第1話 憧れの警察隊
「というわけで、今回三人の新人隊士の入隊が決定した」
冷たい空気の中、警察隊の全隊士が庭に出て、息をひそめ、直立不動で立っている。
黒い羽織袴を着た、物々しい男たち。
その誰もが一語一句聞き逃すまいと、全ての神経を前で話す男に向けていた。
第一隊隊長 相良 稔光。
この江戸を守るために、幕府が特別な権限を与えた『特別警察隊』の隊長だ。
奉行所を通さず、警察隊自らの判断で、武士をも斬ることができる。
その全ての権限を持っているのがこの相良隊長だ。
―― 二十八歳。
ぎらついた目に、彫りの深い顔立ち。
低くてよく通る声は、年齢以上の威圧感を放っている。
「あぁ。
俺もいずれは……」
「ちょっと、しっかり話を聞きなさいよ」
思わず空を見上げた男……岩崎を、左の肘で小突くのは、今回、共に入隊が決定した同期の榊だ。
隊で唯一の女隊士。
男ばかりのこの職場で、榊は女でありながら武士道を貫き通すつもりだ。
(俺にはできないな)
長い黒髪を頭の上でひとつにまとめ、長いまつ毛に小さな口をした同期を、岩崎は上から下までじっくり見やった。
(どこからどう見ても女だもんな)
もう一度、前で話す相良に目を向ける。
(ん!?)
相良の横に、にこにこと笑顔を絶やさないもう一人の……
「女?」
「バカ!」
思わずつぶやいた岩崎を、またもや榊が小突いた。
「あれは第二隊隊長の一ノ瀬さん!男だから」
岩崎は瞬きをして目を凝らした。
にっこり笑っているため、正直よくわからないが、細身で色白。
男の自分から見ても……可愛い……。
「強いのか?」
ひそひそと声を落とす。
「あんた、ほんとに何も知らないのね。
一ノ瀬隊長は警察隊で最も強い剣客と言われている」
「あれが?」
言って視線を戻すと、一ノ瀬の目線が岩崎を捉えていた。
さっきまで笑っていた顔は一転して厳しい表情になり、首をかすかにかしげている。
あきらかに岩崎を睨んでいるようにも見える。
「……」
(目をつけられたかな……)
脇と背筋に汗が垂れた。
ヘビに睨まれたカエル……とはこのことか。
「以上だ。解散。
新人三人は残れ」
相良のその一言で、集まっていた隊士たちはきびきびとした動きで、自らの持ち場に戻っていった。
相良と一ノ瀬も、そのまま廊下を歩き奥へと姿を消した。
「ふぅー。
なんか、挨拶も紹介もあっさりだったな」
岩崎が額の汗を拭うと、「なぜこの季節に、それだけ汗だくになる?」と、もう一人の新人、同期の神崎が呆れた様子で近づいてきた。
季節は大つごもり(大晦日)も近い真冬だ。
吐く息も白くなるほどの寒さに手と鼻先はすでに赤くなっている。
「岩崎はさっき、一ノ瀬隊長に睨まれていたのよ」
「いらんこと言うな」
岩崎はこの三人の中で一番背が高い。
がたいも良く、いかにも武術をやっている者の体格だ。
一方、神崎は線が細く痩せ型だ。
(正直、こんな細身の奴らばかりで、この警察隊は本当に強いのか?)
自分はずっと鍛えてきた。
体を作ることは精神を強化する上でも重要だ。
先ほどの一ノ瀬と言い、同期のこの二人と言い、武士というにはあまりにも細い。
それが岩崎にはどこか頼りなく、努力を怠っているように見えるのだ。
もやもやと考えている岩崎の前に、もう一人、線の細い男が現れた。
「岩崎くん、神崎くん、榊さんだね」
手を振りながら爽やかに、そしてどこか品良さげに近づいてきた藍色の長い髪をたばねた青年。
「私は第一隊所属の近衛 清雅です」
と、丁寧に三人の前でお辞儀をした。
「は、はじめまして」
とまどいつつ、頭を下げる三人。
「相良隊長から、警察所の案内をするよう言われていますので、今からご紹介しますね」
清雅は人懐っこく笑ってみせた。
―― この冬、
三人の新人隊士が入ると聞いて清雅は内心ウキウキが止まらない。
自分もようやく先輩になれるのだ。
「しっかり面倒を見てやってくれ」
相良は清雅に、隊士たちの世話を一任した。
(九曜、俺が誰かの役に立つ時がくるなど、思っても見なかった)
清雅の腰の刀である九曜は、落武者の妖が取り憑いている。
『主もようやく、一人前と認められたということだな』
九曜の声が頭にこだまする。
清雅はおもわず九曜を撫でた。
『その、動物のように撫でる動作はやめてくれ』
「近衛さんが私たちの指南役ということですね」
清雅よりもずっと強そうな岩崎は、少し清雅を見下ろす格好で鋭く問いかける。
「そういうことになります」
岩崎に話しかけられ、清雅は現実に引き戻された。
「では、まずは宿舎の方から」と、かつて自分が紹介された時と同じように、清雅は三人を迎えるのだった。
庭には、わずかに雪が舞い始めていた。
江戸の冬は、これから厳しさを増していく。
そして――
この三人を待ち受ける警察所の日々もまた、決して穏やかなものではなかった。




