浮かれる日々
三年目編11話「帰郷と旅立ちと」https://ncode.syosetu.com/n5561ku/11
の直後ぐらいのお話です。
オリヴィアメインなのでこっちに置いておきます。
エイヌ枝部の司書さんとも少し顔なじみになり始めた三日目の午後。
オリヴィアの個人端末に二件のメッセージがほぼ同時に着信した。
「そういやユーコも行くって言ってたっけ」
ライカとユーコのツーショット画像も添付されたそのメッセージはそれぞれひと言、「行ってくるから」「行ってきます」とだけ。
「あの莫迦、やっと親離れできたか。褒めてやらないと」
ほくそ笑みつつ、オリヴィアは返信画面に切り替える。
「エイヌにいるから一回顔出しなさいよ……っと」
そう返信して読みかけの本を閉じる。
この二年余り。あんのくそ莫迦からあの莫迦に変わり、最近は名前を呼んでもいいかと思い始めるぐらいにはあいつは成長してきた。
少しは、ともd、
「んなわけないじゃない!!!」
顔を真っ赤にして立ち上がり叫ぶ。
当然周囲から白い目で見られ、気恥ずかしそうに座る。
「浮かれてるな……」
この三日、仕事から、普段の環境から離れ、いままで読んだことのない本たちを中心に読んで読んで読み漁り、知識が増える喜びに打ち震えていた。
そういう一日中本を読みふけっていられる生活に、心から浮き足だっているのだと実感する。
「さて、もう閉館だから……」
読んでいた本と読み終えた本の山を書架に戻して夕飯を、と思ったそのとき、個人端末が一件のメッセージを受信した。
「うわ。クレアおばさんじゃん」
眉をしかめつつメッセージを開く。
『夕食一緒にできますか』
絶句した。
しかめた眉間に指を当て、ゆっくりと、呻くように。
「……詳細ぐらい、書けっての」
上司からの呼び出しなんて不穏なものでしかないのだから。
* * *
「どういう風の吹き回しですか。あたしと食事なんて」
場所は互いに気を遣わなくていいだろうと、エイヌ枝部の食堂に決まった。
ならば深刻な話にはならないだろうと、オリヴィアは砕けた口調で話しかける。
「んー、まあ、旦那はまだ点滴生活だし、シーナは忙しそうだし。三日目になるとひとりで食べるのも飽きたなって」
嘘ではないが、本音でもなさそうなのは誰の目にも明らかだった。
「まあいいですけど。面倒ごとなら早めにお願いします。ここのご飯、ちゃんと味わいたいので」
ふふ、と笑みを浮かべて箸を取る。
クレアは刺身定食、オリヴィアはシーフードカレーだ。
海が近いエイヌだからか、魚介類を中心としたメニューが多く、食事面でも風の神殿と違っていて楽しみのひとつになっている。
ちなみに食堂の造りは風の神殿とほぼ同じ。なのでふたりはずらりと並ぶテーブルの一角に向かい合わせで座っている。
「いただきます」
「いただきます」
そのまま雑談交じりに互いに半分ほど食べ進めた頃、オリヴィアが話題を変えた。
「ライカたちはどういう扱いになるんです?」
「出張扱いよ。期限未定で」
「神殿長、よくサインしましたね」
「あー、ハグされたってのろけてたわ」
さすがにむせた。
「ライカが、ですか?」
「うん。わたしも驚いた。あのライカが、って」
テーブルに常備してあるやかんをひったくって麦茶を注いで一気に呷って。
重く深く長いため息を吐いて。
言いたいことは山ほどある。整理が追いつかないほどに。けれどここで口にしてもなにも変わらないし、その矛先である相手の親友であり自分の上司が目の前にいる現状では愚策だと判断し、もう一杯麦茶を呷る間に心の片隅にぎゅっと、米粒よりも小さく圧し固めておいた。
「あんたのそういうところ、好きよ」
「アリガトウゴザイマス」
ふん、と鼻息荒く返し、やけ食いのように残ったカレーを食べ尽くした。そんな彼女を微笑ましく眺めながらクレアも箸を進める。
「で、あたしになにをやれって言うんです? ユーコが同行するならあいつもそこまでの無茶はしないと思いますけど」
どうせまた自分に面倒事を押しつけられる、とオリヴィアは覚悟していた。
「ああ、違う違う。あんたがどうするのかの確認。このまま、マュラが退院するまでこっちにいるなら休暇扱いにして、戻ったら書面上はあんたとシーナとマュラで臨時の班編制にするけど、」
「……けど、なんです?」
「行きたいんでしょ? レオニクス」
