あなたの罪を許します(6)
足元がガチで揺らいだ。
これは価値観が根底から覆されたとかそういった比喩表現ではない。その証拠に女代官もとっさのことで姿勢を崩して尻もちをついている。
「何事か」
裁判官は誰ともなくその振動の原因を尋ねたが、俺も含めてあたりの人間も同じく状況が理解できていない。しかし、ほどなくして息を切らした守衛の一人が法廷に駆け込んできた。
「ぼ、暴徒と化した一般民衆が押し入ってきました。目的は恐らく、先日の裁判で死刑判決を受けた少女の解放だと思われます」
その報告の間にも爆薬、もしくは魔法と思われる爆発音や鎧がこすれ合う音、人々の罵声などが聞こえてきた。かなりの数の人たちがこの法廷に押し入っているようだ。
「彼らはこの法廷を目指しており、地下の独房の解放のため次々と攻め入ってきています。皆様はどうか急いで避難してください」
守衛の言葉が終わると傍聴席にいた観客はもちろん、いつの間にか弁護士、そして裁判官までもが血相を変えて避難を開始した。
「貴様も何をぼんやりしておるか。これはどうみても好機じゃろうが、早く逃げ出すのが吉であろう」
マイラの言う通りだ。メイヴにも脱出の合図を出そうと思ったが、俺とは違い既に身なりを整え準備は万端のようで、むしろ俺が動き出すのを待っていたぐらいだった。
「待ちなさい」
しかしそんな俺の足首をあの女性代官は地面にうつ伏せに倒れながらも掴んでいた。
「お前こんなことしている場合かよ。巻き込まれて死ぬかもだぞ。それに俺は冤罪なんだって。」
「犯罪者はみんなそういうのよ。いま、お前を野放しにしたら世の中の女性全員が危険にさらされる」
「さらされねえよ。人畜無害と書いてエリックと読む。強いていうなら空気のような存在だ。酸素100%だよ、俺は」
「高濃度の酸素は酸素中毒をもたらす危険物質じゃ、愚か者めが。失明することもあれば、命を落とすことにもなりかねんぞ」
「俺ほどの男を一度見てしまえば、他の世の男子など視界にすら入るまいし、命を奪われたとすればそれは確かに酸素中毒と呼んで差し支えない」
「気持ちの悪いルビを振るでないわい。早急にここを離れなければ貴様も巻き込まれるぞ」
激しい爆発音が響いたあと、法廷前の廊下を爆炎が走る。炎に連れられるように続々と武装した民衆が法廷へと流れ込んできた。
「あとはここを抑えれば留置所まではすぐだ。みんな行くぞ!」
「ここは死んでも通すな。法廷騎士団の誇りに賭けて死守するのだ」
対して奥から続々とこれぞ騎士だと一目でわかる甲冑を身に纏った集団が湧き出ていた。
武装した民衆、そして法廷騎士団は先手必勝と言わんばかりに至るところで撃ち合いを始めた。騎士団のほうは甲冑で顔はわからないが、民衆の中には退役老人のような者から俺たちとそう年も変わらない女性までもが戦闘に参加していた。
「言わんことではない。貴様、わかっているとは思うがこの戦闘に関わろうなどとは思わぬことじゃな。どちらに加担しようとも後々面倒になることは間違いない」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。それに双方がどんな大義名分を掲げているのかわからないことには悪事に加担することになるかも知れないしな」
足首を掴んでいた代官もこの状況に怯み、既に俺の足首から離れている。流石に可哀そうなので近くに柱縛り付けて簡易的な防壁魔法を施しておいた。
「助太刀するぜ、お姉さん。事情は全く分からないがこんな綺麗な女性に刃を向ける輩は世界共通認識で悪党だと決まっている」
おやおや、どうやら俺がこの状況から脱する前に考えが浅いどこぞの男がヒロイズムに身を任せてこの戦場に躍り出たらしい。当たり前だが状況は法廷騎士団のほうが優勢であり、妄想にも似たあこがれを持つ男子ならつい劣勢のほうに付きたくもなるだろう。
しかし文字通り司法をバックに戦う彼ら騎士に抗うのは愚かとしか言いようもない。見目麗しい女性のためとは言え、本当に残念な男もいるもんだ。後先考えられないのか。
ほら、メイヴも信じられないものを見たとばかりに口を馬鹿みたいに開けて立ち尽くしているじゃないか。一体どんな奴なのか反面教師として俺もこの目に焼き付けようとしよう。
金髪、ショートヘアのその男は果たして。
「おーい、エリック!さあ、『カワイイは正義』の名の下に勝利をもぎ取ろう!」
紛れもなく俺たちの仲間のキースだった。
「このミジンコ脳細胞!」
大見栄を切ったキースを中級炎魔法「フレイムテンペスト」が襲う。見慣れた光景であり、もちろんそれは民衆でも騎士団の魔法ではない。
「本当に次から次へと厄介ごとを持ち込んでくれるわね、キース。当たり前だけれど騎士団の皆さんは完全に私たちを敵と見なしたようね。これまでは冤罪はあっても犯罪を犯すことはなかったのだけれど。あなたのおかげで初めて正式に騎士と対立することになったわ」
傍聴席から華麗に現れたエルザはもはや呆れを通りこして雑務を押し付けられた農夫のような顏持ちで冷たい目をしている。
そしてそれはどうやらキースだけではなく、俺にも向けられている気がするのだが。気がするなんて白々しいにもほどがあるか。まさかこの騒ぎを聞きつけて駆け付けたということはエルザの性格からしてない。だとすれば初めからこの場にいたのだ。この裁判が冒頭から。そういえば裁判を見学しに行くとか言ってたしな。
「エリック。生きてこの場を切り抜けるわよ」
しかしエルザの口から出た言葉俺の安否を気遣うものであった。ああ、なるほど。俺の罪が冤罪だということは証明する必要もないほど明らかであるということだろう。少しでもエルザのことを疑った自分が恥ずかしい。エルザはどんなことにも寛容で、仲間のことを心から信じている優しい女の子なのだから。
などと思っていた時期が俺にもありました。
「そしたらこの裁判の続き私じきじきに引き継いであげるわ。裁判官、弁護士、代官そして証人全て私が務めるわ。もちろん、拷問の担当もね。楽に死ねると思わないことね」
めちゃくちゃ怒っていた。裁判官がお前の時点で終わってんじゃん。拷問担当って何?そんなの法廷の一連の流れにないから。しかも楽に死ねないって。死刑よりも重いじゃん。そしたらいっそのことここで死んでおこうかな。
「言うまでもないが、そんなことになれば盟約を破った反動であの娘も死ぬことになるぞ」
そんな初期設定もあったな。だったら生きるしかない。楽に死ねないなら、苦に生きてやる。少なくとも誤解を解いてからな。
「メイヴの胸の感触を楽しんでいたのも、いやらしい手つきで触れていたのも事実なのじゃが」
俺は黙秘権を行使する。
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