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37話 令嬢たちに突き飛ばされた

 ロドレームは会計を済ました後、ルーリアの元へ戻った。


「お待たせ……って、なんでしゃがんでるんだい?」

「ロドレーム様のせいですよ!」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にさせたルーリアがしゃがみ込んで、目をうるうるさせながらこちらを見る様は、とても愛らしいものだった。

 思わず、口元を片手で覆ったくらいだ。


「ご、ごめんね? ええと……それじゃあ、はい」

「………っ!」


 自分から抱き締めることになれていないルーリアをロドレームは知っているから、自分から甘えて欲しいと思って『会計したら抱き締めて』という提案をしたのだが……やはり、ちょっとずつ距離を縮めていった方が良いのかもしれない。


「ごめん。やっぱり、ちょっとずつ距離を縮めていこうか———って、え⁉︎」

「………………ロドレーム様のバカ」


 抱き締められた。

 しゃがみ込んでいたのに、もう立ってるし、抱き締められてるしで、ロドレームは自分から提案したことなのに頬を染めた。


(提案、して良かったなぁ……)


 そう思った。ルーリアが「バカ」と小声で言ってくるのは、子供にしか見えなくて。愛らしいというかなんというか、控えめに言って愛らしいだった。


「ふふっ、バカで結構」

「あ、その、違くて……! ロドレーム様は賢いです!」


 そう言いながら慌てて距離を取ろうとするルーリアの手を引っ張り、自身の胸板へくっつける。「〜〜〜〜?!」と意味が分からなく声にならない声を出しているルーリアが可愛くて仕方ない。


「ルーリア」

「っ! な、ななん、でしょうか?」


 悪戯するように耳元で囁くと、ルーリアの肩が大きく跳ねた。今の彼女の顔は予想付いているが、見たいという衝動に駆られた。


「顔、見して……?」

「ふぁい!」


 本屋だからというのもあるが、ロドレームはルーリアの声を他人に聞かせないために、防音魔法を自分たちに掛けた。だから今の声も当然、ロドレームだけに聞こえている。

 だが行動は他人に見えているので、そこらへんが気を付けなければ。


「…………うぅっ」

「くすっ」


 ルーリアがゆっくり顔を上げる。

 予想通り、ルーリアの顔は真っ赤になっていた。


「さて! 服屋に行こうか」


 防音魔法を解除して、ルーリアの手を引く。こういう時は、愛しい人をエスコートしたい。そう思うのはロドレームにとって普通だ。

「はい……!」と目を爛々と輝かせながら、ルーリアは返事をする。


「うわぁ……!」


 窓から覗く限り、服屋にはたくさんのカップルがいた。

 友人同士で来ている女子たちもいて、その全員が貴族。ここは貴族御用達の服屋で、ちょっと特別な服を売っている服屋だ。

 


「ここには、お忍びのために平民や商人の衣装を貴族に売っている服屋なんだよ。勿論、貴族が着る普通のドレスも売ってるけど」

「へぇ〜………そうなんですね。ちょっと興味があります……」


 視線をロドレームへ移し、ルーリアは興味を示す。

 ロドレームの言った通り、ここは平民や商人、なんなら魔女の衣装もある。フリフリのワンピースもあって、カップルが来るのも頷けるということだ。


「でも良いんですか? 今の私たち、貴族というよりかは……」


 ルーリアやロドレームは城下街の皆に顔を知られているのでお忍びとは言い難いが、貴族にはルーリアは知られていないため、ロドレームが知られていても不審な目を向けられるに違いない。

 そんな彼女の不安を、ロドレームは優しく拭き取った。


「俺の顔は皇太子ということもあって、貴族の全員が知っているからね。ルーリアのことを聞かれたら、君を世間に広めるチャンスになる。俺の婚約者としても、聖女としても。まぁ、なるべく婚約者ということは公表まで秘密にしたいけど」


 確かに、まだルーリアは聖女として何も成していない。存在自体が貴族社会で消されていたくらいだ。聖女になった今、二属性と聖属性のこの特別な魔法たちを使って国民たちやロドレームの助けになろうと思っている。だが、まだ聖女になって数日。そんなの、アレクサンドラたちのような聖女などにはなれやしない。

 せめて、もっと成長しなければ。


「ありがとう、ございます。ロドレーム様……」

「うん。ルーリアのためなら、なんでもしてあげるよ」

「ふふっ、大袈裟ですよ」


 そうやって二人が笑い合いながら入店すると、ロドレームの予想通り貴族たちが挨拶するために近寄って来た。これから入店するお客様がいないかとルーリアはドアがある後ろを見て、いないのにホッとし前を向く。

 ロドレームの方へ来たのは、侍女と共に来ていた令嬢たちが大半だった。


「ロドレーム皇太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます! この服装、似合っておりますわ! 見惚れてしまうくらいに……」

「殿下、わたくしと一週間後のパーティー、ダンスしてくださいませ!」

「まぁズルいわ! 殿下、わたくしとも……」


 きっと皆、まだロドレームに婚約者がいないと思って誘っているのだろう。

 令嬢たちの勢いに、ルーリアは簡単に突き飛ばされた。残念ながら床に手をつくことが出来ず、腕がズキズキ痛む。そして壁も直ぐ近くにあったため、ゴツンという痛ましい音がした。


「痛い…………」


 よく磨かれた大理石の床ということもあり、ツルツル滑る。腕も頭も痛むが、これもまた慣れてるということ。だから起きあがろうとしたのだが。


「イッ……」

(あれ?)


 なんともないのに、初めて怪我した子供のように涙が出てきた。


「腕の方はなんともない………頭は、結構痛いかも……あ、そうか……」

(私、『痛い』を感じるようになったのね)


 頭がズキズキ痛むものの、こっちには聖魔法がある。頭も腕も、聖魔法で癒せば良いのだ。

 この時ルーリアは自分の身体を治すのに精一杯で、周りのことを見てなかった。


「痛いの、痛いの、飛んでけ〜〜」

「………っ?」


 ルーリアがまずは大切な頭からと己の頭に手を添えて、子供騙しの“おまじない”を唱える。昔からこれを言うだけで少し元気が出るのは、精神的な問題だろう。

 ロドレームがどうしたのかルーリアの方を向く時には、もう遅かった。


 ———眩しい光と、その光についた水滴が、店内に輝いた。

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