あなたの罪を許します(19)
「ベネディクト!!」
自分の名を呼ぶ声に目を開けるとエリック君が真剣な表情で私の顔を覗き込んでいた。
眼前に浮かぶ雲を見て初めて自分が仰向けに倒れていたことに気づく。
アヌビスはどうなった、、、!
ビキビキっ。と上体を起こしただけで体に激痛が走った。思わず顔を顰めてしまう。
「焦る気持ちはわかるけど、ゆっくり動くことをお勧めするわ。強いて言うなら今のあなたは崩れそうなジェンガみたいな状態。この美人シスター兼、天才級の治癒魔法の使い手がいるから良いものの。気を抜けば、一瞬で肉片よ」
「君は、確かエリック君の仲間の」
「それに今は逃げ足だけは神クラスの私たちの仲間が時間を稼いでいるから大丈夫」
「バカな、あのアヌビスに対して時間稼ぎなんて。雷よりも早く動ける生物なんているはずが」
「雷よりも早くなくても良いのよ。同じスピードで良い。距離なんて縮まらなくても捕まらなければね」
「俺はエルザちゃんとの距離はいつでも縮めたいと思っているけどね!!」
声がする方に目を向けると、そこには誰もいない。
いや、いなくなっていたと言うのが正しいだろう。
アヌビスのように冷たい紫電でななく春雷とも言うべき、激しくもどこか暖かい雷鳴轟かせ、アヌビスの攻撃を間一髪で避け続ける青年がいた。
「当然ですよ。エルフの中でも選りすぐりの戦士である私とシルビアさんの魔力を一時的とは言え、全てを流し込んだんですから。攻撃力は再現できずとも、そのスピードに限定すればほんの少しではありますが、擬似的に神速を再現することは可能です。と、これはエリックさんのアイデアですが!」
「さすがエリック様!ゴミ雑巾をなぜ旅に同行させていたか不思議でなりませんでしたが、このためだったのですね」
「つまり。今の俺にはメイヴちゃんとシルビアちゃんの○○が流れてるってことだ。興奮するぜぇ!」
「○○って何か意味深な表現をするのは控えてください。ちゃんと魔力と言ってください!」
「ははは、超気持ち良い、ってあれ。興奮しすぎて鼻血が」
「それは興奮ではなくて単純にあなたの魔法に体が耐えられなくて脳が焼かれ始めている前兆ですわ。頭がイカれているとは常々思っていましたが、とうとうその時が来て何より」
「キースさん。あなたの生き様は忘れませんっ」
「やめろ俺はまだ死にたくない、魔法を解けば良いんだろ」
「それはそれでアヌビスに補足されて死にますが」
「嫌だ!せめて童貞を捨ててから死にたい!誰でも良いから助けてください!」
「と言うわけで、ベネディクト。俺の友達が今にも死にそうなんだが、助けてやってくれないか。まあ、これまであいつは人に迷惑をかけたり性欲に身を任せて女性を追っかけ回しているようなやつだから死刑に処されてもしょうがない奴ではあるが」
「幼馴染である私たちが許すから、アヌビスもろとも焼き殺しても良いわ」
「愛されてますね、彼は」
こんな状況だというのに笑みが溢れる。体はこの治癒魔法使いの女の子のおかげでなんとか動く。引きちぎれた魔力回路を一時的にでも繋ぐなんて化け物じみた手腕だ。
それにエリック君。彼は飄々としているが驚くべきことに私が今一度「ホルス」を使役できるように体に刻まれている神域魔法の術式に干渉している。術式を書き換えるなどその術式を真に理解していなくてはできない芸当。ましてや、それを神域魔法に。
ホルスはまだ生きている。散り散りになった炎を集める。種火に息を吹きかけるように少しずつ、焦らず確実に強い炎に。
アヌビスがこちらに気づいた時にはすでにもう遅い。
一羽の巨大な神鳥となったホルスは、アヌビスに狙いを定める。雷となり逃げ出そうとするアヌビスであったが、すでに周りはホルスの炎に包まれ逃げ場はない。
「ケレス、あなたに判決を言い渡す」
私は今にも失いそうな意識を奮い立たせる。
「判決、死刑」
君は死ぬ。間違いなく。ただ、それでも。
「ただし執行猶予付きとする」
それは今ではない。
間違いを犯そうと、恥に塗れようと。最後までキチンと生きよう。誰から奪ったもの以上のものを誰かに与えられるまで。
「だから死刑執行人。あなたの出番はまだ先です。ケレスを置いて黙って一人で冥界に帰りなさい」
私の合図とともにホルスは戦場駆ける鏑矢の如く、風切り音響かせアヌビスの体を貫く。
その五体は砂上に描いた絵のように跡形もなく消え去った。
プツンっ、と私の意識もそこで途切れる。
これにて閉廷