結局面倒事を、と勘ぐったが、睨むように微笑まれて違うと察する。
「大丈夫よ。去年のときと違って今回は大勢の大人たちが最初から動いてる。そもそもあんたたちに戦わせたことだってイレギュラーなんだから」
「だったら最初から止めて欲しかったです。そのせいでディルは」
違う。あれは自分の保護術が未熟だったから起きた事故だ。他人のせいにするな。
言ってすぐ唇を噛みしめたオリヴィアに、クレアは穏やかな視線を向ける。
「そうね。マュラがああなったのはあの子自身の未熟さと、なによりわたしの判断ミス。オリヴィアが責任を感じちゃいけないわ」
「でも」
「維穏院に入ったひとが辿る道はふたつ。仕事にかまけて修練を怠るか、それでも懸命に精霊たちと踊る道を進むか」
師匠の目でそう言われ、オリヴィアは思わず居住まいを正す。
「あんたたち六人は、後者を選んでる。誰に言われたわけでもないのに。でなきゃあんな試合できなかったし、いまマュラが点滴生活できてるかもわからない。どれだけ感謝しても足りないないわ」
「ですけど、」
もう、と残っていた味噌汁を飲み干し、
「その人が強くなれる最大の要素は悔しさ。修練のときに何度も言ったでしょ」
「……はい」
大丈夫よ、と勇気づけてクレアも麦茶を呷る。
「んで、どうするの?」
「行かせてください。でも、単独行動させて欲しいです」
「ん。じゃあんたも出張扱いにしておくわね」
ありがとうございます、と頭を下げるオリヴィア。
お礼言われることはしてないわよ、と胸元から端末を取り出し、出勤予定表に記入する。
「でも正直、あんたのことだから実家に帰りますぐらい言うかと思ってたけどね」
「実際、あの会議の朝まではそう思ってました。いつ言い出そうかって算段立ててたぐらいに」
褒めてもらった礼に、という意識も少しはあってオリヴィアは本音を話すことにした。
「でも、あいつが、あんんんのくそ莫迦が、中身五才児だったあいつが、まがりなりにも彼女が出来て、やっと反抗期迎えて親離れできて、彼女のために命張ろうって動いてるんです。だったら少し手伝ってやるぐらいはいいかなって思っただけです」
晴れやかさも滲ませるオリヴィアに、クレアはそうね、と苦笑しつつ頷く。
「でもなんでひとり? シーナは余ってるわよ?」
その名に一瞬眉根を寄せつつもすぐに表情を崩し、
「見ておきたかったんです。ご先祖がここに来る前に暮らしてたっていう、精霊たちのいない世界ってのを」
一旦区切って、クレアを見つめ返す。
「あたし、初見はひとりでっていうタイプなんで」
その瞳は、好きな作品を語る文学少女の輝きに満ちていた。
* * *
クレアとの夕食から一夜明けた朝。
エイヌ枝部にほど近い宿のベッドに寝転がりながら、オリヴィアはつぶやく。
「やっぱ浮かれてるなぁ……」
そうでなければ、あの人にあんな軽口混じりに自分のことを話すなんてしない。
「もういいや。忘れよ」
上司と親密になっておくことは悪いことじゃない。自分の目標である神楽宮への移籍は高難易度の試験以外にも、院長以上の役職からの紹介状が最低二通必要なのだから、と多少打算的ではあるが恥ずかしさを押し流し、ベッドに大の字になる。
「さて、そろそろあいつ来たかな……」
枕元の個人端末を手に取りながら上体を起こす。
昨日の返信には「明日の朝イチの便でエイヌに行く」とあったので、時間的にそろそろだろう。
ベッドから降りて白と青のチェック柄の寝間着から外出着の長袖シャツとジーンズに着替える。一度窓を開けて気温を確認。肌寒いのでカーディガンを羽織って部屋をあとにした。
* * *
待ち合わせ場所はエイヌ枝部の裏口。神殿関係者しか入れない場所で、乗合馬車の発着場にもなっている石畳で舗装された区画だ。
「んで院長が話し付けてくれたから、あんたたちもここの一輪バイク使っていいってさ」
昨日の会食のあと、オリヴィアは出張のための荷物やらをクレアから受理している。
長距離移動用に水素エンジンで動く一輪バイクと、護身用の電気銃だ。
「……ん。悪い」
「あたしが用意したんじゃないわよ。感謝するならあんたのおかーさんと院長にね」
「……お、おう」
どこか晴れない表情のライカに、オリヴィアは隣に立つユーコに視線を送る。しかし困ったような表情で首を振られた。
「しゃんとしなさいよ。やっと親離れできたんじゃない」
「いや、だってよ」
「なによ。もうおかーさん恋しくなっちゃった?」
