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一二 昔の人 4/7
山口(土淵、遠野の町の北東と境木峠の間)に新田乙蔵という老人がいます。村人は乙爺と呼びますり。
今(明治)は90歳近く、病に冒されまさに死ぬかという時の話です。
彼は遠野郷の昔話をよく知っていて
「誰かに聞かせておきたい」
と口癖のように言いますが、あまりに彼が臭いので立ち寄って話を聞こうという人はいません。
様々なところの館の主(庄屋の事だと思われます)伝記や家々の盛衰、昔より遠野郷に伝わる歌の数々を始めとして、深山の伝説または更にその奥に住む人々の話などは、この老人こそが最もよく知っています。
惜しむべくことに、新田乙蔵さんは明治42年の夏の始めに亡くなられました。(『遠野物語』が発表されたのは明治43年の事です)




