話を切られた。拓哉はスマホを握り締めて俯く。どこまでも自分勝手なところも全く変わっていなかった。
「お母さん?」
「……多分」
「取り立ての電話と間違えちゃうよ」
「酷いだろ。酷すぎると思わない?」
正確に何年ぶりかも覚えていない。世間一般では子供で通る年齢だった事は間違いない。忌々しい過去はさっき塊ごと消え失せたはずなのに、元通りに再生されていた。
「何か出来る事ある?」
拓哉はまだ少し冷たいユリの頬を触る。
「そばにいてくれ。君がいないと壊れてしまうかも……」
「……分かった。愛してるよ、拓哉」
「ユリ、愛している」
拓哉は運転席のシートを倒して貪るようにユリにキスをした。彼女と一つにならないと、またあの薄暗い世界に引き戻されてしまう気がした。ユリは何も言わず拓哉を受け入れた。
「……ごめん。出しちゃった」
「……うん。全然。嬉しい。私のマンションに行こう?」
「うん。行こう」
「ごめん。初めてが車とか終わってるよな」
「そんな事ない。嬉しいから」




