あなたの罪を許します(15)
「大丈夫ですか?」
ベネディクトは倒れているエリックやシルビアの傷の様子を確かめている。シルビアという女は気を失ってこそいるが、出血は大したことはない。
「わざわざ貴様自らここへ赴くとは殊勝な心がけだな。死にに来たというのなら是非もない。その首、衆目の前に晒してやろう」
「ええ」
ベネディクトはエリックたちから目を離し、こちらを見る。その目はどれだけ虚ろで、情けなく、光を失っていることか。
「ほんのさきほどまで、そのつもりでした」
「っ!コカトリス!」
瞬きほどの間に鋭くも重い矢がコカトリスの頭を貫いた。鳥頭蛇尾、その両方を。
「召喚獣ケイローンか」
いつもの間に召喚していたのか、ミノタウロスとは逆、馬の下半身に人の上半身を持った射手がベネディクトの後方ですでにこちらに狙いを定めていた。
「フローラは私を恨んでなどいませんでした。死ぬその時まで私を信じてくれていた。彼女は私を信じてくれていたのに、私がフローラを信じられていなかった。フローラの覚悟を」
「今更、そんなことを知ってどうする?また同じことを繰り返すのか?罪をいくら裁いても変わりはしない。裁くべきは悪、すなわち人間だ」
「迷いはあリます。どうすれば良いのかは検討もつきません。しかし、ここでケレス、君を止めなければ、フローラに会わす顔がありません。君に罪なきものを殺させはしません」
「姉さんの名前を出すなっ」
アモンの炎で焼き払う。私の召喚獣最大の火力で。
ベネディクトも召喚陣を展開させる。速い。召喚術式展開のスピードは相変わらずのようだな。瞬く間に戦況が変わる聖戦において貴様のその速さは重宝されたことだろう。
しかし、召喚獣、召喚術式のクオリティにおいて俺は常に貴様を僅かに上回っていた。そしてすでに私は召喚を終えている。戦況を見て、最適な召喚獣を呼ぶスタイルでは所詮、後手に回ることになる。そんな状況で十全な召喚などできるはずが
「召喚獣アクエリアス」
アモンの炎は闘技場全体を覆わんとするほどの規模だった。しかし、それらの炎は柔らかい水に包まれ、霧となり姿を消した。
「アクエリアスだと」
水を操る召喚獣の中で、現在確認されている最強クラスの召喚獣だぞ。本来であれば5人、いや10人がかりで召喚が成功するアクエリアスをこの一瞬で。
「ケレス。君は確かに純粋な召喚術の腕前では私を上回っていました。物量でカバーしてなんとか渡り合っていましたが、聖戦の最中、そのスタイルでは限界が来ました。私は必死に模索しましたよ、強力な召喚獣を最速で呼び出す方法をね」
ベネディクトは右手に巻かれていた包帯をほどいた。いや、あの包帯はただの包帯ではなく封印呪具の類だ。ベネディクトの腕には無数の召喚陣が刻まれていた。恐らく見えているのは一部に過ぎず、あれは全身に。
「バカな、直接召喚術式をその身に刻むだと。そんなもの、体に付与魔法を施すようなものだぞ」
本来は武具強化の目的で施される付与魔法。付与に失敗した武器は粉々に砕け散る。それを肉体になど、狂っている。
「腕の良い付与魔術師がいたというのもあリますが」
ベネディクトの魔力が純度を増していくのを感じる。
「私は誰よりも召喚術式を理解していますから。失敗など想定しませんでしたよ」
こいつ本当にあのベネディクトか。あの夜、絶望し、逃げ出した男なのか。
ベネディクトの召喚獣が俺の召喚獣を圧倒している。
くそ、くそ、クソが。
「もう終わりです」
俺の最後の召喚獣であるアモンが消えた。
「あの方達を解放してください、ケレス。私が言えた義理ではありませんが君はまだ引き返せる。やり直すことができるんです」
「黙れ、痴れ者が」
やり直すだと?何を?
怒りでうまく呼吸をすることができない。取り込んでいるのは酸素ではなく、息をするたびに自身の内面が黒いもので埋め尽くされる感覚だ。
フローラ姉さんは貴様のせいで死んだのだ。
「貴様だけは、もう、一秒たりとも生かしてはなるものか」
禁忌
決してこの世に放たれることが無いよう、俺たちの一族が守り、受け継いだ魔神。その断片を、俺は解き放つ。
ベネディクトを葬り去れるのなら、何と引き換えても良い。
もとより、姉さんのいないこの世界など。
「あれは召喚具『アヌビスの天秤』っ。やめろケレス!」
もう遅い。
神域召喚魔法『アヌビス』。俺はその封印を解いた。




