一一九 歌謡 1/1
とにかく長いです。これで最後なので心して見てください
ゲシュタルト崩壊にご注意ください
遠野郷の獅子踊り(鹿踊とも。現在の岩手県、宮城県、それと愛媛県の一部に受け継がれている伝統的な踊りです)に古くから用いられている謡があります。
村によりまた人により微小な相違はありますが、私(柳田國男先生)の聞いたものは以下に記すものです。
100年余り(明治から見て。2021年現在から見ると200年前)昔に書かれたものです。(括弧など装飾の無い文は原典ママ、解説のないところは解説が見つからなかったものです)
『橋ほめ』
まゐり来てこの橋を見申せや、いかなもをざは踏みそめたやら、わだるがくかいざるもの
此御馬場をみもうせや、杉原七里大門まで
『門ほめ』
まゐり来て此もんを見申せや、ひの木さわらで門立てゝ、是ぞ目出たい白かねの門
(椹は檜と近い木)
門の戸びらおすひらき見申せや、あらの御せだい
まゐり来てこの御本堂を見申せや、いかな大工は建てたやら
建てた御人は御手とから、むかしひたのたくみの立てた寺也
『小島ぶし』
小島ではひの木さわらで門立てゝ、是ぞ目出たい白金の門
白金の門戸びらおすひらき見申せや、あらの御せだい
八つ棟ぢくりにひわだぶきの、上におひたるから松
(ひわだぶきは檜皮葺、すなわち檜の皮の屋根)
から松のみぎり左に涌くいぢみ、汲めども呑めどもつきひざるもの
あさ日さすようかゞやく大寺也、さくら色のちごは百人
天からおづるちよ硯水、まって立たれる
『馬屋ほめ』
まゐり来てこの御台所見申せや、め釜を釜に釜は十六
十六の釜で御代たく時は、四十八の馬で朝草苅る。
其馬で朝草にききやう小萱を苅りまぜて、花でかゞやく馬屋なり
(ききやうは桔梗だと予想します)
かゞやく中のかげ駒は、せたいあがれを足がきする
(駒は子馬の意味もあります)
此庭に歌のぞうじはありと聞く、あしびきながらも心はづかし
われわれはきによならひしけふあすぶ、そつ事ごめんなり
(『きによやらひしけふあすぶ』は『昨日習いし今日遊ぶ』だと予想します)
しやうぢ申せや限りなし、一礼申して立てや友だつ
『桝形ほめ』
(桝形または枡形は、日本の城郭の出入り口)
まゐり来てこの桝を見申せや、四方四角桝形の庭也
まゐり来て此宿を見申せや、人のなさげの宿と申
『町ほめ』
参り来て此お町を見申せや、竪町十五里横七里、△△出羽にまよおな友立つ
(△△は原文でも不明です)
『けんだんほめ』
(検断は中世の日本の警察と刑事裁判所をまとめたもの)
まゐり来てこのけんだん様を見申せや、御町間中にはたを立前
まいは立町油町
けんだん殿は二かい座敷に昼寝すて、銭を枕に金の手遊
参り来てこの御札見申せば、おすがいろぢきあるまじき札
高き処は城と申し、ひくき処は城下と申す也
『橋ほめ』
まゐり来てこの橋を見申せば、こ金の辻に白金のはし
『上ほめ』
まゐり来てこの御堂見申せや、四方四面くさび一本
扇とりすゞ取り、上さ参らばりそうある物
(すゞは数珠、りそうは利生(仏様が衆生に与えるごりやく)か)
『家ほめ』
こりばすらに小金のたる木に、水のせ懸るぐしになみたち
(こりばすらは文字が不明です)
『浪合』
此庭に歌の上手はありと聞く、歌えながらも心はづかし
(古語の『恥ずかし』には『立派だ』という意味もあります)
おんげんべりこおらいべり、山と花ござ是の御庭へさらゝすかり
(繧繝縁高麗縁、畳やしとねの最上級品で皇族や摂関家の寝具、神社の内陣などに使われました)
まぎゑの台に玉のさかすきよりすゑて、是の御庭へなおし置く
十七はちゃうすひやけ御手にもぢをすやく廻や御庭かゝやく
この御酒一つ引受たもるから、命長くじめうさかよる
さかなには鯛もすゝきもござれ共、おどのきこいしからのかるうめ
正ぢ申や限なし、一礼申て立てや友だつ、京
『柱懸り』
仲だち入れよや仲入れろ、仲だつなけれや庭はすんげない
(すげないは無愛想、思いやりが無いの意味)
すかの子は生れておりれや山めぐる、我等も廻る庭めぐる
(遠野郷の獅子踊りのお面は鹿に似ているので、重ねているのでしょうか)
これの御庭におい柱の立つときは、ちのみがき若くなるもの
(ちのみがきは鹿の角磨きです)
松島の松をそだてゝ見どすれば、松にからするちたのえせもの
(ちたは蔦です)
松島の松にからまるちたの葉も、えんが無れやぶろりふぐれる
京で九貫のから絵のびよぼ、三よへにさらりたてまはす
(びよぼは屏風です。三よへは三四重でしょうか)
『めずくり』
仲だち入れよや仲入れろ、仲だつなけれや庭はすんげなえ
(めずくえは鹿の妻選びです)
鹿の子は生れおりれや山廻る、我らもめぐる庭を廻るな
女鹿たづねていかんとして白山の御山かすみかゝる
うるすやな風はかすみを吹き払いて、今こそ女鹿あけてたちねる
(『うるすやな』は『嬉しやな』です)
何と女鹿はかくれてもひと村すゝきあけてたつねる 笹のこのはの女鹿子は、何とかくてもおひき出さる
女鹿大鹿ふりをみろ、鹿の心みやこなるもの
奥のみ山の大鹿はことすはじめておどきでき候
女鹿とらてあうがれて心ぢくすくをろ鹿かな
松島の松をそだてゝ見どすれば、松にからするちたのえせもの
松島の松にからまるちたの葉も、えんが無れやぶろりふぐれる
沖のと中の浜す鳥、ゆらりこがれるそろりたつ物
『なげくさ』
なげくさを如何御人は御出なつた、でた御人は心ありがたい
この代を如何な大工は御指しあた、四つ角て宝あそばし
この御酒を如何な御酒だと思しめす、おどに聞いしが菊の酒
此銭を如何な銭たと思し召す、伊勢お八まち熊野参の遣ひあまりか
此紙を如何な紙を思し召す、はりまだんぜかかしま紙か、おりめにそたひ遊ばし
(播磨檀紙は伝統的な高級和紙です)
あふぎのお所いぢくなり、あふぎの御所三内の宮、内てすめるはかなめなりおりめにそたかさなる
(『いぢくなり』は『いずこなるなり』です)
これで現代訳遠野物語を完結いたします。お付き合いくださりありがとうございました。
次回作にご期待ください