「……そう、だと思うか?」
「そんなことあたしに訊かないでよ」
「……だよ、な」
こんな不安そうになっているのを見るのは初めてだ。だから少しお節介を焼いてやる。
「あんたさ、ちゃんと向き合って話したことないでしょ」
余計なことだと思いつつ、自分らしからぬことをしている、と自覚しつつ、オリヴィアは続ける。
「どうせあんたのことだから遠慮して、向こうの言うことほいほい聞いてたんでしょ?」
「う。うん」
なによ「うん」って、と苦笑しつつオリヴィアは続ける。
「ま、拾われた年齢さっ引けば十四、五才ぐらいだから適齢期なんだからいいけど、ハタチ前にやれてよかったじゃない」
「そういう、ものなんかな」
「あたしも一瞬だけど反抗期やれたし、あんたも親離れしたほうがいいわよ」
「お前、親って、」
ふふん、と胸を張ってずい、と人差し指を突きつける。
「何回か会ってるの。ちゃんとしたひとだし、仕事とかも尊敬できる。でも、うん。ちゃんと自分の抱えてる思い言えてよかったって思ってる。
あんたもまだあの人のことを嫌いになったんじゃないんでしょ?」
そうだよ、と言い切れないのだろう、とはユーコもオリヴィアも勘づいている。だがそれは口にしない。
「ま、よそ様の家のことなんだからこれ以上口出しはしないわ。仲直りなら自分の力だけでしなさい。いいわね」
「……。ああ」
ん、と返してユーコともうなずき合って。
「あたしもいちおうレオニクスに行くけど、よっぽどのことがない限り援護はしないからよろしく」
え、とユーコが驚きつつ目を見開く。
「オリヴィアさんも一緒に来るんじゃないんですか?」
「残念、あたしは観光するの」
「……はい?」
疑問符を並べるふたりが面白くて思わず吹き出す。
「だって神殿入ってからのこの二年さ、あんたとミューナの面倒事に巻き込まれてたから休暇ついでに精霊たちのいない世界見て回ろうって思って」
「まあ、ミューナとのことは迷惑かけたと思ってる。悪かった。ほんとに」
精神的にまいっている相手に言い過ぎたかな、と思いつつ、オリヴィアは冗談めかして返す。
「いやよ。謝ったって赦さないから。あんたたちのお葬式でねちねち言ってやるんだから」
このやろ、と少し表情を明るくしてライカは睨み付けてくる。
「んじゃあたしはお前の葬式でお前の善行ぜんぶぶちまけてやるよ」
「ぶわぁか。あたしがそんなことするはずないでしょ」
ひさしぶりに聞いたなそれ、と苦笑するライカ。
「まあいいや。……死ぬなよ」
「あんたもね」
その澄み切った笑顔に、どこか不穏なものを感じたユーコが問いかける。
「オリヴィアさん、神殿辞めるんですか? だからさいごにレオニクスに、」
思いがけない問いかけに、オリヴィアはユーコのおでこを指で弾く。
「ぶわぁか。あたしは神楽宮長になるのよ? 前に神殿長のお墨付きも貰えたし、辞める理由がどこにあるのよ。いまは休暇を満喫したいってだけ」
「そっか。ならいいんです」
心底安堵したようなユーコに、若干の後ろめたさを感じつつもきちんと正対する。
「んじゃ、この莫迦のこと頼んだわよユーコ」
「はい。お任せあれ、です」
とん、と自分の胸を叩いて、にんまりと笑うユーコ。
「なによその意味ありげな笑顔」
「いえ。最近、オリヴィアさんがライカさんのことそう呼ぶ理由がやっと分かったなって」
「な、なに、言ってるのよ」
照れたように否定するオリヴィアに、ユーコはただ何度も頷くだけ。
「ったく。もうじき食堂で朝ご飯の時間始まるからなんか食べていくならどうぞ。あたしは別の席に、」
言い終えるよりもはやくオリヴィアは右腕をユーコに絡め取られていた。
「あ、こら」
「だめです。せっかくだから一緒に朝ご飯です。ライカさんも! 逃げない!」
「んだよ。朝メシぐらいひとりで食わせろって」
「なんでふたりともそうなんですか! ご飯はみんなで食べたほうがおいしいんです!」
オリヴィアを左腕に、ライカを右腕に抱えてユーコは食堂へとずんずん進む。
もー、とうめくオリヴィア。ったくよぉ、とぼやくライカ。
しかし、ふたりとも口元は緩んでいた。
プロット組んだ時に出来てたシーンだったので(その時にユーコはいませんでしたが)、表に出せてよかったです。
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