幕間(3)
「チッ、ベネディクトか」
忌み者でも見たかのようにジークは眉を顰めながら悪態をつく。
「ひさしぶりですね、これを機会に七大英雄で同窓会でも開きますか」
そんなジークとは対照的に柔らかい雰囲気でベネディクトは応対する。
ジークが七大英雄の一人だと。
ジークは偽名?いや、どちらかと言うと。
「『ジーク』は『勝利』、『フリート』は『平和』、または『守り』という意味よ」
父さんの故郷の言葉でね。と誰よりも動揺していてもおかしくはない立ち位置であるところの実子であるエルザは言う。
「あの聖戦での最終決戦。七大英雄でただ一人、王都の守護を司り、勇者が魔王を打倒するまでの間、圧倒的な戦力差のなか人類の要所を守り切ったジークさんにこそ相応しい通り名です」
ベネディクトはどこか誇らしげに語る。
「民衆が俺につけたジークフリートの通り名のほうが歴史に刻まれたおかげで、俺は実名で隠居生活をさせてもらってはいるがよ」
「人類が誇る英雄でも娘に手を焼く姿は微笑ましいですが、そろそろ子離れの時期では」
「黙れ、性欲にまみれたオス二匹との旅なぞ、魔獣の巣穴に飛び込むに等しい。ましてや魔王軍の元幹部が同行しているとなれば尚更だ。邪魔立てするならベネディクト、お前でも容赦しない」
瞬間。
ジークの魔力は質を変える。より密度が濃く、先ほどまでの魔力を土石流だとすれば、溶岩のような重厚で熱を感じるものへと。
俺たち相手では全く本気ではなかったのだ。同じ七大英雄のベネディクトを前にしてやっと、刃を抜いた、ということなのだろう。
「今までだって容赦してくれた記憶はありませんが」
などど冗談混じりに、しかしはっきりと言う。
「私は彼らの味方でありたいのです」
その言葉が合図となり、ジークは強大な魔力をギリギリまで圧縮してもなお、家屋ほどの大きさとなった炎球をバリスタの矢のように発射する。
「メジェド!」
人形劇の黒子のような、しかしどこか神々しい布を頭から被った大男が砂漠の砂を押し上げ地面から現れ、二振りの曲剣でその魔法を叩き切る。
丘の一つでも吹き飛んだかのような轟音が響き、砂吹雪や爆風のせいで、五感の全てが機能しなくなる。
「エリック君、大丈夫か」
かろうじて声がした方に視線を向けると、ベネディクトがすぐそばに立っていた。あたりを見回すと、いつのまに召喚していたのか、ベネディクトの召喚獣がキース、シルビア、メイヴ、そしてエルザを近くに運んできていた。
「エルザ君、これを」
ベネディクトはエルザの右手に触れ、短い詠唱を唱える。すると一瞬のうちに時計の文字盤のような刻印が刻まれる。
「詳しい説明は省きますが、これでエルザ君は召喚術を使用できます。グリフォンを召喚してここから飛び去ってください」
「待てよ、ベネディクト。俺たちだけじゃ手も足も出なかったけどお前がいれば」
言葉を遮るようにベネディクトは首を振る。
「絶対に勝てません。同じ七大英雄と称される私ですが、相手は人類最強の魔導士なれば。非常事態に備え、予め設置しておいた召喚術式108基を発動させているのですが、この瞬間にも次々と召喚獣が消されています。規格外ですよ、本当に」
しかし、規格外でも人である限り、限界はあります。
そういうとベネディクトはエルザに最初で最後の召喚術の指南をする。
「細波一つない湖水に細い糸を深く、深く、下ろすイメージです。心で呼びかけ、魂と魂が呼応したとき、その糸を一気に手繰り寄せてください」
指南というには大雑把なように感じた。瞼を閉じ、魔法に集中しているエルザは聞こえていないのか一切反応しない。突然、魔法陣が空に広がり、グリフォンが現れた。
「はぁ、はぁ、はっ。天才美少女シスターの私にかかれば、召喚術のマスターは8分あれば十分だわ」
時間を測っていたわけではないが、右腕に刻印が刻まれてから10分も経ってはいないだろう。しかし、やはり無茶ではあったのか、疲労を隠せていない、
「やはり僕の目に狂いはありませんでした。エルザ君は天才です。新しい召喚術師の誕生は門下総出でお祝いするところですが、今回はそんな暇はなさそうですね。残った召喚獣は5基となりました」
さあ、先を急いで。
そう言うと、ベネディクトは川に水を汲みに行くかのような身軽さで振り返り、ジークがいる方向へと歩を進める。
「ベネディクト、この恩は絶対に返す。だから、絶対に無理して命を危険に晒すようなことはするなよ」
ベネディクトは悪戯な笑みを浮かべ、返事をせずにまた歩きだした。法律の専門家らしく、黙秘権を行使するのだった。




