第16話 真面目な男
相良は二晩ほど寝ずに策を考えていた。
あかあかと、部屋を照らす行灯の光が相良の横顔を照らす。
筆で何事か書き留めながらも頭の片隅には、あの写真の風景が片時も離れずこびりついていた。
「くそいまいましい!」
言って、書いていた紙を握りつぶす。
幕府と西洋人の間で、何かが取り決められている。
そのことが、腹立たしくて仕方がなかった。
(あの技術を、金を払って幕府のものにするということだろうか?)
それなら、なおさらだ。
(ワシらには何も知らせず、責任だけを押しつける)
「警察は完全に蚊帳の外ですな」
障子がするりと開いて黒崎が音もなく入ってきた。
「責任だけ押し付けられるのは毎度のことだが」
相良は自分の力のなさを痛感していた。
この身分では、何も変えることなどできはしない。
せいぜい、警察と江戸の人々の暮らしを守るくらいだ。
「それで良いのではないですか?」
心をよんだように黒崎が答えた。
相良は黒崎をまじまじと見た。
「最近、みんなワシを慰めるな」
自嘲的な笑みを返す相良に黒崎の目はかすかに暗くなった。
「相良隊長は、真面目すぎる面がありますゆえ」
軽くため息をつくと
「そこがまた、魅力でもありますが」
言って、投げ捨てられた紙を拾った。
「あぁ。
このようにお考えですか」
相良は、黒崎の反応を下から見ながら「ここは、どうしても行きたいと言っておるらしい」と、ため息混じりに指をさす。
そこは江戸でも人気のあるうなぎ屋だ。
「舐めてますね」
黒崎の言葉に相良は思わず声を出して笑った。
久々に笑った気がした。
清雅は高岡と見回りを行っていた。
行く先々で、江戸の庶民から西洋の飛行船のことを聞かれる。
そのたびに二人は「心配ない。警察に任せておけば間違いない」と言って聞かせた。
「警察の人たちがそう言ってくれるなら安心だな」
店先でおじさんが団子を焼きながら清雅と高岡に笑顔を向ける。
「ああやって言ってくれると、俺たちの普段の仕事が意味のあるもののように思えるよな」
高岡は自分の腰の刀に手をやった。
「近衛、お前、あの西洋の技術についてどう思う?」
清雅は回答に困った。
皆とは違い、清雅や一ノ瀬は、ある程度世界の情報に詳しい。
「俺は、恐ろしいと思う」
高岡は足を止め下を向いた。
「知らぬ間に、他の国では人が空を飛んでいるんだからな」
「俺たちは、幕府に飼われているようなものです」
清雅のなかなか過激な言葉に、高岡は驚いて顔を上げた。
「幕府のために働き、武家社会の存続を守る。
それを正しいと信じているから、誰も外の世界を見ようともしない」
「近衛、お前、その発言は危険だぞ」
相手が高岡だったため、つい本音を言ってしまい清雅は苦笑いした。
「お前、よくそんな考えで警察なんかで働いてるよなぁ。変なやつだな」
感心したように言う高岡に、もっと変なのは一ノ瀬さんだと言ってやりたくなった。
「でも、今回の西洋人の護衛だけど、相良隊長は頭が痛いだろうな」
「丸山さんのこともあるから、第二隊からは誰も参加しないみたいですね」
もうすぐ配置の連絡があるだろう。
西洋人の江戸散歩が、何事もなく終わることを願う清雅だった。




